ホームルーム(3)

 それはそれは見事な禿げっぷりで、高校生とは思えないぐらい薄い。こうしてつむじを眺めていると吸い込まれそうになるが、いかんせん毛量がそれほど多くないので、そう簡単に吸い込まれはしない。鳴門海峡レベルである。


 しかし、一体どんな生活をしたらこの若さでそんなに禿げてしまうんだい野々村君? バイト? 家の手伝い? ストレス? 俺の脳内に色々な妄想が膨らむ。


 二度目になるが、野々村君はいわゆるオタクだ。学校でも目立つ存在ではなく、クラスではいつも黙って俯いているイメージだ。他のクラスのオタク友達と一緒にいるところを見たことがあるが、いつもアニメなのかゲームなのか、なんなのか話をしていて何を言っているのか全く分からなかった。


 そんな野々村君だ。もしかしたら学校で、クラスで我慢するというストレスが溜まっていったのかもしれない。友達がいなくて、みんながわいわいやっているなかで、最悪一日中ひとことも発さないのは相当なストレスだ。それは俺が実証済み。正直、口を開く機会はあっても、それは自分から動いた場合で、受け身の場合は誰も話しかけてこないし、授業でも先生は空気を読んでいるのか、当たればネタにされるのは分かっているので面倒くさいのか、指されることはない。むしろ、それで無理やり突破口開いてクラスの輪を広げてくれるのに一役買ってくれればいいのにと思うこともあるが、Aグループの奴らだってやりたいことを我慢して、みんなと同調してやりたくないことでもノーと言えず、奴らは奴らで大変なんだろう。


 ノーと言える人間になればいいのに。俺はノーと言う相手すらいないけど……あゝ無情。


 さておき、きっと学校だけのストレスでそんなに禿げるのもどうかと思うぞ? そんなことだったら野々村君より友達の少ない俺はもうとっくにつるピカハゲ丸だぞ? もしかしたら家でもストレスを溜めているのか? 家族に罵倒でも浴びさせられているのか? 両親にストレスを与えられるのはあまり考えにくい……。となると、兄弟の可能性もあるな。年頃だし、年齢の近い弟か妹、もしくは兄か姉がいれば、野々村君を見れば何か言いたくなるだろう。「デブ」とか「ブタ」とか言われているかもしれない…。「兄貴近寄らないでくれる? デブが感染る」とか「お前いつも汗臭いんだよ、アニヲタとかマジでキモいし」などと家族なのに日々罵られストレスを抱えているかもしれない。


 いや、それはあくまで兄弟(兄妹)が標準的な見た目の場合の話であって、野々村君と同じような見た目で同じようなヲタク趣味を持っていたならどうだろう? 同族嫌悪から生まれるストレスやもしくは他の理由が?


 例えば、野々村君が長男で弟か妹とテレビのチャンネルの奪い合いやゲームの奪い合いがあって、いつもお母さんに「お前はお兄ちゃんなんだから我慢しなさい!」と言われ、幼少期より日々ストレスを溜めてしまっていたのか。野々村くんは家で肩身の狭い思いをしているのか……。よく分からんがぼんやりと野々村君の家庭環境を勝手に妄想してしまう。


 クラスはまだざわついている。


「つーか、テレビとか使った出し物ってオーケーなの?」

「確か、火はダメだけど電気はオーケーだった気がする」

「電気は使って良いわよ」

「じゃあ、いっそのこと色々集めたゲームセンターってのは?」

「おお~! それナイスアイデアじゃん!!」

「え~!? そんなんお前らがやりたいだけじゃね~か。だったら雑技団でもいいじゃねーか」

「いやだから田中は黙れって」

「田中の意見は全却下ね」

「オメーらこういう時は調子いいのな…」

「じゃあ何ならオーケーなんだよ」

「雑技団以外」


 盛り上がりをよそに俺は二次元勇者・野々村君の後頭部で妄想を広げ続ける。

 ああ知りたい! 野々村君よ頭頂部どうしたの⁉ ケガ!? それとも床屋さんの失敗⁉ それとも家族・兄弟からのストレス⁉ ああ聞きたい!! 野々村君の頭頂部がハゲの理由を知りたい!!


