ラノベ作家のサインが欲しくて
家路に着いた時には、すでに夕方6時を過ぎており、リビングに行くと食卓には夜ご飯が俺の分もしっかりと用意されていた。どうやら俺が帰って来るのを待っていてくれたらしい。
「おかえり」
「ただいま」
「アンタいつもより遅かったわね。なんかあったの?」
食卓の椅子に腰掛けると姉ちゃんが俺に話しかけてくるので「別に」とそっけなく返す。
「いつもより遅いのに別にって事はないでしょう。何かあった? あ、彼女でもできたの?」姉ちゃんはニヤニヤしながら頬杖をついている。
「で、できるわけないだろっ!? 学校じゃあボッチだし、悲しきかな誰とも話すらしてないよ……」面倒なことになるもの嫌だし、鍵山さんのことは黙っておこう……。
「そういう悲しいことをしれっと言うなし」
「だって事実なんだから仕方ないだろう」
「もし、自分の姉が同じ事言ったらアンタどう思うのよ?」
「別に。大変だねっていうだけでしょ」
「冷たいわね……。っていうか、絶対自分がそんな立場になったら同じこと言えないよ? 配になるに決まってる。だって、アタシは現にアンタが心配だもん。高校二年生にもなって、なんで友達出来ないのよ、むしろ彼女の一人でも作りなさいよってもんよ」
「俺が知るかよ。出来ねーもんはできねーんだよ。別に俺だって好きで一人になってるわけじゃないし。つーか、飯食っていい?」
「アンタが帰って来るの待ってたんですけど……。もう……、まあいいや! 食べるか! いただきます!!」
「いただきます」
俺と姉ちゃんは手を合わせていただきますをすると、姉ちゃんお手製の生姜焼きを頬張る。うん、普通に美味しい。蛇足だけど、うちは両親が共働きだから、夜ご飯は姉ちゃんが作ってくれてる。大学三年生でそろそろ就職活動も始めなきゃいけないのに偉いよね。有栖川 利玖、二十歳。やってもらっている俺がいうのもなんだけど……。
とはいえ、俺は自分から料理を作ったりはしない。姉ちゃんがやってくれるならそれに甘える。だって高校生なんだもん! 我ながら最低な弟だよな……。姉ちゃんはそのことについては何も言わないから俺も触れないけど……。
「んで、何で友達作らないの?」姉ちゃんはご飯をたべながらさっきの話の続きをしてくる。
「いや、別に作らないとかじゃないよ。上手く作れないだけ」
「友達作るのに上手いも下手もないでしょ」
「普通に出来る人にはわからないよ」
「それこそ、逆に何で友達が出来ないのか分からないよ」
「だから、それが普通に……無意識に友達が出来る人には分からないんだって! 俺は友達がいないって自覚してんじゃん。出来ない理由も分かってるの!」
「じゃあそれ直せばいいだけじゃん」
「それができたら苦労しないよ。俺は嫌われる要素を無意識にやってしまってるらしいから」
「なにそれ?」
「一言余計なんだって。なんかいちいちツッコミとかもウザいみたい」
「ああ、それ何となく分かるかも。アンタいつもヘンテコなツッコミいちいちするもんね。あれ、アタシも時々ウザって思うわ」
「みんなしてウザいウザいってもう勘弁してよ」
「何? みんなって、今日他の人にも言われたの?」
「まあそんなところ」
ウサギに言われたなんて言えない。姉ちゃんにもこの話はしたいけど、頭おかしいと思われても嫌だから今は内緒にしておく。
「その割にはあんまり傷ついてはないみたいだけど?」
「ひとりには慣れてんだよ。いまさら友達ほしいなんて思わない」
「でも、友達できるならほしいでしょう?」
「そりゃあ、ひとりよりはいたほうがいいに決まってる。でも、今となってはもう別にいいかなとも思ってる。このまま一生ボッチってわけでもないだろうし。大学とかに行けばできるでしょ」
「アンタ本当に捻くれてるわね。そんな性格じゃあ大学に入ってもボッチのままよ」
「そんな事は無いでしょう」
「そんなことあるの! 大学に入ったら今みたいにクラス分けがあるわけでもないんだから、余計に気の合う人同士じゃないと絡まなくなるの。だから、そんな捻くれてたら、最初はいいかもしれないけど、そのうちすぐに孤立しちゃうわよ」
「そりゃ困る」
「じゃあ、今のうちに直しなさいよ。とりあえず、卒業までに友達ひとり作りなさい」
「なんで姉ちゃんに指図されなきゃいけないんだよ」
「アタシは心配してるの。弟がボッチなんて絶対ありえないもん」
「それは姉ちゃんの都合だろ。体裁とか世間体とか」
「単純に姉として心配なの!」
「それはありがとうござんした! ごちそうさま!」
俺はさっさと食べ終えて食器を流しに片付けると、すぐに2階の自分の部屋に上がる。
「ちょっと! 自分の食べた分ぐらい洗いなさいよ!」
「後でやる!」
「もう……」
