06話.[全部言えたから]
「菜月、ちょっといい?」
「うん」
廿楽さんに呼ばれて廊下に出た。
理由はひとつしかない、そしてそれは想像通りだった。
実は少し前から関わりがあったという情報についてはほうという感じだったけど。
「気にしないで」
協力すると約束をしているとかはないけど、気になるから海ちゃんのところに行く。
この教室で鷲見くんが話しかけているところをまだ見られていないからというのもある。
「菜月さんは気になると言われてどう思った?」
「私は困惑したかな」
「だよねっ、なんで私なんだろうって考えちゃうよね」
でもそれは一緒にいれば分かることだ。
それから判断しても遅くはない。
なーに、選ぶ側なのは海ちゃんなんだから無理なら無理と言ってあげればいいんだ。
ただ、彼女の場合は引っ張られそうで不安だった。
断るということができればいいんだけど……。
「高木さん」
「鷲見君」
邪魔をしたいわけではないから挨拶をして席に戻ってきた。
とにかくいまは朔くんとふたりきりの生活に慣れることに専念をするべきか。
もっとも、緊張したりとかはしないけども。
授業と休み時間の繰り返しをやり終えて放課後になったらすぐに学校をあとにした。
ご飯作りとかもなるべく私がやるっ、そう言ってあるからゆっくりはしていられない。
お買い物だってそう、食材がないなら率先して行かないとね。
「暇だ」
あまりにやる気を出しすぎるとこうなるということが分かった。
最低でも十九時を過ぎないと朔くんは帰宅してくれないというのに。
誘えるのは鷲見くんと海ちゃんだけだけど、そこはほら、邪魔したくないからできないし。
だからお昼寝をすることにした。
いやほら、それができるぐらいの時間を確保できているということは効率良くできているわけなんだから悪いことじゃない。
「起きろ」
……少々寝すぎてしまっても問題ない、冷たい顔で見られていても問題ない。
ご飯を温めて食べてもらっている間にお風呂に入れるよう準備をする。
「やっぱり味が少し濃いな」
「そっか、じゃあもう少し量を減らしてみるね」
「おう」
もちろん働いて疲れているであろう朔くんに先に入ってもらった。
こっちはその間に洗い物とか洗濯物を畳んだりする。
やだこれ主婦みたいじゃんとか少し舞い上がっていたものの、朔くんにこんなこと言ったら冷たい顔で見られるだけだから戻ってきたら無理やり内へとしまいこんだ。
「拭けてないよ、ほらここに座って」
「いいから入ってこい」
「駄目、風邪を引かれたら嫌だから」
「はぁ、じゃあ勝手に拭けよ」
綺麗なタオルを持ってきて優しく拭いていく。
もちろんもったいないからこれはこの後体を拭くときにも使うつもりでいる。
「まったく、気をつけてよね」
「どんなキャラだよ」
「いいの、私は正論しか言っていないんだから」
倒れられたらここに住めなくなるからと自分勝手なそれもある、って、
「智くんが出て行っちゃったら家賃全部朔くんが払わなければならないんだよね? それって大変なんじゃないの?」
これだ、全く気づけてなかったのは馬鹿だとしか言いようがない。
智くんとも過ごすからこそこんな大きな家を選んだんだろうから高いだろうし……。
「元々智には払ってもらってないぞ、バイトをしている身にそんなの求められるか」
「え、じゃあひとりでなんとかできてしまうレベルなの?」
「ま、俺もちゃんと働いているわけだからな」
じゃあ余計にお手伝いを頑張ってやらなければならないな。
実家と同等かそれ以上にいいかもしれない家に住ませてもらっているんだから。
「もういい、いいから入ってこい」
「はーい」
わざわざ口にしてから動くのは違ったか。
あくまでそのように考えて自主的に動くからこそ相手からしたらいいはずで。
「洗って洗って~」
しっかり洗って、ある程度したら栓を抜いてお風呂場自体を洗っていく。
その日になるべく済ませておけば明日の朝、忙しくなるわけではないから。
「くしゅっ、うぅ、早く拭いて戻ろう」
そうしたらしっかり服を着込んでリビングに帰還。
朔くんはと探してみたらどうやら座りながら寝てしまっているようだった。
「いつもお疲れ様」
運ぶのは不可能だから布団を持ってきてかけておく。
なんとなく隣に座ったり、前に移動したりを繰り返していた。
少しだけ長い前髪をいじってみたり、頬に触れてみたりとかもする。
「……うざい」
「寝るならベッドで寝てね」
今日はやけに大人しくすぐに移動してくれた。
私は先程寝たのもあってまだ眠たくないからリビングに残ることにした。
朔くんはいつもここに夜遅くまでいるけどどうしてなんだろう?
