竜宮之葉の独白③
視界を遮られるとそれ意外の感覚は鋭敏になる。
今日一緒に食べたコース料理のように私が用意した『前菜』を彼は望みどおりに振舞ってくれた。
すでに身体は熱くなっていて、痛みは身体中を駆け巡る快楽物質と結合して私を燃え上がらせている。
やがてその時が来たことを感覚で理解する。
だから私は目隠しを取る事を彼に願う。
見えない状態で折られることも確かに怖くて二重の意味で『たまらない』けれど、私は彼を見たいと思ったのだ。
彼からしてみれば見られている方がやりづらいだろう。
けれど私はそれを許す気は無い。
盲目から解放された私は大きく頭を振った。
快楽でぼやけた意識を取り戻すために。
彼の表情をよく見るために。
そしてチラリと視界の角を見て、計算されつくした位置が動いていないこと確認するために。
彼はそっと私の左の薬指を選んでくれた。
その意味を察して私は泣きそうになる。
もちろん嬉しくて…。
そこは永遠の愛を誓う場所。 その証である指輪をつけるところ。
赤い。 血のように赤い糸が本来の場所とは違うけれど、そこにしっかりと結ばれているのを幻視する。
ああ…早く。 早く。 早く。
隆司君は動かない。 決めたはいいけれど、そこから動けだせずにいるのだろう。
私は急かさない。 でも決して止めることは許さない。
心臓を高鳴らせて断固とした意思で私もピクリとも動かないでじっと見つめ続ける。
彼もまた泣きそうな表情をしている。
それを見てしまい、私はどうしようもなく自分自身の罪悪さを自覚して心が痛んできた。
その痛みは決して快楽には重ならない。
純粋な痛みとして私自身を打ちのめす。
痛みとはこんなにも不快で気持ち悪くて恐ろしいものなんだね。
生物が本来持っている本能の通りに。 それが壊れた私でさえ感じ取っていた。
ごめんね、隆司君、どうしようもない女でごめんね。 本当にごめんね……。
苦痛を表に出さないよう、懸命に努力しながら彼に謝罪する。
ああどうして私はこうなんだろう。 どうしてこういう風に生まれてしまったの?
好きな人を散々苦しめていることに欲深い自分を省みてただひたすら謝り続ける。
けれど…。
けれども…。
ああ、そうだからこそ…。
自身の罪深さを気づかないフリで隆司君を瞳に捕えながら私は心の中で大きく叫ぶ。
『だから好きな人を苦しめているどうしようもない私をどうか罰して!』
瞬間、薬指に痛みが走る。
枯れ枝を折ったような音と共に今までに感じたことの無い激痛が。
「っ…はっあ、あっあああ!」
痛い。 痛い。 痛い痛い痛い痛い!
痛くてたまらない!
声すら出ない。 喉から絞り上げられたように言葉ではない、獣のような声が断続的に勝手に出てくる。
気づけば視界には床。 ホテルの絨毯と隆司君の足元がある。
とても立っていられなかったのだろう。
私はまるでひざまづくように体勢を崩していた。
その間にさえかつて味わったことの無い激痛が頭の中をグシャグシャにかき回し、何度となく意識が遠くなる。
けれどその度に薬指の痛みが。
どうしようもない私の『愛の痛み』がそれを許さずに引き戻してくる。
ああ…早く…立たないと…私が…やらせたん…だから…彼を…みなきゃ…どんな顔を…しているかを…みなきゃ…見なければ…見たい!
止めることのできない涙と涎で醜くなっているかもしれない…引かれたらどうしようという場違いな想いがでてきても…それ以上に…どんな表情をしているんだろうかを…みたい。
顔を上げて全力で笑顔を作る。 ゆっくりと顔を上げる。
「…あ、ありがとう…う、嬉しい」
不自然になっていないかなんて考える余裕も無い。 だけどお礼を言わないと…彼が私のためにしてくれたのだから。
そして見上げた彼の姿は予想以上だった。
罪悪感と泣き顔、そこに今までに無かった感情が加えられている。
嫌悪感。
表情を歪ませて、まるで理解できない、およそ恋人が見ることのはずがない表情の隆司君が私を見下ろしていた。
ああ、この痛みは二重。 肉体的な痛みと恋人を苦しめる罪悪感という名の痛み。
重なりあわせた異常がなければ私は満足できないの。
これが私が本当に欲しかったものなんだ。
すべてが反転していく。
激痛も、心の痛みも、自分自身の醜悪さもすべてまるごとひっくり返されて頭がおかしくなってしまうような歓喜へと変質していった。
ありがとう。 本当にありがとう。 隆司君。 ずっと…ずっと私と一緒に居てね…絶対に離さないよ…愛してるから…心の底から愛してるから…ね。
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