リア充爆発しろとは言わないさ



 なんだかんだかれこれ二時間、ミスドで鍵山さんとみっちりワンダーランドについて話した。

 もちろん、その他にも何で鍵山さんが俺に興味を持ったのかとか……、ああ、それについては今は触れないよ? 自分で言うの恥ずかしいし……。そこは適当に“孤高の青年の学校での勇敢な姿に興味を持ってもらったとかなんとか……”ってことにしておいて、レゲエウサギに言われたことを話して強引にそれを証拠にしようと考えた。


 俺はレゲエウサギの言葉を思い出す――。


「兄ちゃんは俺に選ばれたんだ。おめえさんにはワンダーランドを救ってもらう希望の光になってもらうぜ。もちろん強制はしない。俺だってやる気のないやつに来られても困るしな。ん? 兄ちゃんの代役はすぐ見つかるのかって? もちろんおめえさんは選ばれた人間だろうけど、意外と素質なんて誰にだってあるもんだ。探しゃあどっかに居んだろ。そんな適当なって言われても、案外俺が見えてた人間はいたんだぜ? ただまあ、みんな目の錯覚だって俺と話す前にどこかへ行っちまったり、俺と会話しても信用しきれずにワンダーランドまで来てくれなかったり、きっと面倒だったんだろうよ。そりゃそうだ。自分とは関係のない世界の話、ましてや本当にあるのかどうかも分からない場所を信じようってほうが難しい。なにより、あるかどうかも分からない話に乗って今の生活を捨てるのも怖いだろ。いい年した奴らがいつまでも夢を抱き続けるのは難しいんだよ。兄ちゃんみたいないわゆる妄想狂もいたけど、そいつらだって結局最後は俺と一緒には来なかった。だからまあ兄ちゃんも無理して俺らの問題に付き合うこたあねえよ。ただ俺は言うぜ、兄ちゃん、俺らのためにひと肌脱いでくれってな。お嬢……、ハートの女王を倒してくれってな。そんなわけで、今夜はゆっくりじっくり考えて、もしその気があるのなら、明日の午後三時、街外れにある高台の公園の大きな木の根元まで来てくれ。え? なんでそんな真っ昼間なんだって? だっておめえさん、夢の国に行くにはシエスタ中が一番都合がいいだろ? そもそもこの国にはシエスタはないって? いちいちうるせえなあ。そういうツッコミ本当にうぜえって言ってんだろ。どこの公園? 大きな木ってどれぐらい? それぐらい自分で探せよ、キーワードは渡してやってんだろ。それと、大きな木はワンダーランドの入り口だからな。まあ普段のおめえさんだったら見えねえよ。今のおめえだから、俺と出会ったからその木が、その扉が見えるはずさ。まあそんなこんなでちいとばかし考えてみてくれよ。じゃあ俺は一旦あっちに戻るわ。このままじゃお嬢に首をはねられちまう。じゃあな!」


 …………。


 今思い返しても随分強引な話しだし、無責任だし、なにより胡散臭い。

 意外と簡単に特別になれるとか、ほんのちょっと――、一瞬だけでも――、いや――、本当は結構――、主人公になれたと思ったあの感覚が恥ずかしい。だけどこれでまたひとつ分かった。


“人は意外と簡単に特別に選ばれる”


 自分で言ってヘコむわ!

 そんなわけで、俺は鍵山さんに明日の午後三時、一緒にその木がある公園に行こうと誘った。言い方が直球だったからもちろん最初は断られたけど……。


「あら? デートのお誘い? 嬉しいけど残念ね。というか有栖川君、午後三時ってまだ学校でしょう? 行けるわけないじゃない」


 まあ、そりゃ委員長だったらそう言うよね。


「いや、もちろん学校はそうだけど、って、そうじゃなくて証拠は直接鍵山さんにも見たてもらったほうが早いと思って。それにワンダーランドが見れるかもしれないんだよ? 一回ぐらい休んでも問題ないんじゃない? それに鍵山さん学校休んだことないでしょ?」

