02話.[離れていくから]
「さ、草むしりをするわよっ」
「おー」
やるからには一生懸命にやる。
だらだらとやっても自分が苦しくなるだけだから。
寒いし、できるだけ早く終わらせて暖かい中に戻って温かい飲み物でも飲みたい。
「でも、よかったの? 智達と一緒にいたいんじゃなかったの?」
「なんか申し訳無さしか出てこなくてね、いや、気づくのが遅かったんだけど」
母が普段から綺麗にしてくれているからなのかあまり生えていなかった。
それでも少ないからと適当にやっていたら駄目だ。
寧ろ少ないからこそ丁寧に少しずつやっていく必要がある。
……智くん達は元気にしているだろうか?
あれからは連絡すらないけど、もしかして朔くんに禁止にされているのかな?
優しくされたらすぐに勘違いして歓迎してくれていると考えてしまう自分。
朔くんからすればかなり厄介な存在だということは分かる。
「お母さんはお父さんと仲良くできてた?」
「それはもう毎日がラブラブだね」
「ははは、それならよかった」
ああ、だけどもう終わってしまった。
もう少しぐらいあってくれればゆっくり会話もできたのに。
「寒いから戻ろうっ」
「うん」
家の中はとにかく屋外よりも暖かった。
躊躇なくエアコンを点けて、暖めている間に温かいお湯を用意して。
「はい、紅茶」
「ありがとう」
でも、いいのかな、たった十分ぐらい抜いていただけだけど。
「菜月、なにか悩みでもあるの?」
「え? ないない、あるなら自分からお母さんに言っているよ」
抱え込めるほどの強さはないから余計に。
朔くんのこと以外では変なことも起きていないから一切問題ない、あ。
「あのね、修学旅行二日目に自由行動ができるときがあるんだけどさ」
「うん、私のときもあったよ?」
「そのときにね、別のクラスの男の子が一緒に見て回らないかって誘ってくれたんだ」
「え」
そう、え、ってなるのが普通だろう。
というか一度も話したことのない相手をそのときに誘うなんて勇気がありすぎる。
私だったら仮に誰かと行きたいのだとしても言えずにあっという間に終わり、となっているところだった。
「その子とは話したことがあるの?」
「ううん、なんか雰囲気がいいから一緒にいたいんだって」
「つまり、菜月のことが気に入っていると?」
「うーん、多分だけどそうなんじゃないかな」
だけど大丈夫だ、どうせ終わって帰ってきたら興味もなくなっているから。
そもそもの話として、まだ見て回れることが決まったわけではない。
向こうは向こうで班を作る以上、行き先を考える以上、その可能性は限りなく低い。
「ということは、やっと恋人ができる可能性大?」
「ないよ、どうせすぐに離れていくから」
血の繋がった兄にだって嫌われているんだから。
片方からは優しくしてもらえているとかそういうのは関係ない。
智くんがどれだけ柔らかい態度でいてくれようが朔くんがあれなのは変わらないから。
「菜月は恋人が欲しくないの?」
「興味はあるよ? だけど、興味を抱いたところでどうにもならないのが現実でしょ?」
意味のないことだから強制的に話を終わらせる。
大丈夫、あのふたりが魅力的な女の子と付き合って結婚して子どもを見せてくれるさ。
私はぼうっとしながらゆっくり生きていくよ、大学に行くつもりもないからゆっくりね。
「お、誰か来た」
「出てくるよ」
「いやっ、ここは大人である私に任せなさいっ」
別にいいのに、いまはまだ朝なんだから怪しい人も来ないでしょ。
で、母が連れてきたのはなんと、
「ちっ、ここにいたのかよ」
不機嫌状態の朔くんだった。
さすがにこれは理不尽すぎて納得がいかない。
そりゃ家なんだからいるでしょうよ、寧ろそっちがいきなりやって来てなんだよと。
「来い」
「え、お母さんじゃなくて?」
「母さんに言うなら直接言うだろ、早くしろ」
二度と顔を見せるなよと言ったのはあなたなんですが……。
自分から行く分にはその限りではないと言いたいのだろうか?
