中国雑技団

 なんという独裁政権……。優等生であるとか委員長であるとか、それ以前の問題だ。鍵山無双。職権乱用。というか、クラスで決めた意味ないじゃん!! 警察の方! 汚職事件です!

 

 皆が唖然とするなか、鍵山さんは淡々と話を進める。


「中国雑技団いいと思わない? もしかしたら高校生活最後のイベントかもよ? ほら、来年は受験とかもあるし、きっとこんな体験滅多にできないよ! それに、クラスの皆で一致団結してひとつのことを成し遂げるのはきっと気持ちが良いよ? ねえ鈴村君、何か高校生活で思い出とか誇れる自分の足跡を残したいと思わない?」

 

「えッ!? あ、ああ…そうだな! みんなで思い出残そうぜ! 高校生活最後になるかもしれないし、それにクラスみんなで団結してやり切るって良くね!? みんな中国雑技団やろうぜ!!」

 突然の指名に鈴村は面食らうが、なんとか勢いで押し切った。


一瞬の間。


「そうだな!」

「高校最後かもしれないしやろう!」

「俺はアニメ鑑賞のがマシだけど、まあ皆がやるならいいか」

「案外雑技団面白いかもね」

「じゃああーし、ドラ係ね」

「浦野ズりー!」

「浦野さんがやるならアタシもやろうかな……」

「よっしゃ! だれか空中ブランコやらね?」

「バカ、どうやってやるんだよ!」

「しかも、それサーカスだし(笑)」


 皆、口々に賛成の声を上げる。恐るべし鈴村効果……。鍵山さんもクラスの中心的存在である鈴村を下せば中国雑技団に皆が賛成するのは分かってたな。話術「鍵山」お見事なり……!


 そんな中、誰よりも大声を上げたのはもちろんアイツである。


「イヨっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっしゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッ!!!!!!!」

「田中うるせーよ!」

「田中はしゃぎ過ぎ!」

「マジ田中うぜぇ!」

「良かったな田中!」

「たまには田中を持ち上げてやらねえとな!」

「田中調子に乗るなし!」


 田中はもう大興奮で大騒ぎだ。


「おいマジで雑技団になったのかよ!? 夢じゃねーよな!? もう最後のほうとか誰も相手にしてくんなかったし、アニメ鑑賞会になるもんだと思って諦めかけてたよ。いやあ、やっぱ神様は見てるんだな、日頃の俺の行いを」


「マジ田中調子乗るなし!」

「お前、日頃何やってんだよ(笑)。あっ、そういえばこの前、土手でエロ本拾ったって言ってたっけ (笑)」

「おいバカ鈴村おめえそれ言うなよ!」

「うわ……田中マジキモッ!」

「今どき土手でエロ本とか、いつの昭和だよ」

「俺でも流石に買うわ~」

「俺も拾ったエロ本はやだなあ」

「男子最悪~!」


 また馬鹿みたいにクラスがワイワイ騒ぎ出す。


「つーか、雑技団の魅力が分かる鍵山さんは俺と同じってことだよね!? はっ! 俺と鍵山さんは両思い!?」


 田中が興奮する。


「ねーよ」

「ないわボケ」

「ありえねーっつーの」

「委員長とお前を一緒にするな」

「むしろ鍵山さんが可哀想だよ」

「あーし、前から思ってたんだけど田中って亜莉子のこと好きなんじゃない?」

「は、はぁぁぁ!? 浦野なに言ってんの!? お、俺のどこを見たらそんなふうに見えるんだよ!? べ、別に鍵山さんはかかかか可愛いとは思うけどす好きとかそういうんじゃねーし!」


 浦野さんのどストレートな質問にうろたえる田中。わかりやすいやつ。クラスみんながニヤニヤしながら田中のことを見る。


「田中素直になれって(笑)」

「恥ずかしがんなよ(笑)。俺は委員長可愛いと思うぜ?」

「お前が告んないなら俺が委員長に告ろっかな(笑)」

「なに鈴村、亜莉子のこと好きなの?」

「お前ら俺をからかうのはいいけど、鍵山さん巻き込むなよな! 鍵山さんも迷惑してるだろ!」


 そういって、田中もみんなも鍵山さんの方を見るが、当の本人は微笑みながら、いや……ニヤニヤしながら……とても素敵な笑顔で答える。


「田中くん可愛いって言ってくれてありがとう。とっても嬉しいわ」


 田中の顔が真っ赤になる。茹でダコになっちゃうんじゃない?


「い、いやいや! 俺は本当の事を言ったまでで……。な、なんならこのまま……つ、付き合っちゃう!?」

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」


 クラス中から嫌悪感たっぷりの怒声が響く。


「田中マジでお前調子のんなよ!」

「そうだそうだ!」

「鍵山さんがお前なんか相手にするわけないだろ!」

「委員長は菩薩のような人だから、お前を哀れんでフォローしてくれてるだけだよ!」

「そうよ! 鍵山さんがあんなたみたいなバカと付き合うわけないでしょ」


 もうひどい言われようだな……。田中ってこんなに嫌われてたのか……。


「つーか、みんなあんまり田中イジメるなし(笑)。あんたら普段何も言わないくせにここぞとばかりに言うとかズルくない?」

 浦野さんがすかさず田中をかばう。クラスが一瞬沈黙に包まれる。


「そうそう、田中をイジっていいのは俺らだけだからな」

そう言う鈴村だけど何気にひどいな……。

「鈴村それフォローになってねーよ。まぁでもこいつらだってこんな時ぐらいしか言いたいこと言えないんだし、言わせてやれよ」

「田中上から目線マジうぜ~」

「田中にだけは言われたくないよね」

「鈴村くんなら私言われてもいいけど、田中に言われるとなんか癪だよね」

「おいおい、みんなそこまで言わなくてもいいだろ!?」


 思っていた以上に皆から総攻撃を食らうので、いよいよ半べそかき始めている。みんな、あまり田中をイジメんなよ。俺は関係ないけど……。


 あまりにもワイワイが続くもんだから、委員長の鍵山さんが手を叩いてみんなをまとめる。


「さあさあ、みんな! 出し物も決まったことだし、今度は業務分担をしたいと思います。今日はとりあえずもう時間だから、また明日打ち合わせをしましょう」


キーンコーンカーンコーン――。


 ちょうどその時を待っていたかのようにチャイムが鳴る。

 ぼっちにとってのこの憂鬱な時間も終わる。俺は開放される。

 我慢していたトイレに向かうため席を立って廊下に出ようとしたその時、ドアの前で待ち構えている人物とバッチリ目が合った。


 悪戯な――、いや、邪悪な微笑み(に見える……)を浮かべた優等生の委員長、鍵山亜莉子と。


「有栖川君、放課後時間ある?」


――――!? 何で俺!? 目が合ったまではなんとか堪えられたが、その問いかけにはさすがにビクってなるわ! 思わずうわずった声が出てしまう。


「うん!? べ、別にアルヨ!?」


 俺はエセ中国人みたいな返事しか出来なかった……。

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