「もちろん学校を休んだことはないわよ。だって皆勤賞狙ってるし。でも、ズル休みは見過ごせないわね」

「こんな大事な時に優等生を発揮されても困るよ!」

「何が大事なのよ。学生にとって勉強より大事なことなんて無いわよ」

「こんなチャンスもう二度と無いかもしれないんだよ!? 嘘でも本当でも行けば分かる。やらないよりはやったほうがまだマシだと思わない? それに、俺はワンダーランドが見たい。灰色の青春じゃなくてメルヘンな妄想を現実にしたい!」

「有栖川君、気持ち悪さに拍車がかかってるんだけど……。じゃあ、正当な理由があるのなら聞くわよ?」


 気持ち悪くてもいい! たくましく育ってほしい!! いや、気持ち悪いは傷つくけど……。正当な理由っていったって、そもそもズル休みするって言ってるのに正当もヘチマもないだろうに。う~ん……、と俺は考えた振りをして適当に答える。


「母が風邪で寝込んじゃって看病するから休みますとか?」

「………」


 やっぱダメですよね~。


「っていうのは冗談で……」


 俺は自分のボキャブラリーのなさにお茶を濁そうとしたが鍵山さんの中ではそうではなかったらしい。


「それいただきね!」間髪入れずに乗ってきた!

「えっ?」

「というか、こんないかにもバレそうなのでいいの!?」

「それらしければなんだっていいのよ」

「ええ……」

「ただ有栖川君にそれらしい理由を言ってほしかっただけよ。私が提案しちゃうと委員長なのに不真面目みたいになっちゃうでしょう? ほら、私って仮にも委員長だし」

「なんてズルいんだこと!」

「ズルくはないわよ。やっぱり世の中って体裁は大事じゃない?」

「理不尽だ! 俺はキモくて鍵山さんは委員長だから体裁がって!?」

「そもそも、最初に聞いた時から私もワンダーランドのこと、すっごく気になっていたのよね。学校なんて行ってる場合じゃないって思っていたところだし。そんな世界があるなら行ってみたいに決まってるじゃない! 私はいつだって面白い方を優先するわ」


 いつになく興奮気味の鍵山さんだ。意外にこういうノリが好きだったりするのか?


「じゃあ、一応明日の午後三時に街外れの高台の公園集合でいいかな?」

「街外れの高台の公園ってどこよ?」

「さあ? ウサギがそう言ってたから鍵山さんなら知ってるかなって」

「ウサギと話してたのは有栖川君でしょ? 私が知るわけないじゃない。そもそも場所も知らずにどう集合するつもりだったのよ」

「ですよねー」

「ですよねーじゃないわよ。呆れた……。で、本当にどうするつもり?」

「んー、とりあえず街外れで高台で公園がある場所ってどこだと思う?」

「そうね……。じゃあそもそもの話なのだけれど、まず、街外れっていうのは私達が今住んでるこの“南禅寺町”の街外れでいいのよね?」

「たぶん合ってると思う」

「ここって別に周りが山で囲まれてたりとかするわけじゃないし、隣の街とは普通に地続きで繋がってるけれど、外れってどこになるのかしら? それに、これといった高台なんて無いわよね? 単純に高い場所ってことかしら? でも、街外れの高い場所っていうとビルくらいになるし、それにビルなんていくらでもあるし……。そもそも公園なんてビルの上とかには作れないわよね……。デパートの屋上とか? さらに大きな木のある建物となると相当限られてくると思うのだけれど……うーん……」


 俺達はウサギが出したキーワードを手掛かりに考えてみるがなかなか出てこない……。


「街の外れ……、高台……、公園……、そして大きな木……。大きな木は俺しか見えないみたいだから俺が探すとして、南禅寺町は四方を他の街に囲まれたどこにでもある街のひとつである。それぞれの街との境界で高台があるとすればどこだろう……」

