05話.[思わないからさ]

「ただいま」

「おかえり!」


 三日ぶりに顔が見られてついテンションが上がってしまった。

 いやでもね、妹を放って外で過ごしているというのもどうかと思うけどね。


「朔から聞いていたけどまた住み始めたんだね」

「うん、だからまた迷惑をかけちゃうけどよろしく――」

「ごめん、もしかしたらここから出ていくかもしれない」


 えぇ、なんでそんな話になっているのか。

 いやまあ自由だけどさ、稼ぎとかだってあるわけなんだし。


「もしかしてこの前の女の人関係で?」

「うん、一緒に住まないかって言ってくれているんだ」


 それで住もうと決めてしまえるあたりがすごいな。

 余程、その人との相性がいいのかもしれない。


「でも、いまの朔なら大丈夫だよね?」

「だけどここに来ている理由は智くんとも過ごすためだし……」

「ごめん、いつまでも菜月を優先できるわけじゃないんだよ」


 そうだよな、じゃあ出ていくことになったら行ってらっしゃいと言えるようにいまから練習しておこうと思う。

 いやあ、実家から出ていったときなんかも悲しかったのにここからすらもいなくなるなんて思わなかったけど。

 十九時頃に朔くんも帰ってきて三人で作っておいたご飯を食べた。

 私も手伝ったと言っただけで味が濃いと言い出した朔くんには苦笑しかできなかった。


「智、決めたのか?」

「うん、さっき菜月に話したらね」

「そうか、まあそっちでも頑張れよ」


 おぅ、余計なことを言ってしまったのかもしれないと後悔した。

 後悔したからお風呂に入ってくると言ってリビングから逃げる。

 出ていくと決めたらすぐだろうからこの家も余計に広く感じてしまうことだろう。

 朔くんは帰宅時間が遅いからひとり寂しい時間も増えると。


「菜月、二度と会えないとかってわけじゃないから我慢してよ」

「うん、大丈夫だよ」

「朔に冷たくするなっていっぱい言っておいたからさ」

「うん、ありがとう」


 嫌だなあ、明日にでも帰ってこなくなりそうで。

 とりあえずふたりも入りたいだろうからすぐに出て部屋に逃げ込んだ。

 それで二十二時頃に出てきたら朔くんがのんびりしていたからがばりと抱きつく。


「他県に行くんじゃねえんだ、大袈裟すぎだろ」

「だって……」


 遠い存在になってしまうということなんだし。

 朔くんだって本当は寂しいはずなんだ、それなら素直になった方がいい。


「コーヒーでも飲むか?」

「飲む、ブラックで」

「無理すんな」


 この苦い思いは苦さですっきりさせないと駄目なんだ。

 お湯の準備ができたら砂糖を入れさせないためにも自分で用意をする。


「うぇ……」

「だから言っただろうが」

「だ、大丈夫だから」


 ちびちび味わうと涙が出てくるから一気に飲んで歯磨きをしに移動した。

 戻ってきたら朔くんに相談、今日はひとりでいたくないから仕方がない。


「なんでこの歳にもなって妹と寝なけりゃいけないんだよ」

「今日だけでいいから……」

「じゃあ先に寝ていろ、俺はまだ起きておくから」

「やだっ」

「はぁ、分かったから、歯を磨いてくるから先に行ってろ」


 よし、これで徹夜することにはならなさそうだ。

 ベッドに転んでいたら朔くんが来て横に転んだ。

 反対を向いてしまったからこちらはその背中に抱きつく。

 特になにも言ってこなかったから朝までこのままでいさせてもらうことに。


「そんなに寂しいのか?」

「当たり前だよ、だって智くんも家族なんだよ?」

「じゃあ止めればいいんじゃないのか」

「言ったって止まらないよ、家族と気になる異性だったらそっちを選ぶでしょ」


 私を優先できないとまで言ってくれたんだから言う方が馬鹿というもの。

 無駄に傷つくぐらいなら諦めてこうして一緒にいて安心できる人に張り付いていた方が得というものだろう。


「ならそういう風に片付けてさっさと寝ろ」

「……このままでもいい?」

「いいから寝ろ、明日も学校だろ」


 私は確かに智くんも必要としていた。

