ミスドへ行こう(1)

 そんなわけで、何故か俺は放課後に鍵山さんから呼び出されることになった。


 もちろん、帰りのホームルームが終わると同時にダッシュで教室を出ようと試みたのだが、すでにドアの前で鍵山さんが待ち構えていた。


 今さっき「さようなら」の号令掛けてたと思ったのに! 忍の者かよ……。


「さあ有栖川君、私にお時間をいただけるかしら?」


 遠くから突き刺さる田中の視線が痛い……。俺は悪くない!


「ど、どこに?」

「んー、駅前のミスドなんてどう?」

「オーケー! じゃあ現地で!」


 じゃっ! と手を上げてそう告げると、俺は足早にその場を切り抜けようとする。面倒なのはゴメンだ。これで鍵山さんと一緒に下校してミスドに行こうものなら変な噂が立つし、確実に俺は嫉妬や恨みつらみ妬み嫉みなど、この世のありとあらゆる怨嗟を凝縮した毒壺よろしく悪意を詰め込んだいじめを日々受けることになるだろう……。頼むから便所飯だけは勘弁である。


 だがしかし、そう簡単に空気が読める委員長ではない。


「なんでよ? せっかくだから一緒に行きましょうよ」


 俺は足を止めざるを得ない(だからさ、空気を読めって……)。

 もうね、みんなの視線がね、痛いのよ……。

 顔に刺さる刺激が冷ややかなぶん、一周して気持ち良いなんて、馬鹿げた現実逃避をしていたらいつの間にか他のクラスのやつもこっち見てるし。

 田中なんかすごい剣幕でなんかこっちに向かって来てるし……。鈴村とか浦野さんは笑ってるし! いや、笑ってる場合じゃないんですけど!

 クラスの大半はチラチラ遠巻きにこちらを見たり、無関心を装ったりだし、野々村君は……我関せずで早々に帰ってしまったか……。裏切り者め! 心の友だと思っていたのに! 明日会ったら頭のてっぺん根こそぎ抜いてやるからな! 覚悟しとけよ!! ……なんて脳内で野々村君に喧嘩を売っている間に田中が目の前に来ていた。


「ねえねえ鍵山さん、これからミスドに行くの? なんなら俺達も行っていいかな? というか、こんな根暗陰気なんて放っておいて、むしろ俺らだけで行こうよ」


 おお! 割り込んでくるねえ。まあ、俺的には大歓迎な割込みなんだけど。だがしかし、根暗陰気はさすがにヒドくね?

 俺のことをものすごく睨みながら振り返って鍵山さんに愛想を振りまく田中。そんな田中の気持ちを知ってか知らずか鍵山さんが尋ねる。


「みんなって誰?」

 いつもの鍵山さんらしくないトーンだな。少し不機嫌な感じ?

 そんな鍵山さんの態度を感じ取って田中も少し慌てる。

「いや、も、もちろん鈴村とか浦野さんとかさ、な、なあ、お前らも行くよな?」

 友達に助けを求めてみるわけで。

「わりい、俺今日はパスするわ(笑)」

「あーしも、今日は帰る(笑)つーか、あーしにも予定ってものもあるんだし、いきなり誘われてもむしろ困るんですけど(笑)」

 全然友達思いじゃなかった。田中って本当に残念なキャラなのな……。明らかにふたりとも今の状況を楽しんでるとしか思えない返事だ。なんと性格の悪い奴ら。それでもお前らは友達なのか?