もしそうならかなり勝手で、かなり寂しいことになるけど。
……昔は朔くんのことが本当に好きだったのになあ。
それこそ恋人になってほしいぐらいな感じだった。
昔から冷たかったけど、いまほどではなかったからときどき見せてくれる優しさに弱かった形になる。
「……菜月」
「え、あ、菜月だけど」
お前としか呼ばれてなかったからこれには驚いた。
「……悪かったよ」
「え、智くんが呼んでくれているとかじゃなくてそれが言いたかったの?」
「逃げるまでしなくてもいいだろっ」
「だって、朔くんからしたら迷惑な存在みたいだったわけだし……」
朔くんが足を止めたからこちらも止める。
謝罪などができなくなったら人として終わりだなんだと考えた自分。
でも、朔くんの場合はしてくれない方がいいなとしか思えなかった。
「戻ってこい」
「いやいいよ、どうせまた冷たくするでしょ?」
「し……ない」
「はい嘘、いいからふたりで暮らしなよ」
修学旅行前に無駄に傷つきたくないんだ。
自分を守るためにも必要なことだから邪魔をしてほしくはなかった。
修学旅行の班が決まった。
ただ、大半は友達同士で組んでいるから余った私達は、ふふ、って感じだった。
決まったとなると当然話し合うのは二日目の自由行動のときのルートなどだ。
が、どこにも呼んでもらえなかった私達だからなんにも出てこない。
「ど、どこか行きたいところとかないかな?」
「「「……特に」」」
おぇ、無理だって、私が中心人物みたいにするのはさ。
もう黙っていようと決めたら担任の先生がやって来てくれた。
事情を説明すると少し困っていたようだった。
そうだよな、有無を言わせない感じの人がいてくれないとこういうときは辛い。
あ、そうだと思いだして一応聞いてみた結果、たまたま遭遇するならともかく最初からそういうつもりで行動するのは駄目だと言われてしまった。
そりゃそうだ、駄目に決まっている。
そしてこんな私達なんだから偶然遭遇するなんてことはありえない。
「もう古館さんが行きたいところでいいよ、付いていくから」
えぇ、なんかそういうことになっちゃっているしっ。
じゃあそれで肥田くん達に合わせようかとまで考えてそれじゃ駄目だろと切り捨てた。
「矢崎先生、どうしたらいいですかね?」
「困りましたね……」
うぅ、迷惑をかけて申し訳ない。
けど、実際のところは私達みたいな人間が必ず複数いる。
みんながみんな誰かとわいわい過ごせるわけではないのだ。
意見を言えるわけでもないし、基本的に受け身でいることしかできない。
教師達からしたら迷惑な存在だろうけど、こればかりは仕方がない。
結局、なんにも変わらなかった。
矢崎先生的には自由行動なんだから班のメンバー同士で話し合って決めてほしかったんだ。
だけどもう口を開きはしなかったし、違うところを見ていたぐらいだし。
「はぁ……」
まだ矢崎先生が決めてくれた方がよかったな。
というか、こっちに来る? とかすら言われないって……。
「古館、班は決まったか?」
「うん、決まったけどどこに行くかとか全く決まらなかったよ」
偶然でなければ駄目だということも彼に説明しておく。
彼は残念そうな顔にはならないで少し希望が見えたような顔になっていた。
それから「じゃあ合わせてくれよ」と言ってきたけど、私情でみんなを振り回したくない。
後で文句を言われても嫌だったから、責任を取らなくていい立場で居続けたい。
「肥田くんと同じクラスだったら一緒に行動できたのにね」
「あ、諦めるなよ……」
「そう言われても自分の都合でみんなにも付いてきてもらうのは違うから」
肥田くんはよくても相手のメンバーがいい顔をしない。
あとは単純に私が複数の人といるのが嫌なんだ。
慣れている相手ならともかくとして、全く知らない人とは一緒にいたくない。
「じゃあ……せめて連絡先だけでも交換してくれよ」
「うん、それはいいよ」
「連絡するから相手をしてくれよな」
「気づいたら必ず返すから」
当日は最高に気まずくなりそうだから連絡してきてくれるとありがたい。
あとは家族のためにお土産が買えるといいな。
迷惑をかけちゃったから智くんと朔くんには特に。
「登録したよ」
「ありがとな」
おぉ、家族以外で初めての男の子の連絡先だ。
いまはアプリだからIDになるけど、なんかちょっと嬉しい。
「肥田くんはたくさんの女の子と交換していそうだね」
「見るか? ほら」
「え、あれ、私だけ?」
「ああ、家族とすら交換してないぞ、全く会話がなくてさ」
いやそうじゃなくて異性の友達とかいないのだろうか?