 でもそれは自分が快適に過ごすために利用しようとしていただけなのかもしれない。

 それならいまここで解放してあげなくちゃ。

 今度こそその女の人がいい人であることを願う。

 ……また恋愛関連のことで悲しい思いを味わってほしくなかった。

 ああ、あれだけお世話になっておきながら願うことしかできないのがもどかしいところだ。

 ただ、自分が動けばきっと悪い方向にしか力が働かないだろうからこれでいい。

 なにか困ったら年上である朔くんを頼るだろうし、私よりも何倍も力になれる人だから。


「智くん……」


 と、片付けようとしても駄目だった。


「起きろ」

「うん……」


 だから結局朝まで寝ることができなくて眠たいまま学校に行くことになった。

 それでもお礼は言っておく、多分朔くんがいてくれなければ顔面が水浸しになっていた。


「飲め」

「ありがと……」


 そういうのもあって温かい飲み物というのはよくしみた。

 いつまでもこんな態度でいたところで変わらないんだから顔を洗ってリセットをする。


「おはよう、菜月」

「智くんおはよっ」


 大丈夫、子どもじゃないんだからちゃんと片付けるさ。

 と言うより、そうしないと苦しくなるだけだから駄目だった。




 やべーよやべーよと慌てつつ走っていた。

 いやでもまさか教室で友達があんなことをしているとは思わないからさ。

 委員会の仕事から戻ってきたら教室で言ってしまえば盛っていたんだから慌てて突入して荷物を持って出てきてしまった。


「古館さんっ」

「えっ、あ、鷲見くんか、よかった……」


 ふぅ、疲れていたのもあるから足を止める。

 鷲見くんはあくまでもいつも通りの柔らかさのまま「どうしたの?」と聞いてきてくれた。

 私があまりにも急いでいたから慌てて追ってきたらしいことも。


「ちょっと信じられないことが起きてさ」

「そうなの? あ、じゃあ止めない方がよかったかな?」

「ううん、それは大丈夫だよ」


 鷲見くんも一緒に行動した仲間だ、……あの中では一緒にいられた時間が一番低くてもね。


「急用じゃないならちょっと聞いてほしいことがあるんだけど」

「うん、いいよ」

「じゃあちょっとファミレスに行こうよ」


 まだまだ朔くんは帰宅しないからそれも了承して移動を開始する。

 改めてこう言うということはなにか大切なことなんだろう。

 学校で言ってこなかったのも誰かに聞いてほしくなかったから、かもしれない。


「えっと高木さんのことなんだけどさ」

「うん、海ちゃんのことね」

「実はさ、一緒に行動していたときに優しくしてくれてさ」


 ああ、つまり気になってしまったと。

 異性が優しくしてくれたら揺れちゃうからおかしくはない。

 しかも修学のためとはいえ旅行なんだから色々な意味でドキドキもするし。


「肥田くんの気持ちが分かったよ」

「あー」

「勘違いかもしれないと思って終わってからも普通に話してたんだけどさ、やっぱりそのように見てしまって駄目なんだ」

「悪いことじゃないでしょ? 人を好きになれるっていいことだと思うよ」


 相手が嫌そうにしていたら折れなければならないけど、なにもしていない内に必要以上に悪く考えて近づくのをやめてしまうのはもったいないから。


「古館さんさえよければ協力してくれないかな?」

「私がっ? できることなんてなにもないけど……」


 兄すら引き止められないような人間だし。

 多分あれは頼りすぎた結果なんだと思う。

 もっとも、普段から全く頼らないで自分のことは全部自分でやっていたとしてもいずれはああして離れることになっていたんだろうけど。


「無理なら無理でいいんだけど、高木さんも古館さんがいてくれれば落ち着くだろうから」

「えっと、鷲見くんとは普通に話せるんだよね?」

「うん、それは多分大丈夫だと思う、あのときは廿楽さんはトイレでいなかったから」


 ……廿楽さんねえ。

 まあ自由だからいいけど、するならどっちかの家でしてほしいね。

 肥田くんも切り替える速度が尋常じゃない。

