03話.[決めているんだ]
おお、他県というだけで少し気分が上がるものだ。
今日はみんなで行動することになっているから付いていくだけでも新鮮で。
寧ろなにも考えなくて済むからというのもある、集中しなければもったいない。
あ、ちなみにあのことは肥田くんに連絡しておいた。
スマホ使用は極力禁止となっているからちょっとの時間でこそこそとね。
「なんか新鮮だよね」
「うん、きらきら輝いているように見える」
「はは、菜月って乙女だね」
「一応女ですから」
この子、
あとは鷲見くんだったり高木さんともね。
そうだよね、歩み寄ろうとしなければ仲良くなんてできないよね。
でも、こうして仲良くしてしまうと自分だけ別行動をするのは申し訳ないと。
「バスに乗るもの久しぶり」
「なかなか乗る機会ないよね」
学校まではあの距離だし、お店だって歩けばすぐのところに大きいのがある。
映画館、カラオケ店、ゲームセンター、ボウリング場。
なにもかもが揃っているからわざわざ他市や他県に行く必要もない。
「というかさ、今日は髪を結ってるんだね」
「うん、たまにこうして結ぶことに決めているんだ」
「なるほど、肥田に見てもらいたいからか」
え、違う……。
別に異性に可愛いと言ってもらいたくてしているわけではない。
魅力がないことは朔くんに冷たくされたときに散々分かったからこれはあくまで邪魔にならないようにしているだけ。
まあ、そこまで髪が長いわけじゃないからそこまで新鮮さもないと思う。
不意に髪型を変えて男の子をドキッとさせられるような人間ではなかった。
「古館さんはリーダーに向いてるよ」
「え、なんで?」
「うーん、僕らが困っていたときに『どこに行きたい?』って聞いてくれたでしょ? 簡単にできるようでそうではないからさ」
違うから、あれは気まずかったから仕方がなく口にしただけ。
というか地味に会話をするのが大変だ、だってふたりは後ろに座っているから。
ひとつ気になるのは乗り物に乗る度に高木さんの顔色が悪くなることだろうか?
「大丈夫?」
「うん……」
「背中を擦ってあげようか?」
「じゃあお願い……」
乗り物酔いをする人は実際にいるわけだからな。
こちらが会話をしている間にも気持ち悪さと戦っているのだとしたらなにかしてあげたい。
ただ、今日は乗ったり降りたりの連続だから大変そうだ。
「無理そうなら言ってね、矢崎先生に言うから」
「大丈夫……古館さんが触れてくれているから少し落ち着いてきた」
「そっか、じゃあ続けさせてもらうね」
降りたら多少は顔色がよくなってくれるのが幸いだった。
そんなことを繰り返している間にちょっと自惚れてしまう自分がいた。
誰かの役に立てていることが嬉しい、この調子でいれば誰かが求めてくれるようになるんじゃないかとすぐにね。
そういうためにしているのはあるのかもしれないけど、本当に心配でしていることだから微塵も表に出さないように注意をした。
「菜月、今度は私がするよ」
「ごめん……みんなに迷惑をかけるね」
「別にいいよ、せっかく一緒の班になれたんだからね」
鷲見くんの横でも緊張はしなかった。
いや本当にみんないい子だ、それでもあまりうるさくならないようにお喋りをする。
観光も大切だけど一緒に来たのならいっぱいお喋りがしたい。
高木さんともいっぱい喋りたいな、夜になれば治るかな?
