04話.[変わらなかった]

 それからは特に変わらなかった。

 廿楽さん達と集まっても文句を言ったりはしなかった。

 もう言ったところで意味のない話だったから。

 三日目はみんなで行動をして帰るだけだったから特に問題も起こらなくて。


「もう着いちゃったか」

「早かったね」

「そだね」


 最後まで廿楽さんとはよく話せたけど、この先もそうだとは限らない。


「ありがと、楽しかったよ」

「私もだよ」


 集合してある程度の話を聞いたら解散となった。

 こういうときでも歩いて帰れる距離というのはいいなあ。


「古館さん待って」

「ん? あ、高木さん」


 高木さんが本当はお喋りをいっぱいしたいということも知れて嬉しかった。

 話を聞いているだけでも楽しかったし、本当に一緒の班になれてよかったと思う。


「ありがとね、乗り物に乗っているときとかお世話になったから」

「いいよ、あれぐらいしかできなくて逆にごめん」

「あ、謝らなくていいよっ、それじゃあまた来週にねっ」

「うん、またね」


 鷲見くんはと探した結果、なんか女の人といたからやめておいた。

 それならと肥田くんを探したものの、見つかることはなく。

 留まっていても仕方がないからと駅をあとにして夜道を歩いていく。

 正直に言おう、荷物は重いし、暗闇が怖いし、歩ける距離でも遠いからしんどい。


「あ、菜月っ」

「と、智くんっ? どうしてこんなところで……」

「迎えに行こうと思ったんだけど少し遅れちゃってね」


 よくすれ違わなかったなあというのが正直な感想。

 智くんはこちらに近づいてくると「荷物持つよ」と言ってくれた。

 全部持たせるのは違うから無理やり突っ込んだおみやげだけ持ってもらう。


「丁度いいや、このまま朔くん達のお家に行くね」

「え? うん、それはいいけど」


 あまりにゆっくりしすぎると帰りたくなくなるから気をつけようと考えていた自分。

 だけどこれも同じだった、ここに入ってしまった時点で終わりだったのだ。

 それに智くんが横にいてくれようと暗闇は怖いから明日の朝に出たいという気持ちがある。


「おい、そんなところで転ぶな」

「いいじゃんかよー、可愛い妹が帰ってきたんだぞー」

「智、こいつを部屋まで運んでやれ」

「分かった」


 あー残念、朔くんが運んでくれるんじゃないんだ。

 行く前なんか抱きしめてくれたりもしたのにあくまで普通で納得いかない。


「あれ、智くんからなんか女の人の匂いがする」

「さっきまで一緒にいたからね」

「もしかしてまた付き合い始めたの?」

「まだそういうのじゃないよ、この先は分からないけど」


 へえ、まあそこは自由だからいいか。

 ベッドまで運んでもらって布団もかけてもらったらもうやばかった。

 ここまでしてもらっておいて寝ないなんて逆に失礼ではないだろうか?


