55作品目

Rinora

01話.[そうはならない]

「あっつ……」

「馬鹿か、だから無理するなって言っただろうが」

「だって、少しは役に立ちたかったんだもん」

「もういいからあっちに行っておけ、役立たずが」


 兄から役立たずと言われて戻ることになった。

 なんだいなんだい、相変わらず口が悪いんだからと複雑な気持ちに。

 妹がたまにはって動こうとしてあげているのにこれなんだから困ってしまう。


菜月なつき、どうしたの?」

「うわーんっ、ともくん助けてーっ」


 こちらも私の兄で大学生だ。

 あっちは朔也さくやという名前で社会人となっている。

 朔くんが契約してくれているお家にふたりで住ませてもらっている形だ。

 と言うよりは、ふたりが住んでいたお家に無理やり私が住み込んだ感じかな。

 だって離れるのは寂しかったから仕方がない。

 お父さんはお母さんが大好きだし、お母さんもお父さんが大好きで一番に優先するから家にいてもなんとなく寂しさがあったから、ね。


「おい智、あんまりそいつを甘やかすなよ」

「朔也は厳しくしすぎだよ、せっかく菜月が来てくれたのに」

「俺はそんなやつを呼んでいないからな、いますぐにでも帰ってほしいぐらいだ」


 でも、なんか自宅にいたときよりも冷たくなっていて驚いたんだ。

 いきなりだったからそれに怒っているのかと思いきや、もう約二年も過ごしているのにまだまだこの状態ということになっている。

 つまり、朔くんは私のことが嫌いなんだろう。

 まあそれでもいい、智くんさえいてくれれば大抵はなんとかなるから。

 寂しい気持ちだって抱かずに済むからね。


「それより菜月、もう行かないと遅れちゃうよ?」

「うん、行ってきます」

「は? 飯は食わねえのか?」

「……いい、食欲もないし」


 だからなるべく一緒にいないようにしている。

 先程手伝おうとしたのは智くんにお弁当を作ってあげたかったからだ。

 まあ結果は駄目だったけど、いつかは作って渡したいと思う。


「寒い……」


 迷惑をかけないためにもお昼ご飯を作ってもらったりはしない。

 朝も食べない、夜ご飯はさすがに食べさせてもらわなければ死んじゃうから許してほしい。

 学校では常にひとりだ、これは決して私だけの問題じゃないはずで。

 なんというかクラス全体が暗いのだ、他人と盛り上がろうとしないのだ。

 普通だったら賑やかなところを見て羨ましがるところだけど、みんなそれぞれのことに集中しているから教室にだっていたくなかった。

 なんのために通っているのかって疑問に思うときはある。

 でも、そんなの自分が今後困らないようにするためだってすぐに答えは出る。

 誰のためでもない、全ては自分のために最低限のことをしておく必要があるのだ。


「はぁ……」


 なんであんなに上手くいかないんだろうか。

 どうして朔くんは実家に居た頃から私に対してだけ厳しいのか。

 わがままを言って困らせてしまったことはあったものの、小さい頃なんてそんなものではないだろうか?