特になにかがあるというわけでもないのに、テレビを見るのが趣味とかではないのにね。
「ひとりでいるのが好きなのかな?」
それならお手伝いとかすらもいらないということになる。
私が出ていくのが一番ということになるから……。
「余計なこと考えるな馬鹿」
「あ、朔くん」
「大方、俺がここにいる理由を考えていたんだろ?」
「うん」
「ただ家が好きなだけだよ」
そりゃまあそうか、お金も出しているし、ぼけっとしていても怒られないし。
「寝るぞ、電気が勿体ねえ」
「はーい」
お昼寝をして夜ふかしをしてしまったら馬鹿らしいから素直に従った。
残念ながら一緒には寝られないけど、家の中に朔くんがいてくれるだけで十分だった。
「菜月さん菜月さん菜月さん!」
「はいはいはいっ、そんなに慌ててどうしたの?」
海ちゃんがお喋り好きだということは知っているから違和感もない。
でも、ここまでハイテンションなのは珍しいからちゃんと聞いてあげないといけない。
ま、大抵は鷲見くん関連のことなんだろうけど……。
とりあえずここでは話せないからということで廊下に出ることになった。
時間は約七分、いや、五分ぐらいだと考えた方がいい。
この時間だけで終わりそうにないなら次を使っても、お昼休みでも、放課後でもよかった。
「私ね、鷲見君と仲良くしたいかなって」
「うん、鷲見くんもきっと喜んでくれるよ」
「だから、さ、お出かけしたいんだけど誘うのを手伝ってくれないかな?」
「いいよ、それぐらいなら私でもできるからね」
つまり、近くにいてくれということだ。
言葉に詰まってしまった場合に前に進めるようにと頼んできている。
いいねえ、少しではあっても誰かのために動けるって。
「す、鷲見君、ちょっと来てくれないかな?」
「わ、分かった」
んー、海ちゃんひとりでなんとかできてしまいそうだけどなあ。
だけど頼まれて受け入れた以上は付いていく。
「えっとね、鷲見君と一緒にお出かけがしたいかな……って」
「いいよ、というか、僕がお願いしたいぐらいかな」
「そっかっ、じゃあ――」
うんうん、なんか妹が勇気を出せたみたいな感じがして嬉しい。
今回は空気を読まずに居残る、ようなことはしないで教室に戻ってきた。
「菜月」
「あ、廿楽さん」
あれからなんか話す度に微妙な気持ちになってしまう。
これぐらいの年齢ならキスぐらい普通にするんだろうけどね。
「今日の放課後、ちょっと付き合ってよ」
「あんまり遅くならないなら大丈夫だよ」
「うん、それでいいから」
というわけで放課後は出ることはせずに残っていた。
海ちゃんと鷲見くんが声をかけてくれたから無難に返して更に待つ。
「ごめん待たせて」
「いいよ、行こっか」
「うん」
この前の鷲見くんのときみたいにファミレスに行くことになった。
ドリンクバーを注文して早速炭酸ジュースを飲む。
飲んでもいいけどあまり飲むなという決まりだから外ではね、ふふふ。
それにそういうパワーがないと多分廿楽さんと普通に一緒にいられない。
「この前のことなんだけどさ」
「うん」
「……肥田は責めないであげてね」
「責めないよ、責められる立場でもないし」
そもそも他人に偉そうに言うべきではないし。
なんて、偉そうに言ったことがたくさんあるから説得力がないんだけど。
「それにあれは私がしたことなんだよ」
「いつの間にか仲良くなっていたんだね」
「うん、まあそんなものだよ」
そう、見えてはいないだけで誰かを好きになって手を繋いだり抱きしめたりキスをしたりそれ以上の行為をしているのが普通だ。
場所があそこでなければなんら責められるようなことじゃない。
それでも複雑なのは肥田くんの切り替えの早さとかではなく、友達が違う友達とキスをしていたということで引っかかっているんだ、差も……感じたのかもしれない。