もしいないのであればよく私に話しかけてこられたな、としか言いようがない。
「あ、私の気を引くために消したんでしょ」
「そんなことをしたら嫌われるだろ、誰からも求められないならこんなものだ」
た、確かに、私だってだからこそ家族以外の情報を知らなかったわけだし。
それに登録していたのにそのために消したのだとしたら嫌われるのも確か。
「自意識過剰でごめん……」
「謝らなくていい」
駄目だな、朔くんと普通に話せたことで調子に乗っているところがある。
できる限り嫌われないためにも謙虚でいなければならない。
「私もこんな感じだから――いたっ!? な、なにっ?」
別に見たいなら普通に渡すんだからちゃんと言ってほしい。
恥ずかしいようなことはなにもないんだから隠す必要もないしね。
「このふたりのは?」
「どっちも私のお兄ちゃんだよ」
「そうか、悪かった」
ふぅ、手が握りつぶされるかと思った。
念の為にスマホも確認してみたけど特に問題もなかったから鞄にしまう。
「どんな人達なんだ?」
「片方は格好良くて、片方は優しくて柔らかい感じかな」
「なんか最強だな」
「うん、いいバランスなんだよ」
ただ、智くんだけ負担が大きいような気がする。
私のフォローとか朔くんに注意をしたりとかするのは基本的に智くんだし。
「今度会わせてくれ」
「じゃあ修学旅行が終わってからでもいい?」
「ああ、それでいい」
よし、彼を口実に堂々と会いに行ってやるぜっ。
また冷たい顔で見られたとしても今度は耐えられる自信があった。
「あれ、ない……」
修学旅行当日。
朝起きてからずっと探しているのに目的の物が見つからない。
こうなったら実家にはないからと荷物を持って外に出た。
あ、もちろん両親にしっかり挨拶をしてからではあるけれど。
「はい、って、なんで来たんだ?」
「あ、ちょっと入ってもいい?」
今日は無事に入れてくれたから探し始める。
いまさらではあるものの、朔くんに貰ったシャーペンを忘れてしまっていたのだ。
賃貸なのに部屋数が多くて自分の部屋があった、確認してみたらちゃんとそこにあった。
「そんな物を取りに来たのかよ」
「だって大切だから」
朔くんが唯一考えて買ってくれた物だから失くしたくない。
そういう意味では家に置いておくのが一番なのかもしれないけど、これを持っておけば旅行先で寂しい思いを味わわなくて済むんじゃないかって思うから。
「菜月」
「ん? ……え?」
え、なんで私は抱きしめられているんだろう。
あと、どうして今日は智くんがまだ起きていないんだろう。
いつもより早い時間なのは確かだけど、どちらかと言えば智くんの方が先に起きるのに。
「楽しんでこい」
「あ、ありがと」
「じゃあな」
家を出た後も混乱しすぎて真っ直ぐ前に進むことも難しかった。
一気に優しくなったのは智くんに怒られたからなのかもしれないけど、だからって抱きしめてくるようになるとは思えない。
「おはよう」
「あ、おはよ」
だから肥田くんが声をかけてくれたときはかなり落ち着けた。
急いで行く必要もないから彼とゆっくり歩いていくことに。
「それはシャーペンか?」
「うん、お兄ちゃんに貰った大切なシャーペンなんだ」
……いままで忘れていたのはなかったことにしてもらいたい。
いやもう本当に怖いね、下手をすればこれがないまま他県に行くところだった。
そうでなくても班のメンバーはあんな感じで上手く楽しめない感がMAXなんだからこういうパワーが必要だった、あ、自分もこんな感じだから人のことは言えないけど。
「古館、俺はまだ諦めてないからな」
「そう言ってくれるのは嬉しいけど……」
予定を教えてくれと言われてしまい困った。
