07話.[そういうものだ]

「す、好きなの」


 あくまで真剣だった。

 当たり前だ、告白をふざけてするような人間はほとんどいない。

 相手がどう答えるのか、いま私にはそれが一番、いや、二番目に気になる。

 一番に気になっているのは、


「どうして私がこれを見せられているのかってことだよね」


 そう、これのことだ。

 海ちゃんに頼まれて付き合っているものの、私がいる必要がなさすぎる。

 相手である鷲見くんが受け入れてくれたら邪魔だし、仮に鷲見くんが彼女の願いを断った場合にはそこを見られるということなんだから。


「ぼ、僕でいいなら」

「ありがとう!」


 わーぱちぱちぱち、無事に上手くいったようだ。

 ま、鷲見くんの方から興味を持って近づいているんだから受け入れる可能性の方が高かった。

 でもそこは恋する乙女として色々不安になってしまったんだろう。

 最初はそうでも自分が興味を抱いて近づいたら気が変わっていた、なんてこともあるから。


「菜月さんありがとう」

「私はなにもできてないよ、もういいかな?」

「あー……あ、ありがとね」


 海ちゃん、その笑顔が私は苦しいよ。

 つまりもう必要ないって言われているようなものなんだから。

 まだ固まりがちな鷲見くんに挨拶をしてから帰路に就いた。


「肉まんでも買って食べよ」


 別に意地悪をされたとかではないのに心が冷え切ってしまっている。

 どうしてかなあ、めでたいところを見られたはずなんだけどなあ。


「ありがとうございましたー」


 暖かい店内ではなく敢えて寒い外で温かい肉まんを食べることにした。

 朔くんが帰宅するまではまだ時間もあるからご飯が食べられないなんてことにもならない。

 おまけに帰ったら家事をするようにしているから大丈夫だろう。


「ただいまー」

「おかえり」

「うぇ」


 どうしてか入り口で立っていた朔くん。

 最高に嫌な予感がする、これは追い出されるのではないだろうか?


「お、お仕事は?」

「今日は早く終わった」


 ひぃ、言うなら早くしてほしいけど。

 家事とかをした後に言われるのだけは嫌だから朔くんの前でずっと待っていた。


「なにそんなにそわそわしてんだ」

「え、だって追い出す……よね?」

「追い出さねえよ、仕事が早く終わっただけなんだから変に悪く考えるなよ」

「だって彼女さんもいるわけだし、そのためにこの大きいお家も契約して――」

「全部間違ってる。俺が狭い家が嫌なだけだ、そこに彼女の存在は関係ない」


 ……まだ安心できないものの、とりあえず家事をしてしまうことにした。

 ご飯を作り終えたらさっさと洗面所に逃げ込む。

 お風呂から出たらいつ追い出されてもいいように荷物もまとめた。


「余計なことするなって言ったろ」

「これはあれだよ、部屋を綺麗にしたいからだよ」


 持ってきた物全てを使うというわけではない。

 そのくせ、捨てることができないからしまっておくことしかできないのだ。

 あとはまあ単純に先程考えたことに繋がっている。


「それに気軽に彼女さんを招きたいだろうし」

「なあ、どうしてそんなに気にするんだ?」


 どうしてって、いま頼れるのは朔くんだけだからだ。

 ふたりの兄と過ごすことはできなくなったから片方だけとはという考えがある。


「別に菜月が家にいようと連れてこようと思えばできる。それに乱暴な人間を敢えて恋人として受け入れたりはしないんだぞ? わざわざ逃げるようなことをしなくていいだろ?」

