08話.[なにがしたいの]
「ひゅぃ~、寒いなぁ」
もう真っ暗だった。
ちなみにもうクリスマス本番だった。
朝から泊まりに行ってくると外に出て、夜は忍みたいに家の敷地で寝袋で寝た。
今日ももう少しで終わる、というところまできていた。
「家で寝れるのがいいよねえ」
いやもう本当に怖いのを我慢できたのはいい話だろう。
小さいけどチキンも食べられたから満足している。
よし、そろそろ帰ろう。
「あっ、菜月が帰ってきたよっ」
なんだなんだと困惑している内に朔くんもやって来た。
自宅までもう五メートルもないというのに入ること叶わず――最近はこういうことが多いなと苦笑するはめになった。
「どうしたの?」
「どうしたの、じゃないよ!」
お、おぅ、何故か智くんに怒られているんだけど。
智くんの彼女さんらしい人と朔くんの彼女らしい人もここにいる。
別にまだ二十時半なんだから約束を破ったわけじゃないよね? と困惑。
そもそもの話として、別に急に逃げたとかではないんだから慌てる必要が分からない。
「鷲見君から聞いたんだよ」
「あれ、会ったの?」
じゃあ海ちゃんは一緒に過ごすことができたってことか。
嬉しかっただろうなあ、だけど、どうやって鷲見くんだと判断したのだろうか?
実は交流があった、なんてことはないだろう。
肥田くんは朔くんと智くんのことを知っているからあれだけど。
「そこに肥田君もいてね」
ん? ということは四人で過ごしたということなの?
まあそりゃ付き合い始めてすぐのクリスマスでふたりきりは緊張するか。
とりあえず寒いからと家の中で話をすることになった。
というかあれだねえ、智くんの彼女さんも大人びているなあ。
「なんで嘘をついたの?」
「お母さんとお父さんにはふたりでゆっくり過ごしてほしかったからだよ」
そうでもなければ外になんか出るわけがない。
昨日だってお風呂に入れていないんだぞ、これまでにはなかったことだ。
それでもそうするしかなかった、と言うより、あれで正しかったはずなんだ。
「なんでいちいち探したの?」
「なんでって……」
彼女さんだっているのになにをしているのか。
とにかくふたりを送ってくるということでふたりは目の前から消えた。
私はお風呂に入って最高な気分を味わっていた――んだけど、
「馬鹿が」
何故か帰ってきた朔くんにいきなり叩かれてそれは消えた。
友達と過ごしていなかったからなんだと言うのか。
嘘をついたのは確かに悪いけど、その間は家を出るということを両親には説明していたんだから構わないだろうに。
これにはさすがに納得がいかなかった。
勝手に心配して不安になって普通に帰ってきたところで叩くなんてありえない。
人生で初めて兄をうざいと思った。
別に話すことなんてないから追い出して部屋にこもる。
鍵をかけてしまえば誰にも侵されることにない場所になる。
そもそもあの家から出てきたのだって自分が連日彼女を連れてきて出ていけと遠回しに言ってきていたからだろう。
だから私は言ったんだ、もしそれなら出ていくよって。
変えなかったからこちらが変えるしかなかったというだけだ。
「菜月、出てきてよ」
「帰ればいいよ」
なんでこんな無駄なことをしたのか。
私のは確かに両親のために行動していたんだからそのことについてはなにも言わせない。
両親が子どものためになにかをするように、子どももまたなにかをしてあげたいって思うのは普通で。
これに文句を言うということはそれを否定するということだから間違っているのはそっちだとしか言いようがない。
というかね、勝手に実家から出ていっておきながらなにを言っているのかという話だ。
そんなに気になるなら出ていくなよ、結局、口だけのものでしかないんだ。