 俺は野々村君の肩を叩く。


「何?」うなだれていた野々村君が振り返る。


「野々村君、大丈夫?」一応先ほどの出来事から入って自然にいこう。


「何が?」

「さっきのことだよ。みんな野々村君のこと馬鹿にしてるけどああいう奴らの言うことなんて聞く耳持つ必要ないよ」

「分かってる」


 思いのほかダメージを受けていない?


「でもうなだれてたから心配になっちゃって」

「いいんだよ。あの時はテンパッてアニメのこと言っちゃったけど、今思えば好きなこと言えたからそれはそれで良かったのかなって思うから」

「意外にポジティブなのな」

「そうしないとやってけないよ」

「兄弟に毎日グチグチ言われてるとか?」

「は? 俺一人っ子だよ?」


 oh……。そもそも兄弟いなかった!


「両親に怒られ慣れてるとか?」

「俺、両親に怒られたことないよ?」


 oohhhhh!なんたるKA・HO・GO! そもそも家族関係円満じゃん! じゃあどうして後頭部が禿げてんだよ!! どこでストレス抱えてんだよ!! いっそ不摂生か? デブだし!


「野々村君、最近ストレス抱えてる?」

「は? なんだよ急に」

「いや、やっぱり俺らって学校でもまあなんつーかそういう立場じゃん?」

「うーん、別に俺は気にしてないけど…。というか、立場とか別にどうでもいいんじゃん? 騒ぎたい奴は騒げばいいし、自分たちは自分たちで楽しいから」

「あっ、そう……」どうせ俺は寂しいよ……。

「つーか野々村君、非常に聞きづらいこと聞いてもいい?」

「なに?」

「いやあ、そのお、実はあ……ははは」

「なんだよ、キモいなあ」


 お前には言われたかねえよ……。


「いや~、頭のてっぺんどうしたのかなあと思って……。あんまそういうのって触れちゃいけないとは思うんだけど、どうにも気になって色々妄想したりしちゃって……ははは。やっぱり家族とか友達とか学校の悩みとか? そういうのでまあそのそういうふうになっちゃたのかなあって」


「………」


 野々村君は頭頂部を無言のままジョリッとひとさすりして「ああ」となんとも気の抜けた返事をする。


 俺は隙かさず謝る。「やっぱ急に変なこと聞いてごめん」


「んああ、別に謝らんくてもいいよ。つーか、やっぱ目立つ?」特に怒っているふうでもなく、むしろ「気づいちゃった!?」的な反応だ。

「いや、ぶっちゃけすっごく目立つ」なぜそんな普通なんだ。

「これさあ、昨日床屋でやられたんだよ」

「え?」いや、別にお前の髪の毛切った話しなんか聞いてねえし、と思ったけどもしかしたら床屋のミス的な?


「いや、この後頭部の禿って昨日床屋行った時にシュバッて切られちゃったんだよね。やっぱ禿って思われるかな? 恥ずかしいわ~」

「あっ、そうだったんだ? 床屋もひでーな! もうそこ行くのやめといたほうがいいんじゃん?」


 ………。


なんだそれ、全ッッッ全然つまらんオチ! 床屋のミスって!! もっと俺の妄想掻き立てる結果を見せてくれよ!


「いや、むしろ俺が悪いんだけどね」と野々村君は言う。

「床屋はいつも行ってるとこなんだけど、そこのおじさんは上手いんだよ。俺いつも同じ髪型注文するんだけど、毎回同じふうに綺麗に切ってくれるから。でも昨日は俺が居眠りしちゃって、首をコクってやった時に揺れで思わずジョリッだって。俺が悪いのにおじさんのミスだからって散髪代タダにしてもらっちゃったよ。禿げたけど儲けたよ(笑)」


「ソーナンダー……」


 何にも面白くねぇ! もっと面白いネタ持ってきてよ!! せめておじさんに代金ぼったくられて、ゴネたらてっぺん持ってかれて、なんとかお代だけ払って命からがら店から逃げてきたぐらいのオチを言ってくれよ! ……って無理がありすぎるけど。


