平坂隆司の葛藤④
「来週の15日のことなんだけど…」
霧子に代わって席に着いた之葉にさっそく本題を切り出そうと言葉を紡ぐ。
「うん、私もバイト休み取れたし、隆司君も休みだよね? 誕生日デートはどこに行こうか?」
そう、来週の15日は之葉の誕生日なのだ。
付き合って始めての誕生日だから、当然、僕もそこは『絶対に休む!』と決意していたし、プレゼントをどうしようかとも考えていた。
「そ、そうだね…映画なんてどうかな? ほら、之葉が見たがってた映画の初日だしね」
「ああ、そうだね!それならあらかじめ前売り券買わないと…その後はどこでご飯食べる?」
「それじゃ…駅前に新しく出来たイタリアンがあるからそこにしようよ、その後はブラブラしながら考えようか?」
…ここまでは常識の範囲内だ。 そしてここからが本題。
「そ、それで誕生日プレゼントのことなんだけど…」
「うん!考えてくれたかな?どこの指を折るのか…」
「そ、そうだね…ど、どこにしようか…な」
いきなり本題を切り出されたことで出端をくじかれる。
「どこでもいいよ~、あっ、でも親指とか人差し指とかはちょっと困るかも…シャーペン持てなくなるしね、でも左手ならどこでもいいよ」
「そ、それじゃ…せっかくの付き合ってから始めての誕生日だし、普通に何か買わない?」
「え~、悪いからいいよ~、誕生日デートできるだけでも嬉しいし、それに私の指折ってもらうのにさらにプレゼント貰うのはさすがに気が引けるかな〜」
之葉の中で指を折られることが決定事項なことに軽く絶望する。 しかしさすがに今回のお願いは今までとレベルが違う。 なのでこちらとしてもそれは遠慮したい。
「そ、そうか~、ちょっと気合入りすぎたかな~?」
我ながら折れるのが早すぎる。 いや、折るのは僕自身であり、折られるのは之葉なのだけれども。
「でも考えてくれるだけで嬉しいよ~、ありがとね…チュッ!」
そう言うと之葉は周りを少し気にしてから頬にキスをしてくれた。 元来大人しい彼女がそういうことをしてくれた事はとても嬉しくて、ちょっと照れ臭い。
「で、でもさ~…やっぱり…」
「あっ!ゴメンネ、これからバイトだから、あとでメールするね~…あっ、そうだ!ねえ、指出して」
「えっ?あっ、うん…」
立ち上がりかけた彼女は少し強引に僕の右手を取って小指に自身の小指を絡ませる。
「はい、指きりしたから約束ね…それじゃバイト終わったらメールするね…バイバイ!」
「あっ!ちょっと…!」
そのまま小さな身体を揺らしながら走り去ってしまった。
後に残った僕はその場に立ち尽くす。
指折ることを指切りさせられたショックのままで。
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