「智、帰るぞ」
「朔……」
そうだ、自分達の家に帰ればいい。
大体ね、普通に楽しめたんだからいいじゃないか。
自分達が私のせいで楽しめなかったわけではないんだから。
これは智くんが悪いね、余計なことを朔くんに言うから。
「はぁ、やっと帰った」
喉が乾いていたから一階へ。
話したい気分じゃなかったから飲み物を飲んだらすぐに戻ってきた。
「もう終わりかあ」
来年になったらすぐに四月になって三年生になるんだろう。
そうしたらクラスも変わって海ちゃん達といられることもなくなるかもしれない。
それならそれでいいと片付けてしまうのもなんだか寂しかった。
まあその前に一緒に大晦日に行動ができるんだけど。
中学生のときにいた友達とはもう一切連絡も取り合っていない。
ずっとやり取りをしようねって言っていてもこんなものだ。
これまで一緒にいた人間が近くから消える。
そういう経験は何度もあるはずなのにいつまで経っても慣れることはないと。
ただ、今日みたいなことになるならいるのかいらないか、それが分からなくなってくる。
誰だって意味不明な理由で怒られたくはないものだ。
誰かと関わることでそれが増えるということなら、って、無理なんだけど。
誰とも関わらないなんて死ぬことでしか実行できないんだから片付けた。
「寒いね」
「そうだね」
もう一月になろうとしているところなんだからそりゃそうだよなと。
しかも真っ暗だしさ、体が冷えていくことは決まっている。
「結局、凛さんとかは無理だったよ」
「そっか、それなら仕方がないね」
「うん、わがままを言っても仕方がないからね、それに菜月さんとだけでも行けたらいいから」
可愛いことを言ってくれるものだ。
留まっていても寒いだけだから早速移動を開始した。
と言っても近いし、あまり人が利用するところではないからあくまで普通だ。
「甘酒貰おっか」
「うん、飲もう」
今日こそは平和に終わるって思ってた。
もう年が変わるということで面倒くさいことにはならないと何故かね。
でも、例外はないんだろう、それが例え少し特殊な日であったとしても。
「ごめん菜月さん、頼まれたら断れなくて」
「ん? あぁ……」
なんのことだと聞く前に答えが分かった。
廿楽さんが来られなかった理由、それが目の前にいるふたりによってね。
だけど、こうして少しだけでも海ちゃんと動けたのはいいかな。
「高木さん、向こうで肥田君達が待っているから」
「はい、菜月さんのことよろしくお願いします」
って、いるのかっ、海ちゃんもやってくれるものだ。
ま、こんなふたりに頼まれたら断れないよなあ。
片方なんか愛想笑いすら浮かべられないような人だし。
お喋りが好きであったとしても、それはあくまで慣れている人相手限定の話だから急に話しかけられてびっくりしただろうな。
これは鷲見くんも悪い、って、他県に行っているのは彼の希望だけではないだろうから結局のところは誰が悪いとかそういうことじゃないんだけど。
「もう少しで新しい年だね、智くん」
「え? あ、そうだね」
来年頑張りたいことはやはり就職活動だ。
それすら乗り越えてしまえば高校生活で緊張することなどなにもない。
問題なのはひとりになってしまう可能性が高いということだけど、それはまあ優しい海ちゃんとか鷲見くんに期待しておくことにしよう。
「それで? 友達を巻き込んでまでなにがしたいの?」
「それは……」
「あの日だってちゃんと両親にその旨を話してから外に出たし、帰宅時間だって予定より三十分も早かったんだよ? そもそもいきなり私を探そうとする方がおかしいでしょ」
彼女さんには意図していなくても迷惑をかけてしまった。
ああいうのはよくない、恋人に面倒くさい家族がいると分かることになるのはね。