 一緒にいても変わる可能性が低い、ないとすぐに判断できたのはいいだろうけども。


「役立たずとか言わないなら少しぐらいは……」

「言わないよそんなことはっ」

「じゃあ、高木さんと話すぐらいなら私でもできるからさ」


 ひとりでいることよりも寂しさを感じなくて済む。

 ごちゃごちゃにしているぐらいなら誰かのために動けた方がいい。


「いまから誘ってみようか」 

「え」


 口実が欲しかったから丁度いい。

 これは単なる口約束だから動けてないと冷たい声音で吐かれるかもしれないからね。


「あ、来てくれるって」

「も、申し訳ないからそれなら僕らが行こうよ」

「分かった、お会計を済ませてくるから先に出てて」

「え、僕が――」

「いいからいいから」


 多分、彼女の家から近い公園に行ってもらうことにした。

 外に出たらどこか緊張気味な彼と一緒にそこへ向かう。


「あ、菜月さんっ」

「来てくれてありがとう」

「ううん、特に用事もなかったから大丈夫だよ――って、鷲見君といたんだね」

「うん、実は鷲見くんが海ちゃんに会いたがっていたからさ」

「鷲見君が? そうなんだ」


 特に嫌悪感は伝わってこない。

 ただ、鷲見くんの方がたじたじになってしまって、どうするべきか。


「鷲見君、今日はどうして私と会いたかったの?」

「……実はあの日から高木さんのことが気になっているんだっ」


 おお、やっぱりこういうところは男の子って感じがする。

 私じゃ結局のところ会わせるだけで精一杯だからその判断は正しい。


「えっ、あ、あの日って修学旅行……だよね?」

「うん、ふたりきりでちょっと話せてからかな」

「わ、私なんかじゃ……」

「僕も勘違いとかそういうのだと思った、だけど帰ってきてからも変わらなかったんだ」


 先程みたいに「嫌なら嫌と言ってほしい」と真っ直ぐに要求していた。

 それならもう言わないからと、それでもあくまで友達ではいてほしいと。


「えっと……」

「とりあえず一緒に過ごしてみたらどうかな?」

「あ、菜月さんの言う通りだね、そうしないと分からないよね」


 そういうつもりでということで彼女はこの話を終わらせた。

 鷲見くんはそれで満足したのか今日のところはと帰っていった。

 呼び出したのはこちらだから彼女を送っていくことに。


「まさかこうなるとは……」

「ふとしたときに魅力的に見えるときはあるよ」


 そういうのに人間というのは弱いんだ。

 それまで全く意識していなくても一気に持っていかれるぐらいで。


「私なんて体調が微妙でほとんど迷惑しかかけてなかったのに」

「私は迷惑とか思っていないから、それは廿楽さんや鷲見くんだってそうだと思うよ」


 それなりの微妙さはあるものの、肥田くんのためにも動けてよかったんじゃないだろうか。

 狙ったわけじゃないけどね、気づいたら廿楽さんと仲良くなっているんだから怖いね。


「あ、ここだから」

「そっか。今日は来てくれてありがとね、それじゃあね」


 もう暗いからさっさと帰ろう。

 本人に直接ぶつけられたということはこちらを頼ってくることはもうないだろうし、とにかくただただ毎日一生懸命に生きようと決めた。

 頭の中をごちゃごちゃにしたところでいいことなんてなにもないからね。




「今日までありがとう」

「おう、風邪を引くなよ」


 ついにこのときがきてしまった。

 智くんはこちらを見ると「菜月も風邪を引かないようにね」とだけ言って歩いていった。

 十二月手前のそんな頃、まだ空が明るい時間に智くんは……。


「はぁ、またかよ」

「……部屋で寝てくる」


 出ていくことを聞いてから意外にも家に帰り続けてくれたことが良くも悪くも影響している。

 あれならいっそのことその日か翌日に出ていってくれた方がマシだった。

 その間は特別優しかったというわけではないものの、あくまで普通の智くんだったから。


「菜月、入るぞ」

「んー……」


 いまさっき起きたばかりだからどちらにしても寝られないから来ても構わない。


「いちいち泣くなよ、智が行ってからにしたからその点はいいが」

