なんでここまで来て教室なんだよ
俺も鍵山さんも目の前にある光景に唖然とするしかない。俺は言わずもがなだが、さすがの鍵山さんも地下3000メートルに教室があるとは思わなかったのだろう。「教室?」とだけ呟く。
俺は「なっ――」と口を開きかけたところで、ボブが「今回は学校の教室か」と言った。
今回は?
「ボブ、これはどういうことだ?」俺はそのまま聞いた。
「どうもこうも、到着だ」
「いやいや、そうじゃなくて、なんで扉が開いたら学校の教室なんだよ。ファンタジーなんかでも“教室から出たら異世界でした”なんて話はあるけれど、よりによってどうしてワンダーランドが教室なんだよ!?」
「うるせえなあ。少しは自分で考えてみたらどうだ」
俺はボブに怒られる。しかし、さらに驚くことが起こった。
「ボブさんって思った以上にラフな格好なのね! もっとカッチリした人なのかと思ってた!」鍵山さんがボブを見ている。
「鍵山さん、ボブが見えるの!?」
「うん、なぜかエレベーターの扉が開いたら見えるようになったの」
「ワンダーランド効果なのか?」どういう効果だよ。でも、エレベーターに乗る前に“現実世界では”って言ってたし、ワンダーランド入りしたら見えるのか……。
「ああ、これで会話が楽になるな」
鍵山さんはそのままボブに触ろうと手を伸ばすが、ボブに叩かれた。
「嬢ちゃん、気軽に触れるのはよくねえ。それに、俺の毛並みは高いぜ?」ボブはそう言って一歩を踏み出す。
「残念っ」
鍵山さんは残念そうに言いながらも、隙あらば触れてやるというような感じに手をワキワキさせてボブの後に続く。俺も慌てるように鍵山さんに続いてエレベーターを降りた。
振り返ると、そこには教室の扉があった。エレベーターのドアから教室に入った形みたいだ。念のため教室の扉を開けようと試みたがどこにも取っ手がなく開けようにも開けられない。そりゃあエレベーターだったからあるわけないか。しかし、肝心のエレベーターを呼ぶボタンも見当たらなかった……。
「ボブ、一応説明求む」
「ああ」とだけ返事をするとボブはポケットからたばこを取り出し火をつけると、プハーと煙をくゆらせた。
「ワンダーランドの出入り口っつーのは来訪者の心理や日常から自動的に汲み取って、そいつらに合った入口が用意されるんだ。今回の場合は兄ちゃんと嬢ちゃんの共通項として“学校”があったから、分かりやすく教室が出現したんだろ。過去には、オフィスだったり、公園だったり、風呂場なんてやつもいたなあ」
なんつーか――、なんでもありなんだな……。
「だとしても、ここからどうすればいいの?」鍵山さんがボブに確認する。
確かに、入口が教室だったとして、ここからどうすれば良いのだろうか……。アリス的にいえば、この後、小さくなるはずだ。まさか、小瓶に入ったインクを飲むのか?
ボブの言うように、少しは自分で推理してみようかな……。
ボブは「まあそう焦るなよ」といい、紫煙する。
「食後と冒険の前の一服は大事だろ」
いや、知らんし。
たっぷり時間をかけて一本吸い終わったあと、オホン、とわざとらしく咳払いすると、ここからについて説明を始めた。
どうやらボブによると、この部屋は「待合室」みたいなものらしい――。時間になったら迎えが来て、俺たちはそこから別の部屋に移動するみたいだ。全然、小瓶とかインクとか関係なかったな……。ということは、小さくならなくていいのか? あ、小さいといえば……。
「そういえば、鍵山さんが連れてきた女の子は? さっきから見当たらないみたいなんだけど……」俺は辺りを探してみるが、それらしい女の子はどこにも見当たらない。
「あら!? そういえば!」いままで見当たらなかったことに気づかなかったらしい……。一応、鍵山さんしか見えてなかったんじゃないの?