何度も言うけど、私だって積極的に迷惑をかけたいわけじゃないんだ。
「智、ここは俺に任せてくれ」
「分かった、じゃあ家で待ってるね」
お? どうやら智くんは朔くんのお家に泊まっているようだ。
朔くんはこちらを見ると腕を掴んで歩き出す。
握り方に優しさが表れているのが面白いところだ。
この前初めてうざいって思ったけど、やっぱり一緒にいられるのはいいかな。
「どこに連れて行くの?」
「座れるところだ、立って話すのは疲れるからな」
「えぇ、もう少しで今年も終わっちゃうのに?」
「別に終わってからでもいいぞ」
「あ、うーん、海ちゃんも行っちゃったから行こっか」
新年を迎えられれば別に場所はどこでもいい。
この時間にひとりとか軽く死ねるから朔くんがいると安心だし。
ほら、魅力はなくても女というだけで襲われちゃうかもしれないしさ。
「なにを勘違いしているのかは知らないがあれはただの女友達だからな」
「嘘だー、女友達だったらあんな毎日来てくれないでしょ」
「少し菜月を試したところがあるんだよ、で、お前は案の定逃げたよな」
逃げたというか、単純に見たくなかったからだけど。
「大体な、菜月が家事をしてくれるようになるまで俺はずっと帰ったら家事をする毎日だったんだぞ? 恋人なんて作っている余裕はないだろ」
「じゃあなんでいるって言ったの?」
「だから試すためにだ」
智くんから聞いていたからこそなのかな?
でも、そんなことをする意味もないのになにをしているのか。
「……私なんてあの日、人生で初めてうざいって思ったからね」
「それは試したわけじゃない、完全に菜月が悪いから仕方がないな」
「当日にいきなり消えたというわけでもないのに心配しすぎる朔くん達が悪い」
「そりゃ心配になるだろ、だって怖がりな人間が夜にどこにいるのかも分からないんだから」
それでお友達さんも巻き込んじゃうなんてよくない。
特に本当にデートをしていたであろう智くんを巻き込んだのはね。
「馬鹿って言って叩いて帰っちゃったけど」
「それも菜月が悪い」
「それで今日のこれは?」
「寒いから帰るぞ」
えぇ、やっぱり大事なことは説明してくれないんだ。
で、家に帰ったら何故か智くんがいなかった。
「あれ? お家に帰っているって」
「智は実家だな、ま、そういう話だったんだがな」
ん? つまり朔くんが騙したというか計画を変えたということ?
私はまた朔くんのお家にお邪魔させてもらっているわけだけど……。
「いいか? 俺に彼女はいない、それは分かったな?」
「う、うん」
「じゃ、あとはなにかを言うまでもなく分かるだろ」
朔くんは腕を組んで「こうして家に連れてきた理由だ」と。
「えっと、あ、別に彼女はいないからまた住めってこと?」
「それもあるがそれだけじゃない」
「離れないって言ってくれたわけだから……やっぱりそうでしょ?」
「鈍いな、俺に彼女はいないんだぞ?」
えっと、だからこれは……。
「もしかして妹にアピールしているの?」
「寝る」
「まあまあ、ちょっと待ってよ」
家に誘っておきながら不器用というかなんというか。
あんまり経験がないんだからはっきり言ってほしかった。
「……つか俺は離れないって言っただろ、それなのに逃げんなよ」
「あとは単純に智くんが居なくなっちゃったから寂しいってこと?」
「ああ、それもある。だが、なんだかんだで菜月が作ってくれる飯が好きだからな」
「味が濃いとしか言わないのに」
「最近は合わせてくれていただろ」
おお、ここで素直に認めてしまうあたりが最高に……朔くんらしくない。
じゃああの冷たい時期はなんだったんだろう。
智くんに言われた程度で変わってしまえるぐらいなら、本当はしたくなかったということ?