「入るぞ」

「結局来るんだ」

「うるさい」


 なんだかんだ言って妹のことが好きなお兄ちゃんとか可愛いな。

 つまり朔くんはツンデレだ、こんなことは言わないけども。


「楽しめたのか?」

「うん、班の子達が優しい子達でさ」

「ふっ、よかったな」

「おみやげを買ってきているから食べてね」

「おう」


 意外にも出ていこうとはしなかった。

 違う方向を見て座っているだけ。

 なんで転んでいるのに見えるのかは簡単、朔くんは扉の前に座っているから。


「なにか用でもあるの?」

「帰らなくていいのか?」

「あ、朔くん的には嫌かもしれないけど……もう出たくないんだ」

「そうか、じゃあ風呂に入ってからにしろ」

「あ、そうだね、行ってくる」


 洗面所に行って脱いでいる間、いまさら驚いていた。

 当たり前のように女の人といて、この先は分からないけどと言えてしまえるような存在と出会えてしまう智くんがすごい。


「ふぅ――って、温かいな」


 わざわざ私のために溜めてくれた……わけがないよね。

 でも、そういう風に考えておけばなんだか心がほわほわとしてくるものだ。

 ふたりとも優しくて好きだ、だからこそ冷たくされると胸が痛くなるわけだけど。


「ふぃ~……い? 智くんは?」

「さっき呼ばれて出てったよ」


 そうか、迎えに来てくれたこととかのお礼を言おうと思ったんだけどな。


「ねえ朔くん」

「なんだ?」

「もし私がここに住みたいって言ったらどうする?」


 自分も似たようなことをしようとしている。

 両親とも過ごしたいけどやっぱりふたりとも一緒にいたいんだ。


「俺が戻ってこいって言ったんだ、そんなの受け入れるだけだろ」

「ここに来たらまた冷たくなっちゃうの?」

「それはない、だっていま普通に対応しているだろ」


 いや、それとこれとは別だろう。

 けど、それを口にすることはしないでかわりにそっかと言っておいた。


「拭けてねえ、拭いてやるからちょっと待ってろ」

「うん」


 すぐにタオルを持ってくると丁寧に拭き始めてくれる朔くん。

 これだよこれ、こうして優しくしてくれるから実の兄に対してさあ。


「さっき肥田って奴が来た」

「え、そうなのっ?」

「なんか謝っておいてくれって言われたな」


 ああ、まあでもああ答えるしかなかったのだ。

 その気がないのに受け入れることなんてできない。


「告白されたんだって?」

「好きって言ったらどうするって言われただけだけど」

「告白じゃねえか」


 そう……だよね。

 違う子と仲良くした方が絶対にいい。

 それこそ廿楽さんとか高木さんとかね、魅力的なんだから楽しい時間を過ごせるはずで。

 珍しくはっきり言えてよかったと考えて片付けておいた。




「おい起きろ」

「んー……さむっ!?」


 おいおい、寝ている娘の部屋に入ってくるのは例え兄でもいいのか分からないぞ。

 とにかく布団を無理やり剥がれてしまったから大人しくベッドから下りる。


「買い物に行くから手伝え」

「はーい」


 智くんはどうやらまた出ていったのか家にはいなかった。

 それにしても意外だな、こういうお手伝いとかだってやらせてくれなかったのに。


「後で実家に行くぞ」

「あ、それで私を置いていくって?」

「違う、母さん達だって菜月に会いたいだろ」


 おお、なんか朔くんが兄らしいことを言っているぞ。

 そういえば昨日は連絡もしていなかったから帰った方がいいな。


「これぐらいだな」

「じゃ、私はこのまま実家に――え? どうしたの?」

「実家に行くぞって言っただろ」

「あ、じゃあ行こっか」


 季節的にそう急ぐ必要もない。

 でも、持って移動は面倒くさかったみたいで一旦家に戻ることになった。