「その彼女さん的には例えそれが妹相手でも仲良さそうにしているところは見たくないだろうからだよ、キスとかだってしづらいだろうしさ」


 中には放課後の教室でしてしまえる人達もいるけどみんながそうじゃない。

 私がいることで少しでも引っかかってしまうということなら帰ることを選ぶ。

 まあ、いる状態でもめちゃくちゃにしちゃう人でないことを願うけど。


「本当にそれだけか?」

「当たり前だよ、もしかして私が見たくないから言っているとでも思っているの?」

「そうなんじゃないのか?」


 ないない、恋人がいる人の邪魔はしないって。

 意味のない話だから無理やり終わらせてリビングに移動した。

 もういっそのこと彼女さんを家に住ませてしまえばいいのに。

 年齢も年齢だからそろそろいいだろう。


「智から聞いたぞ」

「朔くんのことが好きだったって? それはあくまで昔の話だから」

「そうか、ならいい」


 とにかくご飯だ、せっかく作ったんだから食べなければもったいない。

 食べ終えたらいつものように洗い物をして、それからはすぐに引きこもる。

 だってここでぼうっとするのが朔くんは好きなようだから邪魔はできないし。


「あ、そうだ課題」


 危ない危ない、忘れたら面倒くさいことになるから助かった。

 真面目にやればやるほど時間というのはあっという間に過ぎていくというもの。


「菜月」

「今日はもう寝るから明日でもいい?」

「おう、おやすみ」

「おやすみ」


 誰かを探そうとしてやめようと決めた。

 急いだところでこれまで縁がなかった人間の前に現れるとは思えない。

 それにもう十二月で一年が終わるというところまできているわけなんだから一日一日を自分らしく生きていることの方が大切だろうからね。

 ま、そういう風にしかできないと言われればそれまでなんだけどと内で呟いた。




 修学旅行が終わってからというもの、教室内は凄く明るくなったように見える。

 単純に私が変な風に見ていた可能性もあるけど、全体的に楽しそうにしているのが分かる。

 付き合い始めてから緊張する必要がないと分かったのか鷲見くんも積極的で。

 海ちゃんもまた待つだけではなく自分から近づくようになった。

 廿楽さんもたまに教室を出たり肥田くんが来たりしているから仲良くできていると思う。

 そんな中で私はと言うと、なんとも言えない毎日を過ごしていた。

 半日で学校が終わるからというのもある。

 急いで帰ったところで仕方がないから時間をつぶしてからにしているのも影響している。

 早く帰って家事をしてお昼寝~なんて繰り返したら昼夜逆転生活になってしまうし。

 あとは単純に朔くんが彼女さんを多く連れてくるようになったことがねえ。

 私がそのように言っておきながらいざ実際にそうなったら文句を言うのかと自分にツッコミたくなるときもあるけど、なかなかに複雑なんだから仕方がない。


「菜月」

「うわ、なんか久しぶりだね」


 教室に来ていてもこっちを見ることすらしてきていなかったから余計にそう思う。

 この間に期末テストもあったわけだけど、それで彼らが教室で勉強をしていた際にも全く意識を向けようとしてこなかったわけで。

 ま、彼女でもなんでもない振ってきた人間なんかどうでもいいと言われればそれまでで。

 彼は「うわは酷いな」と言ってきた。


「教室でキスをするのはやめた方がいいと思う」

「ま、それはな」


 もう一ヶ月以上経過しているのになにをしに来たんだろう。