こっちはどんなに望もうとどうにもならなかったことではあるから余計に。
だからって醜く嫉妬するようなことはしないけど、しないつもりだけど、もしかしたら表にもろに出てしまっている場合もあるのかもしれないと考えたら……。
「というかさ、私が前から肥田のことが好きだったんだよ」
「え、そうなのっ? それなら二日目に廿楽さんが見て回ればよかったのに」
「そう思ったんだけどあのときの肥田は完全に菜月に夢中だったからさ」
彼女はこちらの手に手を重ねて「だからはっきり言ってくれて嬉しかった」と。
その笑みは間違いなくこちらからすれば自然ではなかったものの、そっかと答えておく。
「終わり、言いたいことは全部言えたから」
「うん、あ、代金は私が払うからいいよ」
邪魔とか冷たく吐かれなくて済んでよかった。
でも、なんか一緒にいたくないから避けるためにこんなことを口にしていた。
「いや私が払うよ、はい」
「あ、じゃあもう少し残ってもいい?」
「あ、分かった、それじゃあ聞いてくれてありがとね」
いや違う、私が勝手なだけか。
私が断ったから肥田くんは次へと対象を変えただけ。
と言うよりも、そこに廿楽さんが近づいて、という感じか。
「すごいなあ」
仮にそれでもキスまでもっていくなんて。
私が仮に好きな人といられたとしてもそんなの絶対に無理なのに。
それとも、そういうパワーを得られれば行動できるのだろうか?
まあいい、そんなすぐには得られないことを考えても時間の無駄だ。
これを飲んだら帰ろうと繰り返した結果、微妙な気持ちを消すことはできた。
が、
「遅え」
「ごめん……」
帰る時間が遅くなって怒られてしまったというオチだった。
「寄り道禁止な」
「え」
「冗談だ、でも遅くなるなら連絡をしろ」
「ごめんなさい……」
家事も結局できていないから悪いのは全て私だ。
それでもなんか寂しくて引っ付いていたら意外にも文句は言われなかった。
「肥田が取られて寂しいのか?」
「ううん、それは違うかな」
「じゃあなんだよ?」
友達と友達がキスをしていたことにもやもやを感じていると説明したら「面倒くさいやつだ」と言われてしまい、そのうえで確かにと納得することだけしかできなかった。
「誰かが近くからいなくなるというのが智のことを思い出して嫌なのかもな」
「あ、それかも」
「ま、仕方がねえか、すぐに割り切れる人間ばかりなら苦労しねえよな」
「わっ、朔くんって自然に頭を撫でてくれるよね」
「恋愛経験は菜月と違ってあるからな」
む、それは聞きたくなかったかな。
モテるのは分かっているけど、あくまでそういうのは外でやってほしい。
……言っていることが矛盾しているけど対朔くんの場合はそうだ。
「も、もしかしたら付き合っていたり?」
「ん? ああ、まあいるな」
「じゃあそっちを優先したらいいよ、もしあれなら実家に帰るし」
「変な遠慮すんな、それにここに連れてきたりはしねえよ」
いやいやいや、寧ろ朔くんにそういう相手がいない方がおかしいというものだ。
妹はわざと迷惑をかけたりはしない。
だからこれからもお手伝いだけはちゃんとしようと決めた。
「菜月、久しぶり」
「はは、まだ二週間だよ?」
智くんに呼ばれて外に出てきていた。
いつも通りの智くんという感じで安心する。
「あ、智くんは朔くんに彼女さんがいるって知ってた?」
「うん、会ったことも数回あるよ」
へえ、ということは家族になるのも時間の問題だと。
もしそうなったらなにか買ってお祝いをしてあげよう。
さすがにそのまま居座るのは無理だからまた離れることになっちゃうけど。
「智くんはどうなの? 相手の人とは」
「いまのところは特に問題もないかな、過去のようにはさせないよ」