「智くんはまだ帰ってきていないの?」

「なんか忙しいみたいでな」


 忙しいなら仕方がないか。

 その中で迎えに来てくれたのは普通に嬉しかったな。

 というか、私は智くんにお世話になりすぎだ。

 朔くんが冷たく接してくるからと何度も甘えてしまった。


「行くぞ」

「あ、うん」


 買ってきていたやつもちゃんと忘れずに持っていく。

 母は特に食べることが好きだからきっと喜んでくれるはず。


「って、そうか、普通に働いている時間か」

「あれ、そういえば朔くんはお仕事ないの?」

「今日はな」


 中に入っても誰もいない。

 何度も行き来するときっと忘れるから書き置きと共に残して外に出る。


「お腹空いた」

「飲食店とかには行かないぞ」

「じゃあ朔くんが作って」

「手伝え、そうしたら食わせてやる」


 じゃあ手伝わせてもらおう。

 少しは私も役に立てるということを知ってもらいたい。

 今回の件で分かったんだ、自信を持って行動しなければ駄目なんだと。


「危ないだろ」

「ま、まあまあ、見ててよ」


 急かされると実力を出すこともできなくなる。

 メンタルが強くない子なら言われた途端に駄目になるのは確実だ。


「ふぅ、切るんじゃないかって心配になったわ、火傷とかもしそうだしな」

「そこまで子どもじゃないよ」

「まあいい、できたわけだから食うぞ」


 ふっふっふ、今日のは完全に私が作ったわけだ。

 きっと数秒後には「美味いな」と言ってくれるはず。


「んー、味が濃い」

「えぇ……」


 が、そこで素直に褒めないのが朔くんという生き物で。

 食べてみてもそこまで味が濃い感じはしなかったんだけど……。

 まああれか、そこは好みの問題ということで片付けるしかない。


「ごちそうさま」

「あっ、洗い物もやるからっ」

「いい、結局俺はなにもしてないからな」


 じゃあ早く食べてしまわないと。

 味は普通に美味しかったからすぐに食べ終えた。


「お願いします」

「おう」


 さてと、まだお昼前だから少しゆっくりしようか。

 さっきちょっと歩いたのと、昨日とかの疲れがまだ残っているから。


「床に転ぶなよ」

「……家なんだからいいでしょー」


 実家ぐらい大きな家だからリビングも大きくて寝転びたくなるんだ。

 しかもここはカーペットが敷かれている場所、それも間違いではない。


「あっちに送り返すぞ」

「やだー」

「はぁ……」


 いや待て、いつまでもこの優しさでいてくれるわけじゃない。

 それはもうすごい速さでちゃんと座ったね。

 ついでに正座もして冷たい顔の朔くんににこりと微笑む。


「ふたりと過ごしたいからまた住もうかな」

「別にそれでいいが」


 じゃあまた荷物を持ってこなければならないのか。

 それなら少し休憩をしてから実家に向こうことにしよう。

 朔くんは食後のコーヒーを飲んでテレビを見ていた。

 私は壁に背を預けてお昼寝、ぐーと休んで時間経過を待つ。


「荷物を取りに行ってくるね」

「俺も行く」


 荷物を持ってくれるみたいだったから頼ることにした。

 いやほら、せっかく朔くんから言ってきてくれているんだから受け入れておけばいい。


「忘れ物はないか? 何度も来るのは嫌だぞ」

「ないよ、あ」

「なんだ?」

「どうしてそんなに優しくしてくれるようになったの?」

「どうでもいいだろ、戻るぞ」


 智くんもそうだけど肝心なことにはなんにも答えてくれない。

 智くんと違って無理やり笑みを浮かべないところはまだいいんだけど。


「行っている間に会いたくなったから帰ったその日に会えてよかった」

「おう」


 もう少しぐらいなにかを言ってくれてもいいのに。

 普段はこんな感じなのにときどき優しくしてくれちゃうのなんなの?