 って、こういう風に仕方がないことだと開き直っているから駄目なのかな……。

 あの家ですら息苦しくなるときがある。

 智くんがいないことの方が多いからひとりだし、やっとひとりじゃなくなっても朔くんとふたりきりで空気も悪いし。

 こちらを見るその目が怖いんだ、なんならゴキブリさんの方が優しく見られていそうで。


「古館さん、もう授業が始まりますよ」

「あ、はい、戻ります」


 せめてこの教室内が明るくあってくれたなら。

 いや、自分が快適に過ごせるように相手に変わってもらおうとするのは違うだろう。

 あぁ、智くんには友達がいっぱいいるからすぐに帰ってこないしなあ。

 サークルに入っているからどうにもならない。

 とはいえ、学校に遅くまで残っても特には意味はないことで。

 これだったらまだ多少遠くてもお互いを優先するだけではなく普通に相手をしてくれる実家に戻るべきだろうかと真剣に悩んだ。

 でもさ、やっぱり智くんとは一緒にいたいんだ。

 あのふたりは実家でいくら待っていたって自分から来てくれることなんてないからさ。

 どうしようと悩んでいる内にSHRが終了。

 またアホのひとつ覚えみたいに廊下に出て時間をつぶす。

 もう高校二年生で割とすぐ修学旅行がある。

 そのときにゆっくり考えよう、離れることでちょっと前に進めるはずだから。


「そうか……」


 その問題もあったといまので思い出した。

 班のメンバーってどうなるんだろう。

 自由行動は一応あるみたいだから班のメンバーとの相性次第で良くも悪くも変わってくる。

 自由行動なんてなくなってしまえばいいのに。

 名目上は学ぶために行くわけなのだからなにもかもを先生達が決めてくれればいい。

 けどそうはならない、そうはならないからこそ基本的に暗い教室内も多少は違うわけだし。

 社会人になっても小さなことでこうして引っかかって前には進めなさそうだ。

 いちいち一喜一憂をして、精神が子どものままであることを晒していくのだろう。

 そうなったときに恥をかくのは自分だ。

 いまからでも多少は態度に出さないような練習をしておきたかった。




 そういう意味でも朔くんのところにいるのは正解かもしれない。

 これは未来の上司、そう考えれば冷たいのもおかしくはないから。

 ――そう考えておかないと冷たい声音で吐かれる度に胸が痛くなるから仕方がない。


「菜月はそろそろ修学旅行だね」

「ふん、少しの間だけでも顔を見なくて済むのはいいことだな」

「朔也……あ、菜月は気にしないで楽しんできてね」


 そもそもの話、このふたりが話しているだけで終わるんだよなあと。

 私が口を挟めるのは、というか、話せるのは智くんが話しかけてきてくれたときだけ。

 そしてそれを邪魔しようとするのが朔くんだからふたりきりじゃなければ話さないようにしているというのが現状だった。

 相手を不快にさせるぐらいなら黙っていた方がいい。

 ここには食事、入浴、睡眠、その大事な行為だけを求めておけばいい。


「明日も学校だからもう寝るね」

「うん、おやすみ」


 おはようもおやすみも朔くんが言ってくれることはない。

 そりゃそうだ、だってここにはいてほしくないみたいだし。

 多分、智くんとふたりで過ごしていきたかったんだと思う。

 余計なことは言わないし、気が利くし、優しいしで不満なところがほとんどないし。

 その点私はできないことが多すぎるし、お金だって入れていないし、可愛げがないかもだし。

 駄目だ、考えれば考えるほど私がいてはいけないという気持ちにしかならない。

 しかもこの家、実家と同じぐらい広いんだ。

 それはそれだけお金を出してこだわっているということで、そこに役に立てない人間が来たらそりゃ理想ではなくなって怒りたくもなるか。

 先延ばしにしようとしていたけど受け入れられないことは明白。

 だからふたりが寝た後に荷物を持って出ていくことにした。

 お互いにとって良くないことだから仕方がない、自分を守るためにもこうするしかない。

 智くんはともかく朔くんは寝る時間が常に遅いから荷物をまとめる時間はたくさんあった。

 そして午前一時を超えた辺りでやっと二階へ上がってきてくれたから部屋に入った瞬間にこちらは逆に部屋及び家から出た。

 合鍵は今度落ち着いたら返そうと思う、修学旅行後がいいかな。

 それまではとにかく兄達とは話さずに学校生活だけに集中するだけでいい。


「ひぃ……」


 夜中ということもあって普通に怖い、寒い、いま人に会ったら軽く死ねる。

 夜中というだけじゃない、ただ単純に暗闇というだけで怖いものだ。

 だってなんか飲み込まれそうだから。