「そっか、兄ふたりが結婚するのも時間の問題ということかあ」
私は三年生になったらすぐに就職活動だというところまできている。
内定を貰えたら自宅から頑張って会社に通ってお金を稼ぐんだ。
「結婚か、あんまり想像できないね」
「え、あーまあ、気軽に決断できることじゃないだろうけどさ」
「菜月こそどうなの?」
「おいおいおい、一度も異性と付き合ったことがない私に聞くのは間違いだよ」
それこそ結婚生活なんて微塵も想像できないよ。
仲のいい異性なんていないから話にもならないし。
それに元々結婚して子どもを生んで~みたいな願望はない。
ちゃんと自分で働いてたまに食事に力を入れる程度の人生でいいのだ。
「じゃなくて、朔のことが好きなんでしょ?」
「肥田くんも言ってきたけどいまは違うよ、それに彼女さんがいるのなら意味のない話なんだからさ」
実の兄を好きになるような人間な――んだけど、今回ので完全に無理になったわけだし。
また、朔くんはあくまで家族として接してくれているだけなんだから苦しくなるだけだ。
あとはあの大きな家を契約した意味が分かってくるというもの。
いつか結婚をしたときに困らなくて済むようあの選択をしているのだ。
高い家賃は先行投資みたいなもの、そのためになら苦ではないと言いたいのだろう。
「そういえば今日はどうして会ってくれたの?」
「どうしてって、菜月のことが気になったからだよ、別れるときなんて泣きそうだったし」
「泣くわけないじゃん、別に遠くに行ってしまうわけではないんだから」
「朔から聞いているから無駄だよ」
「ちょ、プライバシー……」
朔くんから言うとは思えないから智くんが聞いたということだろうか?
なんでそんな無駄なことをするのか。
それをそのままぶつけたら頭を撫でて笑ってくれたけど……。
「大切だからに決まってるよ、しかも急だったからね」
「嘘つき、どうせ女の人しか意識していなかったくせに」
「それはね、だけどそれとは別だから」
あー、智くんが相手だと絶対に冷たくしないということでついつい調子に乗ってしまう。
そのことを謝罪して留まっているのもあれだからと歩き出す。
「とにかく朔とは喧嘩しないで過ごせているんだよね?」
「うん、それは大丈夫だよ」
「それならよかった、安心してこっちも過ごせるよ」
たまにはこっちに泊まりに来てくれたりしないかな、なんて期待している。
両親も呼んで家族でわいわいお鍋でも食べられたらいいかなあ。
いまは寒いから温かいご飯と暖かい空気が必要な気がするんだ。
「ねえ、今日の夜は来られたりしない?」
「ごめん、今日は食事に行く約束をしているんだ」
「そっか、なら仕方がないね」
あまり時間を貰っているわけにもいかないから別れて帰路に就いた。
お兄ちゃん達が結婚して相手の人に子どもを生んでもらって孫を見せてくれるだろうから私は自分が楽しむことだけに集中しておけばいいだろう――というか、そうしかできないというところで。
「ただいま!」
家事をし終えたらゆっくりお昼寝をするという繰り返しで十分だ――という風に無理やり言い聞かせているだけだった。
自分中心で回っていないからこうなって当然だけど、なんか望んだことがなにもかも叶わなくて少しだけ悲しくなる。
好きな人が好きな人と過ごしていることを考えると苦しくなるし……。
「って、別に朔くんをそういうつもりで好きじゃないし」
でもなあ、鷲見くんとか海ちゃんを見ていると羨ましくなるんだよなあ。
無理だとは分かっていてもどうしても期待してしまうんだよなあと。
まあ言わなければ迷惑もかけないから抱えていようと決めたのだった。
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