というか、
「肥田くんに連絡しちゃったけどこのメンバーで見て回りたいな」
これ、わざわざ別行動なんてしたくない。
三人だけが仲良くしているところを見たくない。
三日目に差を見せつけられたくはなかった。
「無理しなくていいんだよ?」
「いや、いま廿楽さんが言ってくれたみたいにせっかく一緒の班になれたんだからさ」
こう言ってはなんだけど肥田くんにその気があれば修学旅行後でも話せる。
だけど今回もし別行動をしたらこの三人とはもう話せないかもしれないのだ。
「じゃあ肥田に予定を聞いて偶然というか会えるようにすればいいでしょ?」
「いやだから、合わせてもらうのは申し訳ないし……」
「いいんだよ、どうせなにも決まっていないんだからそういうきっかけがほしいんだよ」
「僕もそれでいいよ、それにこのメンバーで見て回りたいって言ってくれたの嬉しいから」
「私もそれで……というか、それがいいかな」
なんでこんないい子達が誰にも声をかけられなかったのだろうかと疑問に感じた。
怖いな、下手をすれば三年間一度も話さないまま終わっていたかもしれないなんて。
このよさに気づけないままぼけっと過ごして、就職活動をして、そして無事に内定を貰えたら社会人になっていたとということを考えると少し寂しいなと。
「ありがとう」
「そんなのいいよ、菜月は大袈裟だなあ」
いや言いたくもなるよ。
だって気まずい思いを多く味わうことになるって予想していたから。
それがどうだ、ただ話せているというだけでこんなにも楽しい。
それに帰ったときに朔くん達に堂々と楽しかったと言えるのは大きい。
だから、こんなのはお礼が言いたくなって当然だった。
「温泉温泉~」
すごいな、そこそこ人数がいるのに温泉を利用できるなんて。
兄達が行った場所は部屋で各自お風呂に入ってリーダー以外は寝るだけだったから余計に。
だって他のお客さんだっているわけなんだよ? すごいよね。
「あ、古館」
「肥田くん」
明日のことを説明しておく。
少し残念そうではあったものの、彼の方も行くところが決まっているのか仕方がないと片付けてくれた。
これはもう我慢してもらうしかないんだ、だってみんなと行きたくなったから。
それに合わせるつもりでいるんだから完全に会えないというわけではないしね。
「明日の朝は一緒に行動して、ある程度のところで別れるでいいよね?」
「おう、ちょっとでもいられればそれでいいよ」
「分かった、じゃあお風呂に入ってくるね」
ちょっと恥ずかしいけど脱いで突入した私。
「うぇ」
「あ、菜月やっと来たんだ」
おいおいおい、これは誰だ? いや、廿楽さんに決まっている。
問題なのはその体の方だ、どうして私と違ってこんなに発育がいいのか。
「ちょ、まじまじ見すぎ」
「あっ、洗ってくるね」
「うん、私は入ってるから」
そうだよな、そこまで立派なら堂々と歩けるよな。
こっちなんか貧相な体を頼りないタオルで隠して移動しなければならないのに。
ただまあ、つけてはいけないから浴槽では無理だったけど。
「あれ、高木さんは?」
「もう出たよ、どうせなら入っていけばよかったのにね」
恥ずかしかったのだろうか?
でも、もう体調は大丈夫そうだからこの後はゆっくり話をするつもりでいる。
「んー」
「ん? きゃっ!?」
「菜月は肌が綺麗だね~」
「ちょっ、やめてよ~」
そこまで時間は設けられていないから出て部屋へ。
「おかえり」
「「ただいま」」
少しだけ残念な点は鷲見くんとは別々の部屋だということだ。
私達は別に問題がなかったのに矢崎先生が別にしてしまった。
「明日は最初こそ合わせるけど、複数個見て回ったらこっちで自由行動しようね」
「全部合わせればいいじゃん」
「いや、そういう約束にしてきたから」
勘違いしないでほしいのは肥田くんを特別視しているわけではないということ。
相手が誘ってきてくれたから少しは合わせようとした、というだけ。
「廿楽さんや高木さんの行きたいところに行くから考えておいてね」
「や、考えてって言われても場所知らないし」
「じゃあ、いまから探すとか?」
「面倒くさいよ、もう適当に気に入ったところに入ればいいでしょ」
「うん、私もそれでいいと思う」
鷲見くんが考えてきてくれたりしないだろうか?