姉ちゃんのため息が聞こえたが、気にせず俺は自室のドアを閉める。後でやるって言ってんじゃん。というか、何で家に帰ってまで友達のこととか言われなきゃいけないの? 友人関係の悩みは俺自身が一番分かってるっての。友達欲しいのは本当。あっ、そういえば明日学校休むこと言い忘れた。ちょっとだけパソコンで調べ物をして俺は再びリビングに戻る。
「姉ちゃん」
「ん?」
姉ちゃんはリビングのソファで寝そべってテレビを見ていた。完全にくつろぎモード。
「姉ちゃんって学校ズル休みしたことある?」
とりあえずストレートに聞いてみる。
「なんで?」
「いいから」
「なんでよ、アンタまさかズル休みするの?」
「ちょっとね」
「なんで? 誰かにイジメられてるの?」
「イジメなんてないよ。何? イジメられててほしいの?」
「いやいや、イジメられてほしいわけないじゃん! アンタどんだけ捻くれてるわけ?」
「じゃあ聞くなよ」
「うざっ! いきなり言われたら誰だって気になるに決まってるわよ。で、なんでズル休みしたいのよ?」
「そんな大したことじゃないんだけど、ちょっと欲しいものがあって。それが朝から並ばないと買えない本なんだよね」
「本なんて学校終わってからでもいいじゃない」
「ダメ。明日はサイン会も兼ねてて時間も限られてるから朝から並びたいんだよ」
「誰のサイン会よ?」
「言っても分かんないよ」
「誰よ?」
「だから言っても分かんないって」
「いいから言って」
「しつこいなあ……、ラノベ作家だよ」嘘だけど。
「ああ、そう……」姉ちゃんは急に興味がなくなったようにため息を吐いてテレビに向き直る。
「何そのどうでも良さそうな感じ!?」
「いや、真底どうでもいいわ。ラノベとか全然興味ないし。有名人でもないなら別にいいわ」
「ラノベに対する偏見ひどッ!」
「だってラノベってオタクの本でしょう? 中二病っていうか、全然良いと思えないし」
「それラノベ作家とかファンに言ったら殺されるよ?」
「別に言ってないし。アンタに言っただけだし」
「ああ言えばこういう!」
「それはアンタでしょう!」
「うるさいなあ」
「で? 明日はそれでラノベ作家のサイン会があるからズル休みしようって? なんでアタシにそれを言うの?」
「明日、姉ちゃんから学校に言ってもらいたいんだよね」
「ヤダよ面倒くさい。自分で言いなよ」
「自分じゃダメなんだよ。休む時は家の人が言わなきゃダメなの」
「面倒いからヤダ。母さんに頼みなよ」
「無理。絶対に許さないよ」
「分かんないよ? だってアタシの時も母さんしょうがなくだけど学校に電話してくれたし」
「えッ? 姉ちゃんもズル休みしたことあるの!? しかも母さんに電話してもらって!?」
「まあね。アタシの場合は事後報告だけど……」
「どうやったの!?」
「その日、アタシ原付きの免許取りに行ったのよ」
「で?」
「朝早かったから、試験場に着いてから家に電話したからもう絶対に休むしかないじゃん? なし崩し的に母さんに休むように伝えてもらったの」
「そうなの!? なんたるやり手……」
「でも、アタシの場合は早朝だったから使えたけどアンタの場合は上手くいくか分からないわよ?」
「うーん、まあ難しいだろうけどなんとかしてみるよ」
「ズル休みってなかなか難しいわよ? 大人は意外と見抜いてたりするから」
「まあ何とかなるでしょう。サンキュー姉ちゃん。今日はもう風呂入って寝るわ」
「ずいぶん早いわね。まだ8時よ?」
「ちょっと明日の準備とかもあるから早めに風呂入ってそのまま準備して寝るんだよ」
「サイン会行くだけでしょう。何が準備よキモいわね」
「うるせえやい! 弟をキモいとか言うなし」
「まあせいぜい頑張りなよ」
「はいはい」
そう言うと、俺はちゃちゃっと風呂に入ってさっさと自室に戻った。
「ふぅ……」
とりあえず一息。サイン会とは言ったけど、身内を騙すのも一苦労だな。降りる前にネットでそれっぽい情報調べといて良かった。まあ、これで俺はオタクだって認識になっちまったけどそれぐらいの犠牲は仕方ない。あとは母さんだな……。とりあえず、なるようにしかならないし、明日の朝頼んでみるか……。
明日はいよいよ冒険の扉を開く時なんだ。本当にワンダーランドなんてあるのかな? ワンダーランドってどんなところなんだろう……などと、ベッドでゴロゴロしながら妄想していたらいつの間にか夢の中へ誘われていた。枕なんか濡らすもんか。
翌日、母さんには、どうしても会いたい作家(ラノベ作家は伏せておく)のサイン会があるから休ませてもらえないだろうか、一生のお願いです。なんて土下座したらあっさり「しょうがないわね。アンタは今まで一度も学校なんて休んだことなかったし一度くらいなら。でも今回だけよ」なんてあっさりお許しが出た。ズル休みを容認する親ってどうなの? なんて思いつつも、小学校から無遅刻無欠席を貫いてきた成果がこんなところで発揮されるとは……。
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