「……だって寂しいんだもん」


 こっちに近づいて来たと思ったら「俺は離れないから不安になるな」と頭を撫でながら言ってくれた。


「ほんと……?」

「ああ、絶対に破らない」


 わっ、普段なんて鉄仮面なのに珍しく笑おうともしてくれていると。


「だから、さっき起きたばかりなのに寝ようとするな」

「うん、分かった」


 少し元気も出たから掃除でもしようと思う。

 せっかくのお休みなんだから寝て終わらせてしまうのはもったいないということで。


「今日は焼き肉でも食いに行くか」

「え、それなら智くんが出ていく前にすればよかったのに」

「うるさい、智がほとんど家にいなかったから行けなかったんだよ。それに俺は仕事があるし、智だってバイトに入らなければならなかったんだからな。そもそも、遅い時間に女を出歩かせるわけにはいかねえだろ」

「一応、考えてくれているんだ?」

「当たり前だ、両親から預かっている形になるんだからな」


 こういうところが好きだった。

 冷たかった一年間も完全にそればかりではなかったから。

 確かにその内にはなにかがあった、のだと思いたい。


「なんかひとり減っただけで広く感じるな」

「これならお父さんとお母さんが住んでも全く問題ないよね」

「ま、誘うつもりはないけどな、目の前でいちゃいちゃされても嫌だし」


 それにあっちの家は両親が購入した家だから離れることもできないしね。

 そう考えるとすごいな、土地や建物代とかを考えると凄くお金もかかっているだろうし。

 そのうえで三人も育ててくれていると、私が同じようにできるとはとてもじゃないけど思えなかった。

 そもそもの話として、私と結婚してくれるような人がいないんだから意味もない想像だけど。


「菜月」

「なに――あのときもこうしてくれたけどこれはどういう意味でなの?」

「小さい頃の癖が残っているんだ」


 小さい頃は両親も朔くんも智くんもよく抱きしめてくれた――と言うよりも私が甘えるためにすぐにくっついていたから朔くんにそういう癖はないはずで。


「分かった、本当は寂しかったんでしょ?」

「……数日とはいえ家族のひとりと会えなくなったり、家に帰ればいつでも会えていたひとりと会えなくなったらそりゃあな」

「おお、私のときも一応寂しがってくれたんだ」


 あ、調子に乗ったらやめられてしまった。

 こういうはそろそろ直さないと今後困ることになりそうだ。


「そういえばあいつとはどうなってんだ? なんだってけ、あ、肥田って奴」

「違う女の子にもう変えたよ」

「は? 切り替え早すぎだろ……」

「朔くん達がいるから無理だって」

「なんで俺らがいると無理なんだ?」


 細かいことにはノーコメントで。

 とりあえず一箇所だけではなくどんどんと掃除をしていく。

 朔くんが常日頃から綺麗にしてくれているものの、甘えてばかりでもいられないから。

 それにこれからはふたりでの生活になるから、智くんがこれまでしてくれていたこともやらなければならないわけで。


「それに修学旅行で同じ班だった子ともうキスをしていたしね」

「す、凄えな、そのふたりは仲良かったのか?」

「さあ? 私からしたら修学旅行をきっかけに関わるようになったようにしか見えなかったよ」


 そのしているところに遠慮なく突入して荷物を取ってきたから次に会ったときが気まずい。

 まあ恋愛に関しては自由だからそこは構わない。

 断っておきながらなんで――と感じてしまう自分はいるけど、そこは片付けられる。

 でも、やっぱりああいうことをするなら家とかでするべきだと思う。

 見せつけることで快感を得ているということなら、いやそれでも駄目だなやっぱり。


「よし、これぐらいかな」

「あ、手伝ってやればよかったな」

「いいよ、普段してくれていたのは朔くんと智くんなんだし、私でも役に立ちたいんだよ」


 少し気持ちがすっきりした。

 寝ないで頑張ってよかったなと思えたのだった。

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