……って、当たり前のように人任せになっているところが私の悪いところだ。
とはいえ、いまから必死に調べて当日寝不足に、なんてなりたくないし。
「よし、じゃあ気になったところにどんどん行こうね」
「うん、それでいい」
「頑張って付いていくよ」
こうなると困るのはどうするかだ。
まだ就寝までには時間がある。
「菜月、
「お、いいね」
「あ、ちょっと気になっていたから私も行く」
というわけで一階まで下りてきた。
特に広いというわけではないものの、確かにそこには珍しいものなどが売っていた。
「お、古館達も来たのか」
「よっすー」
「こ、こんばんは」
……何気に会うんだよなあ、もうこれは作戦のように感じて仕方がなくなってくる。
もしかしたら廿楽さんに頼んで情報の共有を?
だって敢えてこのタイミングで会うって不自然だもんね……。
「あ、この子達が班の子だよ」
「知ってるぞ?」
「あと鷲見くんって男の子もいるから」
「知ってるぞ?」
やっぱりそうだ、これは情報の共有がなされている。
まあ不都合なことは別にないけど、勘違いされるようなことにはなってほしくなかった。
それによく聞くじゃん、修学旅行とかで仲良くなった男女は~って。
だから結局のところは意味のないことなんだ――って、彼は別にそういうのじゃないか。
ただおみやげを見るというだけでも楽しい時間を過ごせたものの、先生達が来たことにより部屋に戻ることになった。
生徒に騒がれたりしたらクレームが入れられてしまうからだろう。
「菜月、やっぱりふたりで見て回ったら?」
「私達はそういうのじゃないから、だってこの前初めて話したんだよ?」
「え、それなのに肥田は誘ったんだ、勇気があるんだね」
「私だったら気になっていても誘えないから肥田君はすごいね」
私も同じだよ高木さん。
普通は誘えないでしょ、それまで話したことがないなら余計に。
仮にある程度の仲であっても迷惑かもしれないとか、恥ずかしいとか、そういう感情が邪魔をして上手くはいかないはずなんだ。
そういうのもあって冷たくはできないというか、合わせてあげたいという気持ちがあった。
でも、みんなとも見て回りたいから完全にふたりでの行動は避けたい。
連絡した後だから悪いけど、そのときになったら変わる、なんてこともあるだろうからね。
どうしてこうなった。
私達は寒い外で突っ立つことになってしまった。
「なんかふたりにされたみたいだな」
「うん」
見て回りたいって言ったのに。
しかも廿楽さんと高木さんだけにではなく彼の班の子達にも協力プレイをされてしまった。
「ま、留まっていてももったいないから見に行くか」
「そうだね、おみやげとかも買いたいし」
こうなってしまったものは仕方がない。
あと、彼もこうして行動できているわけだから満足してくれるだろう。
そして今日、多分彼は私のことを知ることになって離れていく。
廿楽さん達ともそうだ、多分だけど今後も関わる、なんてことはないだろうな。
「古館は来たことあるのか?」
「ないかな、あんまり旅行ってしたことがないんだよね」
小学生時代に修学旅行で行ったのは東京だった。
さすがに驚いたね、だって大きい建物がいっぱいあるんだもん。
自分がまだまだ小さい頃だったから余計にそう見えた。
「お、ちょっと入ってみようぜ」
「うん」
やっぱりそうだ、自由だからこそ分かる。
どこを見ても飽きないんだ、別になんてことはないお店がいっぱいあるというだけなのに。
単純と言われてしまえばそれまでだけど、こうしてわくわくできるのはいいことだろう。
「へえ、やっぱりあっちとは違うよな」
「そうだね、こんなお店ばかりないからね」
ただ、兄や両親にいつでも会えないというのは少し寂しいところかもしれない。
たった約三日の間離れるというだけなのに大袈裟なという感じだけど。
「……菜月」
「うん?」
「って、呼んでいいか?」
「うん、どうぞ」
自分の名前は気に入っているからどんどんと呼んでくれて構わなかった。
乱暴な子とかではないから普通に仲良くできたらいいと考えているし。
名前呼びを許可することで少しでも最悪なことに繋がる可能性が下がるならね。
「もう十一月だから今日食べ物系を買っても問題ないよな?」
「そうだね、というか今日買っておかないと明日は寄れないからね」
夕方までに戻ればいいからいますぐ買う必要はないかもしれない。
けど、後で買っておけばよかったって後悔しなくて済むようにどんどんと買っていくことに。
……三万円なんて持っているとついつい調子に乗ってしまうな。
「わっ、っと、危なかった」
「気をつけろよ」
浮かれているとついつい意識が色々なところに流れて駄目になる。
いま転んでいたらぐしゃりとなっていたからよかった。
「手、繋がないか?」
「え」
え、さすがにそれは……どうなんだろうか?