 そうこうしているうちに鍵山さんがいつものトーンに戻して田中に言う。

「田中くん、申し訳ないんだけど今日は有栖川君と約束があるからまた今度みんなで行きましょう、誘ってくれてありがとう」

 田中の顔が一気に晴れやかになる。

「う、うん! ぜひまた今度! 俺いつでも待ってるからね!!」


 哀れだな……。また今度というのはその場しのぎの社交辞令だ。田中、お前に今度という機会はきっと訪れることはないんじゃないかな。鍵山さんも田中の扱いに慣れてるなあ。


「さっ、邪魔者は片付いたし、行きましょっか♪」

「邪魔者とかサラッとヒドいこと言うな」

「私の予定を狂わせる人は邪魔者以外の何者でもないじゃない」

「さいですか……」


 俺たちは歩き出す。


「鍵山さん! 俺いつでも待ってるからね~!!」

 田中が手を振って見送る。鍵山さんは1000万ジンバブエドルの微笑でそれに応える。俺に向かって振ってるんじゃないとは分かっているけど正直なんだか変な構図だ。

 俺と鍵山さんを見送る田中の図――。もちろん、田中は最後に俺をひと睨みすることを忘れない。

 ああ、完全に俺明日から便所飯だな……。野々村君……助けてくれないかなあ……。そもそも俺、野々村君と一緒に飯食った事ないけど……。

 まあ百歩譲って便所飯でもしょうがないとして、それ以外の時間をどう過ごせばいいかが問題だよなあ…。う~ん、う~ん……。


「ちょっと! ねえ聞いてるの?」

鍵山さんの声で我に帰る。また妄想してたみたいだ。いかんいかん。

「え? ああ、悪いわるい。ちょっと自分の世界で落ち込んでた」

「自分の世界で落ち込むってどういう状況よ。そうじゃなくて、田中君には困っちゃうわよねって話」

いつの間にかそんな話なんてしてたのか……。というか、気が付いたら昇降口まで来てたのか。毎日通っているからとはいえ、無意識に2階からここまで来れてしまう自分の身体がちょっと恐い。学校教育の賜物だな……。

 俺と鍵山さんは上履きから外履きに履き替えて学校を後にする。


「鍵山さんって田中の気持ちとかには気づいてたりするわけ?」

 一応、さっきの話には乗っておかないと悪い気もするので、それとなく合わせる。

「またいきなりストレートな質問ね」

「まあ、分かってはいると思うからそこは遠慮せず聞いてみた」

「そこはもう少しオブラートに包もうよ。それじゃあモテないわよ?」

「いや、別にモテようとか思ってないし、モテれるならモテたいけど」

「今の有栖川君じゃあ近寄るなってオーラが出過ぎてて、そもそもモテるどころか、会話もまともに成立しないでしょ」

「さらっと厳しいこと言うねえ」

「でも、言うほど女の子の目線とか気にしてないでしょ?」

「いや、これでも一応、花も恥じらう思春期真っ盛り、健全な男子高校生ですよ? 女の子に興味ないわけないじゃないですかあ」

「まあいやらしい(笑)」

「誤解を生むような返答をするな! 別に女の子をずっと観察してるとか、女の子に興味があって妄想を繰り広げてるとかないからな! ましてや、俺なんてCグループなんだし、そんなことがクラスのやつらにバレようものなら、鈴村たちAグループと違って、冗談じゃすまないんだから。ストーカーとかキモいってレッテル貼られちゃうだろ」

「あら、それこそ被害妄想で気にしすぎなんじゃない?」

「鍵山さんとか、Aグループのやつらとか、自分たちが中心で、周りの目とか言動とか気にしないようなやつには分かんない悩みだよ」

「そんなことないわよ。私だってクラスのみんなが仲良くしていけるように色々気を使ったり、どうすれば良くなるか考えてるわよ」

「そもそもそれが俺らCグループの悩みとは全然違うんだよ。それにまず上から目線なんだよねそれ」

「どこが上から目線なのよ?」

「だって、私がみんなをまとめなきゃって感覚だろ? 委員長としては鏡かもしれないけど、望んでない奴らだっているんだよ」

「じゃあどうすれば一番いいのよ?」

「だから、それは自然に任せて、放っとけばいいの」

「それじゃあ私が嫌だわ」

「そんなの知らないよ! とりあえず、委員長としてクラスのみんなをまとめるって名目にしとけば、自身の気持ちとも合致するし、良いんじゃない?」

「まあ、百歩譲ってそれで良いとしても、上から目線なんでしょ?」

「うーん、捉えようによってはだけどね。もちろん中には気にしないっていう人もいるだろうし」

「田中君とか?」

「田中はそもそもAグループだろ」

「じゃあ、野々村君とか?」

「いや、確かにCグループだけど……、あの辺はモロに波風立たせたくないグループ筆頭だからなあ。うちのクラスで例えるなら、気にしないやつってAグループ以外はいないんじゃねーの?」

「それじゃあ意味ないじゃない。というか、解決の糸口も見つからないし、どうすればいいのよ」

「まあとりあえずはそのままで良いんじゃねえの? 別に今の鍵山さんの行動に不満持ってるやつとか表立ってはいないみたいだし。それに、子供じゃないんだから交友関係ぐらい自分で決めるだろ。あえて一匹狼気取りたいやつだっていると思うし」

「有栖川君みたいに?」

「い、いや、俺は別に一匹狼気取ってるつもりはないよ(むしろ友達欲しいぐらいだし……)」

「そうなの? でも有栖川君って、普段静かでほとんど喋ってるところ見たことないし、クラスでも一人の時が多いように見えるけど」

「それは鍵山さんが“たまたま”俺を見かけた時に“たまたま”一人だったからじゃない? 俺にだって友達ぐらいいるって」

「だからその友達って誰よ?」

「そ、それは別に誰だっていいだろ!」

「何で隠すのよ? 友達ぐらい隠す必要ないでしょ?」

「た、他校のやつだからだよ。学校には確かにこれといった仲良いやつはいないけど、中学の時の友達がいるんだよ。休日に遊んだりはしてるよ(とりあえずここは誤魔化さないと……。これ以上突っ込まれたら面倒だ)」