 私的には別に名前で呼んでくれてもいいけど、廿楽さん的には面白くないかもね。


「それよりどうしたんだ? 朔さん達と喧嘩でもしてしまったのか?」

「違うよ、家に彼女さんをよく連れてくるようになっただけ」

「それはまたなんとも……気まずいな」

「だよね、普通はそう思うよね」


 だからまた出ていこうとしている自分がいる。

 敢えて居座ってやろうだなんて邪魔をしたいと考える自分はいない。

 そういうものだ、迷惑だとは言われていないけど私はいま試されているんだ。


「肥田くんは廿楽さんとどうなの?」

「受け入れたよ、つか、急にされたとはいえしたのは変わらないからな」

「そっか、じゃあ廿楽さんも嬉しいだろうね」


 私が振ってくれて嬉しかったって言っていたし。

 あのときの笑顔はあまりにも自然じゃなさすぎて避けたいぐらいだった。

 それでいっぱいジュースを飲んで帰りが遅くなって朔くんに怒られたことを思い出す。


「早く帰りなよ、せっかく早く終わっているんだからさ」

「それは菜月もそうだろ、早く帰った方がゆっくりできるだろ。朔さんが帰ってくるときに彼女を連れてくるということなら余計に早く帰った方がいい」

「大丈夫、荷物を持って実家の方に帰るから」

「そうか、まあそれは菜月の自由だからな」


 書き置きとかに頼るのは違うから直接顔を見て言う。

 今度こそ構ってちゃんみたいなことはしない。

 心配ではないだろうけど、智くんにまたちくりと言葉で刺されても嫌だから。

 ある程度のところで学校をあとにして外で時間つぶしを開始。

 帰ってきたところで言う、今度は私が玄関で待ち構えるのだ。

 十八時五十分には帰宅して玄関で待機開始。

 立っているのも疲れたなと感じ始めた頃に兄が今日はひとりで帰ってきた。


「なにやってんだ」

「私は出ていくから自由に楽しくやってよ」


 荷物を持って暗く寒い外へ。

 一応少し歩いた後にちらりと確認してみても追ってきてはいなかったからいいんだろう。

 寧ろ追い出さなくて済んだことから朔くん的にはいいことしかないと。

 冷たくされたわけじゃない、覚悟していない状態で追い出されたわけでもない。

 朔くんのためを思っての行動だから涙が出たり悲しくなったりすることはなかった。


「ただいまー」

「おかえり」


 今日からそっちで過ごすとは連絡してあるから特に聞いてもこなかった――のはなく、彼女さんを高頻度で連れてきて居づらいと言ったら母が戻ってきたらどうかと言ってくれたのだ。

 だからこうなって当然だ、逆にここでたくさん聞かれても困ってしまう。


「ご飯は食べてないんだよね?」

「うん」

「じゃあできているから食べたらお風呂に入って」

「ありがとう」


 行ったり来たりを繰り返しても普通に迎えてくれる両親が好きだ。

 まあ心の中では色々と複雑なところもあるかもしれないけど、それを表には出さないから。

 それに親だから放置できない縛りというのがあるところが難しいのかもね。


「やっぱりお母さんが作ってくれたご飯は美味しい」

「ははは、ありがと」


 自分で作るのとはどうしてここまで違うんだろうか?

 家族だろうとやり方などが違うからだろうか?

 朔くんの味や母の味を味わうことができて私は幸せだった。




「冬休みかあ」


 今年の大晦日は無理やり両親を誘って一緒に行こうと思う。

 朔くんはともかくとして、智くんは元気にやっているんだろうか?