私達はやっと友達になったぐらいなだけ。
なるべく応えてあげたいけどこれは違う気がする。
「ごめん」
「そうか……」
思わせぶりなことがしたいわけじゃないんだ。
私が彼を振り向かせようとしているのならともかくとして、実際はそうではないんだから線はしっかり引かなければならない。
なんでも受け入れれば相手のためになるというわけでもないのだから。
幸い、気まずくなるようなことはなかった。
その後もゆっくり歩いて過ごした。
つまり移動距離は公共交通機関を利用していないから狭かったわけだけど、それでも私的には大満足な時間を過ごせたと思う。
「腹減ったからなんか食べるか」
「肥田くんが食べたいものが食べれるところに行こう」
特にないからとか可愛げがないことは言わない。
さっきので引っかかっているから多少は合わせようと行動しているのもある。
「お好み焼きでも食べるか?」
「お、いいね」
焼きそばもたこ焼きもお好み焼きもなんでも好きだ。
敢えて外でお好み焼きを食べるということはあまりないので、少し新鮮でもあった。
「わっ、大きいね」
「はは、だな」
両親が作ってくれるものやお祭り会場で売っているものと違って丸くて大きかった。
あと、目の前で豪快に焼いてくれるから退屈にもならないよさがある。
「「いただきます」」
美味しい、しか出てこないのが残念なところではあった。
もっと具体的にどこがどう美味しいのか言えたらいいんだけど。
「ふぅ、ちょっと食べ過ぎたな……」
「だな、俺でも普通に多いと感じたぐらいだし……」
なんとなくではなく、お腹がいっぱいだからとベンチに座ったのが間違いだった。
こうなるともう動きたくはない。
お昼で暖かくて食後でとなったらそれはもう決まってしまうこと。
「まだ時間もあるからゆっくりするか」
「うん……」
こうなってしまったらもうね、終わりだね。
間違いなく長時間だらだらとしてしまって、急いで集合場所に向かうことになる。
さっきまで寒かったはずなのになんだろうねえ、この暖かさは。
「今日はありがとな、一緒に行動できてよかった」
「いや、私がそうやって連絡したんだからさ」
「俺、菜月のこと中学の頃から知ってたんだよ」
「そうなのっ? じゃあ、話しかけてきてくれたらよかったのに」
「だって菜月は部活が終わったらすぐに帰るし、休日は兄さん達といただろ?」
え、怖い怖い怖い、なんかばれてる。
まだ住めていない頃だったから休日は毎回のように会いに行っていた。
あ、それで朔くんは嫌いになったのかもしれないといまさらながらに気づく。
「それに兄さんのことが好きなんだろ?」
「昔は、だけどね」
「って、本当に好きだったのかよ」
それは仕方がない、だって冷たいところもあるけど格好良くて優しくてって感じだったし。
智くんにはその頃彼女さんがいたから「じゃあ朔くんの彼女になる!」とか言ったっけ。
ああ、きっとそれもだ、自分に原因しかなかったんだ。
気づけて嬉しいような嬉しくないようなという感じだった。
「菜月、俺が好きだって言ったらどうする?」
「え、そんなのまだ答えられないよ、話し始めたばかりなんだし」
もう二年生と言う人もいるかもしれないけど私的にはまだ二年生だ。
まだまだ時間はある、もうちょっと過ごしてからでもいいと思うけど。
でも、彼的にはそうではないみたいでもう一度聞いてきた。
だから私も現時点では無理だとはっきり言っておいたのだった。
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