「だからまた戻ってこい」
「……また追い出されるし……」
「勝手に出ていっただけだろ、いまから荷物を取りに行くぞ」
「まあまあまあ、今日はこのままここで寝るからいいよ」
「そうか? じゃあ智に連絡しておくわ」
誰が近くにいてくれようと夜は怖いから仕方がない。
もう二度とあんなことはしないから安心してほしい。
それはもう怖かったし寒かったからね、寝袋でも足りなかったぐらいだ。
「……クリスマスにあんな過ごし方をするしかなかったのは朔くんのせいでもあるんだから責任を取って今日は一緒に寝てよ」
「ま、別にいいが」
「それにプレゼントはくれないの?」
「なにが欲しいんだ?」
「あ、そう聞かれると出てこないや」
物欲というのもそんなにないからなあ。
いやでも駄目だ、やっぱり朔くんが近くにいると心地良すぎる。
うざいだなんて感じてしまったけど、大人しく謝っておけばよかったんだ。
「私はまた、家族全員で集まりたいな」
「じゃあ今日帰るべきだろ」
「って、ここに連れ込んだのは朔くんだよ?」
「変な言い方すんな、どうする?」
「……今日はいいや、こうして朔くんと寝られるだけでね」
もちろん触れたりはしないけど、後ろに居てくれていると言うだけで十分だ。
だから朝までぐっすりと寝て、朝になったら挨拶をしていなかったことを思い出して挨拶。
「今年もよろしくお願いします」
「おう」
智くんにも会いたいからと朔くんを連れて実家に向かって歩き始めた。
「あ、智くんおはよっ」
「わあ!? あ、危ないよ、いきなり怪我なんてしたくないでしょ?」
「それとこれとは別だよ、それに最近はゆっくり話せていなかったからさ」
私のせいだとちくりと刺されてしまったものの、それを華麗にスルーして寝室へ。
「お母さんお父さんおはよう!」
「「び、びっくりしたぁ……」」
「えへへっ、いつも通りの元気な菜月だよっ」
またこうして元気な状態で家族が集まれたんだから幸せだ。
ただ、こうなってくると智くんにはやっぱり戻ってきてほしいとしか言いようがなく。
「うーん、それは無理だね、それに朔はそんなこと望んでないよ」
「智くんが出ていって寂しいって言ってたよ?」
「それはありがたいけどね」
そうか、さすがに無理か。
それでもとりあえずは謝罪をしておく。
言ってからにすればよかったんだ、そこまで考えつかなかったのは馬鹿だ。
「菜月、腹減ったからなにか作ってくれ」
「はーい」
ちなみにおせちとかは作ったりはしない、高いから買ったりもしない。
お雑煮やお餅は食べるけどね、ちなみに朔くんはそのどちらも好いていないけど。
「はい、お蕎麦」
「昨日食べたが」
「まあまあ、美味しいから食べなさい」
「ふん、まあいいか」
成人男性なのに、三十手前なのに好き嫌いが多すぎるのも問題で。
もし私が戻った際にはたくさん克服させようと決めた。
だって私に作ってもらえるのは嬉しかったみたいだし?
いまでも役に立ちたいという考えは変わらない。
「あ、僕も食べたいな」
「あるよ、注いでくるね」
両親はせっかくの休みを満喫したいらしくまだ寝てくるということだった。
だから少し足りない感じはあるものの、またこうして兄ふたりといられるのは嬉しい。
前と違って私が家事をしてふたりにゆっくりしてもらえるのは大きいからね。
「美味しいっ、菜月は凄く上手になったねっ」
「冷たい朔くんと違って智くんが教えてくれたからだよっ」
「そっかっ、それならよかったっ」
「おい、俺のどこが冷たいんだよ」
「「どこって、ねえ?」」
あの頃は自信をなくしてしまうぐらいボコボコだった。
顔を見せるなよとか大事で大好きな兄から言われるのは辛かった。
だけどどうしてかこうなっていると、なにがあるのかなんてやはり想像はできなくて。
「だからどこだよ?」と聞いてくる朔くんを見ながら、色々あったけどまたこうして仲良くすることができてよかったと思ったのだった。
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