「はーい、あ、海ちゃんっ」


 って、よくここが分かったな。

 それに朔くんのお家だって知らないはずなんだけど。

 でも「ごめん、お兄さんに聞いて来たんだけど」と彼女は言った。


「あ、そうなんだ、上がる?」

「うん、菜月さんがいいなら」


 さて、今日はなにを言いにここに来たのか。

 って、考えるまでもなく鷲見くんとのことだって分かっちゃうよこれ。

 とりあえずは座ってもらったうえに飲み物を渡して飲んでもらうことに。


「大晦日なんだけどさ、菜月さんさえよければ一緒に行きたいなって」

「え、いいの? 鷲見くんとふたりで行きたいんじゃ……」

「それが冬休みは他県に行くみたいなんだよね」


 他県に行くってすごいな。

 私なんて旅行ができるのは修学旅行とかだけだから余計にそう思う。


「そうなんだ、じゃあ一緒に行こっ」

「うんっ、行こうっ」


 おお、そうと決まっただけで一気に楽しくなってきた。

 ただまあ、いきなり行けなくなったとかってなる可能性もあるからあまり期待しないようにしておこうと決めた。


「それでさ、そのときは凛さんも一緒でいいかな?」

「廿楽さんも? いいよ」

「肥田君もいてくれれば凛さんも喜んでくれるよね」


 うわぁ、マジか、廿楽さん達も連れて行くのか。

 よし、その日は金魚のフンみたいに付いていくことだけに専念しよう。

 寒さがやばいだろうから甘酒とかを飲んで体を暖めよう。


「……どうせなら鷲見君もいてくれればよかったのになあ」

「あれ、まだ名前で呼んでいるの?」

「あ、うん、なんか恥ずかしくて……」


 好きだと言えたのも彼女からなのにそこは引っかかるのか。

 そこはあれか、恋する乙女にしか分からないということもあるんだろうと片付けた。


「それに修学旅行のときと同じグループでまたお出かけしたかったんだ」

「そうだね、楽しかったもんね」


 私は結局、三人とはゆっくり行動できなかったけど。

 だからなのかもしれない、廿楽さんと友達ではない感じがするのは。

 彼女とはそれからも複数回関わったり話を聞いたりもしたから勝手に友達だと考えている。


「いまさらだけどいまは菜月さん以外に誰もいないの?」

「うん、両親は共働きだから」

「そうなんだ。実は私の家もそうなんだよね、専業主婦でいられるのは一部だけだよね」


 でも、共働きだからって不幸というわけではない。

 一緒に頑張って幸せになっている両親を見ていると余計にそう思う。

 そういうのもあって憧れるものの、そんな相手は早々現れないという現実にぶつかる。


「とにかく、それは無理だからいま言ったメンバーで行こうね」

「うん、分かった」

「二十三時に集合でいいかな? 集合場所はこれから話し合う必要があるけど」

「それは任せるよ」

「分かった、じゃあふたりに聞いてみるね」


 海ちゃんが出ていってから気づいた。

 大晦日の前にクリスマスがあるじゃん、と。

 去年は冷たいながらも、智くん経由ではあってもプレゼントを貰えた。

 ただ、今年は出てきているのもあって期待するべきではない……よね。


「それに彼女さんを招いてそれはもう……って感じだよね」


 いつもは私がいたから招くことすらできなかったわけだし。

 そうしたらクリスマスの夜なんて燃えるよね、やることもやるだろう。

 両親には夫婦水入らずで過ごしてほしいから外で過ごすか。

 もちろんそれをそのまま言うと気を使わせるから友達と過ごすと説明して出る。 

 そういえば鷲見くんはまだいるんだろうか? クリスマスぐらい一緒に過ごしてあげてほしいだなんて上から目線でそんなことを思った。


「はーい、うぇ」


 扉を開けたら何故か朔くんが立っていた。

 まだお昼前なのに、私達は冬休みでも大人は普通にお仕事があるのに。

 しかもなにか言いたそうな顔で、いや、絶対に言いたい顔でこちらを見下ろしている。


「ど、どうぞ……」

「おう」


 そうだ、これは両親に会いに来たのだと判断しておこう。

 だっていちいち私に会いに来る意味がないんだから仕方がない。

 クリスマスをどう過ごすか考えるだけでいい。

 だって明日だし、まあまだクリスマスイブだけど。


「明日はクリスマスイブだね」

「ああ」

「じゃ、私は部屋に――あれ?」


 それは逃げられないことを意味していた。

 ああ、やっぱりあのことで怒っているんだろうか?

 でも、出てきてあげたんだから感謝をしてほしいぐらいだけど。


「なんでまた出ていった、俺は離れないって言っただろ」

「それは朔くんが毎日のように彼女さんを連れてくるからだよ」

「気にならないんじゃなかったのか?」

「恋愛的な意味で気にならないだけで、家でいちゃいちゃされたら家族は気になるでしょ」


 そして自分から言ったことだったから見ないためにも出るしかできなかった。

 どうせ智くんはいないんだからこれでいい、智くんがいたらまだ残ったかもね。

 もっとも、智くんに彼女さんがいなかったことなんてほとんどないから無意味だけど。


「明日は友達の子と過ごすんだ」

「へえ」

「クリスマスはどっちもふたりだけで過ごしてほしくてさ、頼み込んだ形になるかな」

「へえ」


 元々家族以外と過ごしたことはなかったから新鮮ではある、それが本当なら。

 海ちゃんとは普通に楽しめるから話を合わせてもらえばいい。


「朔くんは?」

「どうでもいい、そんな歳でもねえしな」

「あ、そう、年齢とか関係ないと思うけどね」


 そんな歳でもないで片付けてしまうような人間にはなりたくなかった。

 いいじゃんか、何歳になろうとはしゃいだって。

 外で幼稚なことをしなければ誰もなにも言わない、というか言わさせない。

 だけどいまの朔くんにはなにを言っても届かないからやめておいた。

 帰ればいいのにすぐに帰ろうとはしなかった。

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