「そうだったのね……。なんかごめんなさいね。でも、学校に友達いないってのは合ってるのね……。やっぱり何とかしたいなあ」

「いや、だからしなくていいよ……」


「………」


 結局、会話が堂々巡りになってしまい、二人とも無言になってしまう……。

 俺からすれば珍しく学校の人間と結構喋った。実際は、学校から全然進んでないけど……。駅まではまだ半分ぐらいあるな……(駅まではだいたい歩いて10分ぐらいの道のりだけど、思いのほか会話って短かったのね……)。


「それにしても、有栖川君って結構喋る人なのね」

「そう?」

 俺と同じこと思ってやがる……。でも、今日はけっこう特別だぞ。普段の俺は人とこんなに喋らないんだからな! 寡黙でクールな男なんだぞ!


「やっぱり学校で喋ってる姿を見たことないから。案外、有栖川君っておしゃべりが好きなのかしら?」

「いや、今日は本当に自分でも驚くぐらい人と喋ってるよ」

「なんかそれって私が話しやすいからかな? なんだか嬉しいな」

「いや、たぶん鍵山さんが俺にとって余計なことしそうだからそれを全力で阻止するために饒舌になったんだと思う」

「ひどい言われようね……。なんだか悲しい理由だわ。有栖川君って、話してたら会話のテンポも良くて話しやすいのにもったいないよ。絶対鈴村君たちと仲良く出来ると思うんだけどなあ」

「だからそれは無理だって」

「だから何で無理って決め付けるのよ? 案外大丈夫かもしれないじゃない。むしろ大丈夫そうだと思ったから私だって提案してるのよ?」

「ウッソだあ。だって今の今までそんなこと一言も言ってなかったじゃん。じゃあその根拠は何よ?」

「それは有栖川君の日々の行動にあるわ」

「日々の行動?」

「うん、有栖川君って自分をCグループの日陰メンバーだって言ってるけど、堂々と教室の真ん中に座ってるわよね?」

「それは座席がクラスのちょうど真ん中なだけじゃん。それのどこが根拠なんだよ」

「まあまあ、ちょっと聞いて。あまり人をグループ分けするのは嫌なんだけど、とりあえず話を分かりやすくするために言うわね。さっきの有栖川君の言い分だと、野々村君を始めとするCグループは休み時間になるとすぐに教室を出て他のクラスにいる友達のところに行っちゃうのよね。もちろん、言いづらいけど友達がいないかもしれない男の子もいるわ。その子たちもチャイムと同時に教室を出てどこかに行ったり、休み時間、ずっとうつ伏せになっていたりするわ」

「それがなんだよ? 俺もそいつらと同じように伏せたりしてるぞ?」

「それほとんど無意識でしょ? 私何度か有栖川君のこと観察してたんだけどちょっと違うのよね」

「観察してるのかよ!? 怖えーよ! 一歩間違えたらストーカーだぞ?」

「違うわよ! そこは委員長としてクラスのみんなが仲良くするにはどうしたら良いか考えてた時の延長線上で」

「それが観察の理由でも十分ストーカーだけどな……(つーか、女子にそんなこと言われたらドキドキするわ!)」

「まあそれはとりあえず今は良いとして」

「俺的には全然良くないんだけど……」

「いいの! で、有栖川君って確かに休み時間に伏せたりしてるけれど、それは鈴村君たちがいない時なのよ。鈴村君たちが教室にいる時って、実は必ず席にいて、いない時は伏せたり音楽聴いてたり教室から出て行ったりしてるだけ。それは多分、鈴村君や田中君たちの話を聞いたり見たりしてるからじゃないかな? 時折目で追ってる時もあるし」

「え!? 俺そんなあからさまなの!? つーか、俺の目の動きまで見てるとか怖いって!」俺は横に並んで歩いていた鍵山さんから少し距離をとる。まぁ元々少し距離空けて話してたけど……。

「ちょっと引かないでよ。鈴村君たちと仲良くなりたいから聞き耳立てたりしてるんじゃないの? 他の人たちは他のグループで話すか離れるかだもの。だからそれを見て私は有栖川君が鈴村君たちのグループに入りたいんじゃないかなあと思ったわけ。違う?」


「……」


 それはそれは自分でも衝撃の事実だった……。

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