「おーい! ちーちゃーん!」鍵山さんが叫ぶ。
「ちーちゃん?」俺は聞き返す。
「名前が分からないから、とりあえず小さい子でちーちゃんでいいかなって」
「適当すぎでしょ……。それに名前違ったら反応しないでしょ……」
「ちーちゃーん!」お構いなく叫ぶ鍵山さん。
「ちーちゃーん!?」いちおう俺も叫んでみる。
…………。反応はない。
「ちーちゃん、大丈夫かしら……。私が目を離してしまったばっかりにいなくなってしまったのかな……」鍵山さんが心配そうな顔になる。
「でもさ、エレベーターに乗るまではいて、降りたらいなくなってたんだよね? 降りたらこの教室だったし、いなくなる要素なんかなくない?」
そう――、どう考えてもいなくなるタイミングはない。
「そうよね……。どこか机の下にでも隠れているのかしら……」
そういって、鍵山さんが屈んで机の下を覗き込む。いくつか屈んで探してみるがやはり見当たらない。
「そのうち出てくるだろ」煙を吐きながらボブは言う。
「無責任なこと言うなよ。お前は心配じゃないの!?」
俺はボブの態度に少しイラっとした。ここは得体のしれないワンダーランドだぞ。小さな女の子がひとりで迷子になったら怖いに決まってる。
「心配したいのはやまやまだが、その子はもともと兄ちゃんにも見えなかったんだろ? ってことは、こっち側のやつなんじゃねえの? だったらむしろ心配より警戒のが先だろ」
ドクンと心臓が鳴る――。真っ先に頭をよぎったのがその子が“敵”という可能性だった。
「まさか!? 小さな女の子だぞ!?」おれはちょっと狼狽える。
「そうよ! ちーちゃんが敵だなんてありえないわ!」鍵山さんも聞いていたのか、机の下からひょこっと顔を出してボブに反論する。
「じゃあ、なんで姿を見せねえ。なぜ、姿を隠す」ボブの声に少し棘が雑じる――。
姿を――隠す?
「お、おい、隠すって……。どこかで迷子になっただけかもしれないだろ!? それともボブは何か心当たりがあるのか!?」
チッ。ボブは舌打ちする。
「兄ちゃんはこういう時だけ勘が鋭でえな。そうだな――。“少女で姿が見えない”ということに関しては心当たりがないでもない」
「ねえ、 ちーちゃんはどこへ行ってしまったの?」いつの間にか鍵山さんがこちらへ戻ってきていた。
「まあ、どこかへ行ったわけじゃねえ。俺の推測が正しけりゃ、“いるけどいねえ”だな」
「どういうこと?」俺は思わず聞き返す。
「その女の子っつー子が俺の知ってる子だとすりゃあ敵でも味方でもねえ。そもそも今回の件には無関係、部外者って感じだな」
「ますますわけが分からないわ。じゃあどうすればいいの?」
そうだ、部外者だからってこのままなわけにはいかない。
「放っておけばいいのさ」視線をそらしてボブは言う。
「放っておけるわけないでしょう!」鍵山さんが食ってかかる。
「まあ落ち着けって」ボブは両手で鍵山さんを制する。
「この状況で落ち着けるわけないでしょう!」さすがの鍵山さんもどこか余裕がない。
「きっと大丈夫だ。俺の知る限り、消えているのは、姿を隠しているのは、それがその子の能力だからだ」
能力?
「能力?」鍵山さんが首を傾げる。
「そう、俺たちワンダーランドの住人はそれぞれ特異能力――とでも呼べばいいか、力を少なからず持ってる。たぶんそれを発動しているだけだ」
「ちーちゃんは、姿を消す能力ってこと……?」
「そうなるな」
「でも、なんでボブさんがそれを知ってるの?」
「だから、俺が知ってるやつとそのちーちゃんが同一人物ならそういう能力だからだよ」
「だからなんで知ってるのよ」
「……」ボブは黙る。
「答えてよ」
「答えろよ」俺も加わる。
チッ。ボブがまた舌打ちした。よく舌打ちするやつだ。
「さっき部外者っつっただろ? 部外者でもその子はちいとばかしイレギュラーなんだよ。俺もよくは知らねえが、ワンダーランド界隈で、神出鬼没な女の子がいるって話があったんだ。その子はいきなりそこに現れたと思ったら、また消えて、また別のところで現れてって――。都市伝説みたいな子だよ」
……。
…………。
俺も鍵山さんも言葉が出ない。
「幽霊だっつーやつもいたな。だから、むしろ気にしないほうがいい」
そんなこと、簡単に言われても……。
「そんなこと簡単に言われても……」鍵山さんが俺の言葉を口にする。
「だから、とりあえず今は忘れて時間までここで待機だ」
「ちーちゃん……」鍵山さんは自分の手をぎゅっと強く握ると、首を振って上を向く。
「ちーちゃん、いつかちゃんと見つけるからね! その時はみんなにも姿を見せてね!」
俺は鍵山さんを見ることしかできなかった。
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