「でも、てっぺんは災難だよなあ、高校生で本当に禿げたらどうする?」

「んー、たぶんカツラか坊主にする」

「カツラはまた鈴村たちからネタにされるのがオチだな。つーか、そもそも野々村君てっぺん禿てんのに坊主にしてないじゃん(笑)」

「これぐらいなら大丈夫だと思ったんだよ。そんなにヤバい?」

「500円ぐらい禿げになってるよ(笑)」

「マジか! 今日坊主にしてこようかな……」

「そうだね、ぶふっ、ツルツルにしたほうがいいかもね! くくくっ」俺はツルツルの野々村君を想像して笑ってしまう。


「笑いすぎだろ失礼なやつだな」野々村君がちょっとムッとする。本当はちょっと気にしてたのかも。


「ごめんごめん! ちょっとツルツルの頭想像したら笑けてきちゃって」デブでツルツルでサングラスなんてどうだろう……。


「ぶッ!!!」俺は思いっきり吹き出してしまった。

「おまッ! ちょっとヒドくね……」


 と野々村君が言いかけたところで、横槍が刺さる。


「有栖川君も随分楽しそうに野々村君と盛り上がってるみたいだけど何かいい案でも出たのかしら? みんな色々意見出してるけど、そういえば有栖川君の意見はまだ聞いてなかったわね。せっかくだから聞かせて」


不意打ちのご指名。なんで俺!?


「あぁ、いや別に……」


 鍵山さんが変なコト言うからみんなの視線が一気に俺に向く。


 ヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイ! ヤバイ!! ヤバ――イ!!! こんなんで言えるわけ無いじゃん!!


「でも楽しそうにしてたから何か意見あるのかなぁって思ったのだけれど」

「あぁ……」ヤバイヤバイリアルガチヤバイ! どうしよう。みんな見てるし、つーかこっち見んなし!!


 あぁもう! こうなったのも全て野々村君のせいだ。野々村君のてっぺんが禿げてなんかいなければそもそも俺が笑うことなんかなかったし、鍵山さんからご指名を受けることもなかったし、クラスのみんなから視線を浴びることもなかった……。全部野々村君が悪い! なんて他人のせいにしても何の解決にもならない。


 俺はクラス全員の視線を浴びながらしどろもどろに言ってしまう。


「あ、アニメ鑑賞会いいなぁって思って野々村君と話してたんだよ…ハハハ」


「………」


「お前もアニヲタかよ」

「有栖川もキモヲタだったんだ」

「ちょっと意外かも」

「つーか、しゃべるんだ」

「俺はアニメ鑑賞会賛成だけど」

「有栖川くんオッタク~」

「ヲタク格好いいやん(笑)」

「鈴村適当なこと言うなし(笑)」

「雑技団のがいいだろ!」

「だから田中は黙ってろって!」

「田中ウザい!」

「何で俺こんなに言われてんの!?」


 みんな好き勝手に言いやがって! 俺だってアニメなんて全然興味ねーよ!! だって仕方ないじゃん! あの場ではああいうしかなかったじゃん!! 野々村君と話してたんだからこの今は話題しか切り出せないに決まってんじゃん!!


 みんなも同じ立場だったら絶対そうするぜ? 「しゃべるんだ」ってひどくね!? つーか、これで俺もアニヲタのレッテルは貼られちまったじゃん! アニメなんて全然知らんし!! Aグループに憧れるどころかCグループの中でもド底辺になっちゃうじゃん!! みんなの目が余計白くなるよ!! 誰も話しかけてくれなくなるよ!! どうしようイジられたりネタにされるのは我慢できるけどイジメられたくはない!!


 表情は平常心を保っているけど、心中は穏やかどころではない。ステイクール出来ない。もう地獄絵図だ……。


 そんな俺の心中などどこ吹く風で鍵山さんは言う。


「あっ、そうだったのね。じゃあアニメ鑑賞会に二票ね。う~ん、意外にみんなが出し物の意見出してくれたから票が割れるわね。これはやっぱり多数決のが良かったかなあ」なんてのんきなことを言っている。ふざけんな。


「みんな他にもう意見はありませんか~?」鍵山さんがそろそろ締めに入ろうとする。ホームルームの時間ももうすぐ終了だ。俺は気持ちどん底のまま机にうつ伏せてチャイムが鳴るまで起き上がることは出来なかった……。


鍵山さんが言う。

「それでは、今年の文化祭の出し物を多数決で決めたいと思います――」

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