汽車
ワンダーランド(教室)に入ってから、どれほどの時間が経過しただろう。体感的には1時間かそこらって感じか? 長すぎだし退屈……。
特にすることもないので、鍵山さんもボブも適当な席に座ってダラダラしている。俺は律儀にも自分の席でいつものように突っ伏していた。ワンダーランドに来てまで現実世界と同じことしなくたっていいのに……。
しかし、こういう時どうすればいいのか分からないのである……。
習慣とか癖って怖いよね……。パブロフの犬的な?
――キーンコーンカーンコーン
唐突にチャイムが鳴った。突っ伏していた俺はビクッと顔を上げる。
「ようやく来たか」ボブがそう言って席を立った。
「何が来たの?」鍵山さんも立ち上がる。
俺も慌てて立ち上がる。
「俺たちの迎えだよ」そう言うと、ボブは教室の扉まで近づき、勢いよくガラッと開け放った――。
「さっき見たときは取っ手すらなかったのに――」
「ほらよ、兄ちゃん嬢ちゃんついて来な」親指でクイッと外を示すと、ボブはそのまま教室を出ていく。
「ま、待ってよ!」俺は急ぎ足で追いかける。振り返って教室を見渡すが、いつもの教室と何ら変わらない光景だった。変な感じだなあ……。
果たして、教室の外にはドーム型の球場何個分かに匹敵するレベルで広大な洞窟のような空間が広がっていた。
「なっ――」俺はまたしても驚愕する。
「兄ちゃんはことあるごとにリアクションに事欠かねえな」ボブがこっちを見ずに歩く。
「一体どうなっているの……」鍵山さんは天井や辺りを見渡しながらボブについていく。
洞窟の壁にはちらほらと薄っすら光が見える。鉱石とかが光ってるのか? よく見ると花みたいな植物もぼんやり光っている。
「いよいよワンダーランドっぽいじゃない」鍵山さんは楽しそうだ。
どこにそんな余裕があるんだよ……。
「俺らはあれで移動するぜ」
「あれ?」
ボブが顎で示す先にはレールの敷かれた線路らしきものがあり、遠くからなんとなくゴウンゴウンと音が聞こえる。暗がりだが、線路の上を何かが音を立ててこちらに向かっている感覚が分かる。音の正体がだんだん近づいて来るにつれて、それが汽車のようなもだと分かった。黒い塊がモクモクと煙を吐きながら大きくなっていく。
「汽車!? ここってたしか地下だよな!?」俺は驚愕してばかりだ。
「おうよ。歩きは面倒だからな」そう言ってボブは煙草に火をつけた。地下のくだりはスルーされた……。
俺たちは汽車がこちらに来るのを待った。
このまま待ってていいのか? 停留所とかは? 純粋な疑問の前に、もっと疑問に思わなきゃいけないことあるでしょう……。
「ねえ、あれは何かしら?」鍵山さんが汽車のほうを指差した。
「あれって?」俺は鍵山さんが指を指しているところに目を凝らしてみてみる。
「チッ、面倒なのがくっついていやがんな……」ボブが舌打ちをした。
「なんのことだよ?」俺はボブを訝しげに一瞥して、視線を汽車の横に凝らしてみると、すごい土煙をまき散らした何かが並走している。そう、字のごとく土煙が“並走”していた――。
汽車の走るゴウンゴウンという音に合わせて、ドドドドドドドドドッという音も重なり土煙を巻き上げながら何かがものすごい勢いでやってくる。
途中でさらに加速したのか、遂には汽車を追い越しまっすぐこちらに向かってくる。
「お、おい! こっちに向かって来てないか!?」俺はどうしていいか分からずとりあえず慌てる。
「あれはなんなの?」鍵山さんは不思議そうに目を凝らしている。
「…………」ボブは押し黙る。
「ボブ! なんか知ってるのか!?」俺はすぐさまボブを問いただした。
「チッ、到着早々ジャマしに来たか」ボブが明らかに不愉快そうな顔をしながら乱暴に煙草を床に叩きつけると勢いよく踏みつけた。
「だから、あれは何なんだよ!」
「うっせえなあ」ボブは乱暴にポケットに手を突っ込むと、くしゃくしゃになった箱から煙草を取り出し火をつける。
「なっ――」俺は言葉に詰まった。なんて乱暴なやつなんだ。そうやっていつもいつも自分のペースばかりで、肝心なことは何一つ教えてくれない。
「なるようにしかならねえ。ただし、気は抜くな。こりゃあちょっと揉めるわ」
「揉める?」鍵山さんが怪訝そうな顔をしてボブを見る。
「まあ俺に任せな」
「穏やかじゃないのね」鍵山さんは土煙のほうに視線を向けると、体がぐっと強張るのが分かった。
つられて俺も体が強張った。唾をのみ込むのが精一杯だ……。
そして、土煙はあっという間に辺りを呑み込んでしまった。
周りはなにも見えないし、なにより、目が痛い! そして怖い!
「みんないるか!?」俺はとりあえず叫んだ。
「いるわよ!」鍵山さんが応答する。
「いるぜ」ボブもいるみたいだ……。
「とりあえず、なんだかよく分からないけど、土煙が収まるまで動かないほうが良さそうだ!」
「そうね!」
しかし、土煙が収まるより先に、ドドドドドドドドドッという轟音がすぐ近くで止まる方が早かった――。
「なにか……いるのか……?」
一堂に緊張が走る……ような気がしているのは俺だけ?
数分もしないうちに土煙が治まると、そこに姿の現したのは……、俺とさほど身長の変わらない大きな鳥? がそこに立っていたのだ。鳥だよね?
「なっ――!」俺はずザザザザッと、ものすごく後ずさる。後ずさるというかものすごい勢いで鍵山さんのところまで駆け寄った。
「なんなんだよあのでかい化け物みたいな鳥みたいなやつ!?」
鍵山さんもどうやら驚愕しているらしい。口をパクパクさせている。
「ボブボブボブボブ! ボブゥゥゥ! なんだあの化け物じみた鳥は!?」
七面鳥のような丸々としたお腹に、到底飛べる見込みはないであろう申し訳程度の尾羽。しかし、大きな嘴は太く巨大で、先が鉤形に曲がっている。そして、異様に足が長い。針金細工のような足だが、しっかりと地面に接地している趾はいかにも強靭な脚力がありそうだ。上半身はずんぐりむっくりだが下半身はダチョウのような佇まい。まるでちぐはぐな生き物だ。異様なのはそれだけでなく、髪の毛? は赤毛で逆立ち、目は釣り目、袖を通していない真っ黒なライダースジャケットという出で立ちである。
なにより、俺と同じぐらいの身長なので170センチ近くあるのだ。いくらなんでも怖すぎだろ!!
「ドードー伯爵……」ボブはひとことだけ発して、その怪鳥を睨みつけている。
「ドードーハクシャク……?」俺はただただオウム返ししかできなった。
そのドードー伯爵とやらは上を向いて小さな尾羽を広げると、耳をつんざく声量で叫んだ。
「Yeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeehhhhhhhhhhhaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!!!」
いやだから怖すぎだっての!
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