だって結局なにも決まっていなかったからだ。
多分、当日は適当に歩いて気になったところに寄るだけだと思う。
それかもしくは空気に耐えられなくて集合場所へ先に、なんてことにもなるかも。
「ま、会えたら会おう」
「うん」
集合場所でもある程度の間は彼と話をしていた。
いやあ、こうして普通に話せる相手がいるというだけで幸せだ。
同じクラスだったらよかったのに、なんて贅沢は言わない。
生徒がいっぱい来始めたらクラスのところに行く。
あとは新幹線とバスを利用して現地まで行くだけ。
「古館さん」
「あ、おはよう」
「うん、おはよう。あ、それで話があるんだけどさ」
聞いてみたら二日目は気になったところに寄ろうという想像通りのものだった。
もちろんそれでいいから頷く、班なんだからちゃんと一緒に行動しないとね。
「さっき見ていて気になったんだけど、古館さんは違うクラスの肥田君と見て回りたいの?」
「うーん、肥田くんが一緒に見て回りたいって言ってくれている感じかな」
「それなら一緒に行動してもいいよ?」
「いや、さすがにそんな空気が読めないことはできないよ」
「でも、どうせなら楽しんでほしいから。僕らは適当に見て回るからさ」
え、いや、待って、向こうだって普通に班があるんだって。
もちろん今日のためにどのように見て回るかだって決めているだろうし……。
というか連絡をくれたら反応する的なことを言ったけど、スマホを使用するのはできるだけやめてほしいという決まりになっているから難しいし。
今日の夕方になればホテルに行った際に話せるかもしれないけどとごちゃごちゃ考えている内に話が終わってホームに行くことになった。
ちょっとだけ待ったら私達が乗る予定らしい新幹線がやってきて順番に乗り込む。
座席に座れたときは少し落ち着けた、荷物はそこそこ重かったから余計に。
私達はともかくとして、好きなメンバーで班を組んでいるから周りは賑やかになっていく。
でも、せっかく窓際になれたんだからと外を見つめつつ過ごすのも悪くはない。
「やば」
「どうしたの?」
「あー、なんか爪が割れちゃって」
「それはよくないね」
とはいえ、綺麗にできるような道具も持っていないと。
貸してもらえるような友達がいるわけでもない。
「カットバン……じゃ駄目だよね」
「気にしなくていいよ」
ごめん、役に立てなくて。
そうか、そういう物も持ってくればよかったか。
もう無難に過ごすことしか考えていなかったから駄目だった。
今度からは気をつけようにも次がなければ意味もない。
私達はあくまで余った者同士でくっついているだけ。
これが終われば関わらないようになってそれぞれ過ごしていくだけだろう。
変なトラブルに巻き込まれるぐらいならその方がいいけど、少し寂しいね。
「そうだ、飴舐める?」
「え、く、くれるの?」
「うん、あげるよ」
「じゃ、じゃあ」
お、おお、なんか飴ちゃんを貰ってしまった。
しかも優しいミルク味、なんかいいなあこういうの。
残念ながらこちらはお菓子なんて持ってきていないからあれだけど……。
「菜月はさ、肥田と見て回りたいんでしょ?」
「いや、それはあくまで偶然会えたらの話で……」
それにいきなり名前を呼び捨てにってすごいな。
「別にいいじゃん、どうせなら一緒に見てきなよ」
「み、みんなは?」
「私は適当にふたりと見ておくから」
さっきの男の子も、新幹線が動き始めてから少し辛そうな顔をしている女の子も。
こちらを見て頷いてくれてしまった。
こ、これじゃあ行かなければならないじゃないかと内は少し忙しかった。
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