 妹だろうがなんだろうが、その差にやられてしまうこともあるわけで。


「お疲れ様」

「おう」


 とにかくまた冷たくされないよう謙虚に過ごそうと決めた。

 お手伝いとかも頑張ってやろう。




「帰ってこないなあ」


 金曜の夜からずっと智くんの顔を見られていない。

 朔くんはお仕事で家を出てしまっているからひとりで寂しい。


「肥田くんは大丈夫なのかな」


 あれから連絡も一切こなくなってしまっている。

 廿楽さん高木さん鷲見くんもそう、まあこちらは違和感もないけど。


「わっ、あ、肥田くんからだ」


 暇だというメッセージが送られてきて笑った。

 こちらも同じ、これまで誰かと一緒にいたから差に驚く。

 外でも屋内でも廿楽さん達といたわけなんだから。


「よし、誘ってみよう」


 別に友達を誘うぐらい恥ずかしいわけではない。

 少しだけ微妙なままで終わっている状態だからそれをなんとかしたいのもある。


「行ってくるか」


 あくまでローテーションで着ている服で外へ。

 お金も持ってきた、余った分は今日の夕方に直接返しに行くつもりだ。


「菜月」

「あれ、ここまで来てくれたんだ、ありがと」

「暇で仕方がなくてさ」


 暇なのと寂しいのとで矛盾しているけど忙しかった。


「悪かったな」

「謝らなくていいよ」


 好意を向けられるというのは普通に嬉しい。

 これまで散々魅力がないことを思い知らされてきていたから。

 それに修学旅行後もこうして一緒にいられることが嬉しかった。


「ゲームセンターにでも行かないか?」

「お、じゃあレースゲームで戦おうよ」

「え、あ、俺あんまりやったことがないんだよな……」

「大丈夫大丈夫、やってみたら凄く楽しいからっ」


 よし、どうせ遊ぶならぱーっと遊ばないとね。

 旅行先で一緒に行動していたのもあって緊張とかもしなかった。

 まあそれは彼が合わせてくれているからなのかもしれないけど、なんか兄達といるのと変わらないというか、うん、そんな感じで。


「勝負だよっ」

「て、手加減してくれよ?」


 楽しい、先程まであった寂しさなんてどこかにいってしまっていた。

 極端にしかやれないから手加減は結局しなかった。

 男の子はこういうことをされると嫌だろうから。


「あぁ……」

「あはは……今度は肥田くんがしたいやつをしようよ」

「じゃあUFOキャッチャーかな」


 おぅ、それはまたなんともお金のかかる趣味だ。

 私はこれ系で獲得できた試しがないから見ているだけに専念する。


「あ、可愛い」

「ん? それが欲しいのか?」

「え、あ、いや、可愛いと思っただけだよ」

「ちょっとやってみるか」

「え、あー……」


 違うんだ肥田くん、そういうつもりで言ったわけじゃなかったんだ。

 そして得意そうな彼でも一回で獲得するのは不可能だった。

 それだというのにまた百円を投入し始めてあわわとし始める。

 私が口にしたばっかりに彼の百円がぁ……。


「よっしゃっ」

「え?」


 ざわざわとした店内でも大きいと感じるぐらいの声が聞こえてきたと思ったら「はい、やるよ」と渡してきてくれた。


「あ、じゃあかかったお金を払う――」

「いい、次を見に行こうぜ」

「あ、ありがとう」


 よ、よし、次からは余計なことを言うのはやめよう。

 私は彼の精霊とかそういう存在、無駄に口出しはしないのだ。

 彼は気に入った筐体を見つける度に気軽に百円玉を投入していた。

 今度も同じ意味であわわとこちらが慌ててしまう。

 だってもう利用金額が千円を超えているんだよ?

 昔家族で来たときなんかにもコインゲームで粘って遊ぶことしかしなかったから五百円とかすら使ったことがないのに。


「そういえば兄さんに会ったけど、昔と雰囲気が変わったな」

「あ、それは智くんの方をイメージしていたからじゃない?」

「いや、間違いなく朔さんの方だぞ」


 彼はどうしてそれを知っているのだろうか?

 見て知っていたと言っていたけど、名前まで把握は無理だと思うけど……。


「ちょいちょい、どうしてお兄ちゃん達の名前を知っているんだい?」

「智さんの同級生に聞いたんだ」

「それなら私に聞けばいいのに」

「まあ簡単に近づけるわけじゃない」


 いや、智くんの同級生の人に聞けるなら余裕だろうよ。

 私なんて普通の一般ピーポーなんだからさ。

 魅力とかはともかくとして、誰かから求められているというわけでもないしさ。

 地味すぎるというわけでもないから話しかけていたら揶揄される、なんてこともなかったわけなんだ。


「朔さんのことが好きなんだろ?」

「だからいまは違うからね? あ、いやまあ、絶対にないけど求められたら受け入れるかな」

「そうなると勝てねえなあ」


 大丈夫、朔くんに限ってそれはないから。

 もしそういうつもりで接してきたら熱がないか慌てて確認するよ。

 だってあのふたりは本当にモテるから。

 わざわざ妹なんて狙う必要もない、勝手に女の人が近づいてきてくれるレベルだ。


「菜月、友達のままではいてくれよ」

「え、諦めるってこと?」

「だって勝てねえよ」


 えぇ、諦められちゃったよ。

 その前に振り向かせるとかじゃないんだ。

 なんて、私が同じ立場ならそうしていただろうからそっかで片付けた。


「廿楽がさ話しかけてきたんだよな」

「うん」


 なるほど、まあ彼的にはいいことだとしか言えない。

 なんにも得がない私とだらだら過ごすことよりも廿楽さんと過ごした方がいいだろう。

 悲しくはないからその後も楽しんだ――つもりでいた。

 断っておきながらあれだけどやっぱり複雑じゃんか。


「楽しかったぜ」

「うん、こっちも」

「でも、これ以上は使えないから帰るわ」

「そうだね」


 とはいえ、自宅近くまでは一緒に歩いた。

 その間も普通にお喋りをして二日目みたいな微妙な雰囲気にはならなくて。


「じゃあな」

「うん、ばいばい」


 よかったのだと考えておこう。

 廿楽さんはいい子だからきっと楽しいはずだ。

 私は朔くんや智くんと仲良く過ごせばいい。

 いまはそれだけで十分だった。

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