「あっ!」

「何か分かった!?」

「ちょっと待ってて」

 何か思い当たる節があったのか、鍵山さんはスマホを取り出すとなにやら操作を始めた。


「何やってるの?」

「ちょっと検索中」

「スマホって便利だな」

「あれ? 有栖川君もスマホじゃないの?」

「俺は電話とメールが出来ればいいからガラケーだよ」

「ネットとかアプリとかSNSはやらないの?」

「ネットはそんなどこでも必要としないから家のパソコンで十分だし、アプリもそんなに惹かれないし、そもそもSNSで繋がる友達もいなければ、なんの魅力も感じないから」

「あら、そうなの? クラスの十割がスマホなのに」

「十割って全員じゃねえか! その理論だと俺もスマホだぞ?」

「あら?」

「あら? じゃないよ。そもそも、みんな機能のほとんどを使いこなせてないよ。せいぜいSNSとネットとゲームぐらいでしょ」

「捻くれてるわね」

「事実だろ」

「寂しい人ね」

「うるせえやい」


 とまあ、スマホについて話しているうちに鍵山さんがどうやら何か見つけたらしい。


「あっ、ちょっと有栖川君これじゃない?」

「何が?」

「何がじゃないわよ。街外れで高台で公園で大きな木のある場所よ」

「ああ!」


 鍵山さんがスマホの画面をこちらに向けてくれたので俺はそれを覗く。この時、ひとつの画面を二人で覗き込む形になるので、ちょっとドキドキしたのは内緒だぜ? うひー。


「どう?」

「どれどれ」


 画面を見ると確かに書かれている住所は南禅寺町と隣の白川町とのちょうど境界ぐらいの場所だ。鍵山さんが調べたページには場所の地図と建物の名前、丁寧に写真まで掲載されていた。どうやら物件情報のサイトらしい。


「ハイグラウンドパーク『ビッグツリー』……高台公園『大きな木』って!」


 完全にそのままですやん! というか、そもそも公園じゃなくて建物だった!!


「一応、二十四階建のタワーマンションみたいだけど、建てた人はどういう意図でこんなへんてこな名前をつけたのかしらね?」

「おおかた、大きな建物ってのをアピールしたかったんじゃない? 知らないけど」

「とりあえず行ってみる?」

「んー、もう今日は遅いし、明日直接行けばいいんじゃん? ここからそんなにも遠くないみたいだし」

「確かに電車でニ十分ぐらいだからそんなに遠くは無いけれど、下見なしで大丈夫?」

「まあ何とかなるでしょ。そもそも本当にワンダーランドに行けるとも限らないし、あまり期待せずに行こうぜ」

「有栖川君、さっきから全然やる気ないじゃない。私にさんざん妄想的な話をしておきながら、実際は面倒そうにしてるし」

「いや、別にやる気が無いわけじゃないよ。もちろんワンダーランドに行けたらそりゃあ面白いだろうし。でも、なんというか今日は色々ありすぎて疲れちゃってるのよ」

「まあ確かに非現実な出来事に直面しちゃってるしね」


 それだけじゃないけどね……とはいわない。


「だからとりあえず今日は休んで明日出直してみようぜ」

「有栖川君って妄想癖がある割には夢がないのね。すぐにでも動きたくならないの?」

「妄想癖じゃねーし! そこはむしろ慎重と言ってくれよ。というか、あのレゲエウサギも紛らわしいよな。普通にマンションだって言えばいいのに周りくどい言い方しやがって。おかげで頭捻って探すハメになっちまったじゃねーか」

