閑話 -鍵山 亜莉子-

 鍵山亜莉子は優等生である。同時にクラス委員長である。ただし、模範的ではない。


 世の中、優等生だからといって決して真面目とは限らないのだ。よくある、委員長=真面目のイメージが強いが、彼女の場合、真面目と言われれば真面目だが、不真面目だといえば不真面目というどうにも不安定なところがある。鍵山亜莉子はそういう感じの生徒だ。


 彼女は基本的に真面目なのだが、自分ルール、いわゆるプライオリティの比重があり、面白そうな事とそうでないことで対応が大きく異る。


 例えば、学園祭でクラスの出し物を決める際がいい例だ。


 「一人一案」と言い出した時、普通に考えれば時間の無駄だし、彼女が仕切ったほうが断然早いのだが、思いがけないような案が出るのではないかと期待して、あえて収集をつけなかったり、Aグループの男子たちが盛り上がっているなか、なぜかCグループに所属する男子を指名して案を出させたりと、本人たちの空気などどこ吹く風で、感情が赴くままに行動する。俺たちCグループからしたらいい迷惑だ。


 しかし、だからといって、ではわがままで傍若無人かというとそうではなかったりする。


 普段絡まないものを絡ませて化学変化を期待しているのだ。鍵山さんはそういう優等生でそういう委員長である。

 傍若無人がクラスを仕切ることはできない。一定のユーモアを持ち合わせているのでクラスの支持も高いし人気者なのだ。委員長だからといって気取らず、歯に衣着せぬ物言いも表裏がないので逆に好感を持たれる。


 しかし長所ばかりではない。基本的に悪いことは悪いとはっきり言って断るタイプだが、好奇心を刺激する物事に関しては規律そっちのけで本能を優先してしまう質なのである。


 以前、Aグループの男子が休み時間に教室でまさかの硬式野球をしてはしゃいでいた。俺は本当に馬鹿だと思ったし、クラスのみんなだって「危ない」だの「迷惑」だの「ガラスが割れる」だの「やめろ」だの、至極真っ当な反応を示した。――にも関わらず、彼女は止めるどころか“あえて”「教室で野球をする」ところに反応したのか知らんが「私にもボールを投げさせて。ガラスが割れないか心配だけど、割らないようにプレーすれば問題ないわね」なんてことを言い、その場の空気を氷つかせたこともあった。


 とにかく彼女は少し――、ほんの少し他の奴らより感性が独特なのだ。正気の沙汰じゃないよね。


 正直、あんまり関わりたくないタイプだわ。これはひとえに彼女の育った環境も少なからず関係しているのかもしれない。まあ、本当に関係しているかどうかは憶測なので知らないが、ここで少し鍵山亜莉子という人物について話をしよう。


 彼女は“お嬢様”である。お嬢様と言っても小高い丘の上にある街一番の大きなお屋敷に住んでいたり、超がつくほどの裕福な家庭でそだった、いかにもアニメに登場するようなお嬢様というわけではない。


 鍵山さんの家は、ご両親と5つ離れた大学生の姉に彼女を含めた4人家族だ。


 え? 何で俺が鍵山亜莉子の家族構成を知っているかって? この前、クラスで鍵山さんが話しているのをたまたま耳にしただけだよ! 本当だよ?


 さておき、そんな鍵山さんだけど、実は幼少期は結構大変だったらしい。


 お姉さんが自由奔放で何でも自分の好きなことをやっている反動で、妹の鍵山さんは両親にスパルタで育てられた。


 小さい頃は姉が遊んでいる中、ピアノの稽古をしたり踊りの稽古をしたり、学習塾や習字教室に通わされたり。はたまた姉に手を引かれ一緒に街を探検した挙句、そのまま置いて行かれ迷子になり大泣きしていたところを近くの住人に保護されたり、イージーモードな人生とはいかなかったらしい。


 何でそんなに詳しいんだって? 本人がそう喋ってたからさ……。盗み聞きって怖いね。


 そんな彼女も中学に上がると思春期なのか反抗期なのか、溜め込んでいたものが爆発したのだった。いや、正確にはタガが外れたという表現のが正しいか……。


 彼女は根は真面目なのだが、好奇心が自制心を上回ってしまう時があったのだ。普通、そんなことある!? という感じだけれど、鍵山亜莉子はそういう女の子なのだ。


 今までやりたいことを我慢して生きてきた反動、抑え込んできたものが溢れた瞬間……。


 中学時代に生徒会長だった彼女は、学校側をあの手この手で説得し、何を思ったのか、校庭に深さ4メートルのプールを作って4階建校舎の屋上からダイブするという謎の行動を取ってみせた。たぶん、当時オリンピック開催年だったことから、飛び込み競技を見て自分もやりたいと思ったのだろう。憶測だけど……。というか、それを誰も止めなかったのもびっくりするし、飛び込み台のあるプールに行けばすぐに出来ることじゃん。先生何やってんだよ。まあ、あいにくこの街にはそんな立派な施設はないのだが……。だからといって軽く、いや普通にドン引くレベルだろ? それぐらい彼女はぶっ飛んでいる。


 後日談として、その中学から飛び込みのオリンピック選手を輩出しているとかいないとか……。


 閑話休題――。


 話は学園祭での出し物会議に戻る。


 彼女は今、クラスの出し物に興味津々だ。突拍子もない案が出ることを願っている。しかし、事は上手くいかず、まさかの“アニメ鑑賞会”に決まりそうである。


 野々村くんまさかの大勝利!? ……なんて事はあるはずもなく、鍵山亜莉子の独断と偏見――、彼女が入れた50票の正の字が示したのはおおかたの予想通り、田中が出した“中国雑技団”だった。


 予定調和の独壇場。そう、俺たち二年四組の学園祭の出し物は鍵山亜莉子の権力のもと“中国雑技団”に決定した――。

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