「探したのは私だけどね」

「そうでござんした」

「じゃあ、とりあえず今日は疲れてるみたいだし、しょうがないから解散して、明日現地集合でいいかしら?」

「問題無いです」

「じゃあ、明日の午後三時に『ビッグツリー』の前で待ち合わせましょう。あっ、それと有栖川君、携帯番号教えてよ」

「なんで?」

「明日集合する際に、万が一合流出来なかった時の連絡手段としてね」

「……」


 俺はすぐに番号を教えられなかった。というよりフリーズした……。女の子の番号をまさかこんなかたちで簡単にゲット出来るとは思わなかったから。


「ちょっと有栖川君、ボーっとしてないで教えてよ」

「あ、ああ悪い、これ俺の番号」


 そういって携帯電話を適当な紙に書いてそのまま鍵山さんに渡してしまった。渡す手が少し震えていたかもしれない……。番号の交換ごときで緊張しすぎだろう……。こんなのラノベとかドラマとかアニメでボッチが陥る場面と同じじゃん! こんな格好悪いの嫌だ!


「どうしてそんなに震えているの?」鍵山さんはいたずらっぽく笑う。

「いや、まさか女の子と番号交換するなんて思ってなくて…。ちょっと焦った」

「なんで焦るのよ」

「慣れてないから」

「番号交換するだけなのに慣れってあるの?」

「あるよ。普段人と連絡のやりとりなんかしないし、たぶん男子から交換しよって言われても緊張すると思う」

「なんか初々しいのね」

「友達少ないからしょうがないだろ」

「これから慣れていくわよ」

「どうやってよ?」

「友達を作るからよ」

「は? なんでそうなるんだよ?」

「だからさっき言ったじゃない。有栖川君の友達を作るって」

「だからそれはやめてってさっき言ったじゃん! 余計なお世話だって」

「私は諦めないからね! ワクワク大作戦」

「いや、放っといてくれよ……」

「まあとりあえず友達作りの件は考えておいて。とりあえずこれで登録完了!」

「考えないけど考えとくよ。はい」


 俺は雑に携帯電話をポケットへしまった。一応照れ隠し……。


「あ! そうそう、忘れちゃいけない! あと、明日の学校欠席はちゃんと理由考えておいてね」

「了解……って、は? なんでだよ。さっき“うちの母が風邪で”ってのに決まったじゃん」

「それは私がいただきって言ったでしょう。それに二人して同じ理由で休んだら変に思われるでしょ? 何か適当に考えておいてね」

「そんな! 鬼! 悪魔! 委員長!!」

「私は委員長ですけども、有栖川君は私を鬼や悪魔なんて思ってるの? どこが鬼でどの辺りが悪魔なのか教えてほしいわね」

「いえ、そんなことは微塵も思っちゃいませんよ。鬼! 悪魔!! とかよくテレビとかで反撃言葉みたいなのであるじゃん? ただそれだけだよ。何にも意味なんてないよ」


 俺はそう言いながらも思う……。鬼で悪魔な委員長ってなんだ。デーモンとか? デーモン鍵山……。どこぞの閣下みたいだな。俺は脳内で鍵山さんと閣下を掛け合わせた委員長を思い浮かべてみた……。有栖川君を蝋人形にしてやろうか!?(めがねクイッ!)って?


「ちょっと、なにニヤニヤしちゃってるのよ気持ち悪いわね」

「ああ、悪いわるい。ちょっと妄想の世界に入ってた」

「有栖川君、それあんまり人前でやらないほうがいいわよ? 本当に気味が悪いって思われちゃうよ? というか、気持ち悪いからやるなら家で一人でやってね」

「そこまで言わなくてもいいじゃん……。面と向かって言われるとやっぱ傷つくわ……」

「でも、言われて当然のことしちゃってるから」

「まあ、そのなんだ……気をつけるよ……」


 真顔で心配されると余計に傷つくから! 俺ってそんなにキモい!? いや、確かに会話の途中でいきなりニヤけたりしたら誰だってキモがるよな……。俺だってそんな奴見たら引くもん……。気をつけよ……。


 そして俺たちは微妙になった空気の中(ほとんど俺が勝手に落ち込んでいた)、ミスドを後にしてそれぞれの家路に着いた……。

 今夜は枕を濡らそう……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る