 お前の行く先には光がないと言われているような気持ちになるから。

 まあ両親の元にいれば明るい人達だから暗くなりすぎなくて済む。

 私的には智くんと両親が光だ、だからそのふたりからも愛想を尽かされたらそのときが終わりかなというところ。


「ただいま」


 両親は共働きだからこの時間にはもう寝ている。

 いまから色々と説明するのは面倒くさかったからさっさと部屋に戻って寝ることにしたら、


「だ、誰だっ」

「ひぇっ!? わ、私だよっ」


 お父さんが武器を持って部屋へと突入してきて驚いた。


「なんだ、菜月か」

「うん、こんな時間にごめん」

「いやいい、ゆっくり寝てくれ」


 こういうときに細かく聞いてこないところがお父さんの好きなところだった。

 とりあえず寝ないと寝坊して遅刻するから寝ることに集中する。

 そのおかげで七時頃ではあったものの、自力で起きることができた。

 スマホを確認してみたらたくさんのメッセージが送られてきており、謝罪のメッセージを返しておくことに。

 ひとつだけ朔くんから送られてきた内容を見てまた苦しくなったけど、まあこれで嫌な気持ちにもさせないだろうからと片付けて家を出た。


「菜月っ」

「え、なんで……」


 出た瞬間に智くんと遭遇してしまった。

 なんで、なんて反応してしまったものの、なんで来たのかなんてすぐに分かった。


「なんでじゃないよ、いきなり消えたりしたら心配になるでしょ」

「だって、朔くん的にこうした方がいいと思って」

「それだとしても夜中に出ていくとかやめてよ」

「分かったからもう帰りなよ」


 本人からはもう二度と顔を見せるなよとぴしゃりと言われてしまったわけだしね。

 次はもうないんだ、一緒に過ごせないのはもう仕方がないということで片付けよう。

 兄ふたりは他所の人間、そのように考えておけば問題もないだろう。

 や、私だって本当はこんな悪い方にばかり考えたくはないけど仕方がない。


「今日までありがと」

「菜月……」

「学校に行くね」


 せっかくそこそこ早くに自力で起きられたのに遅刻していたら馬鹿らしい。


「おはようございます」

「おはよう」


 挨拶だけはしっかりとしている。

 そうしたらほら、多少は評価が良くなったりは……しないか。

 したところで損はしないからなのと、最低限の常識でという感じかな。

 ありがとうとかごめんとかが言えなくなってしまったら人として終わりだ。

 役に立つことができなくてもせめて人として終わらないように気をつけることにしよう。




「こ、古館」

「え? あ、どうしたの?」


 クラスメイトじゃない子に話しかけられた。

 敬語を使うキャラではないからあくまで自然にを心がける。

 どちらかと言えば相手の方が少し落ち着きないみたいだし、ここで私まで慌ててしまったら余計に話しにくいだろうから。


「あ、俺は肥田航太こうたって言うんだけどさ」

「私は古館菜月、よろしくね」

「おう、それでなんだけどさ」


 なんだなんだ? 係の仕事とか以外で話しかけられることがほとんどないから困惑しかない。

 ひとつ分かっていることは敵視してきているというわけではないということ。

 だから落ち着いて吐いてくれるのを待っていればいいわけだけど、絶妙に間を作るものだからこちらとしてはそわそわしてしまうというか、うん、そんな感じだった。


「二日目に自由行動があるだろ? そのとき一緒に見て回らないか?」

「え、できるのかな? クラスも違うわけだし……」

「予定とかあるのか?」

「いや、仲のいい子はひとりもいないから」


 ただ、そうでなくても仲が良くないのにそんな空気の読めないことをしていいのだろうか?

 別にこの子と行動するのは嫌じゃない。

 けど、これから班を決めた際にどう見て回るのかを決めるだろうからそれからじゃないと判断できないと。


「班を決めたりどこに行きたいのかを決めてからじゃないと難しいね」

「……古館自体が嫌というわけではないのか?」

「え? うん、別に嫌じゃないよ? ただ、面白いこととかなにも言えないから多分つまらない人間だってすぐに分かるだろうけどね」


 なにもしてあげられないことはあの家で過ごしていただけで分かった。

 あれだけ言われればそれでも私は、とはならないだろう。

 誰だって自覚する、自分の行動を振り返る時間だけはたくさんあったからね。

 なんか安心したような顔で彼は教室から出ていった。

 すごいな、この教室は別に暗かったりしないのかな?

 それともそれぐらい私を誘いたかったということなのかな?

 ああ、修学旅行が終わったらまたひとり冷たい人が出来上がっているんだろうな。

 私に優しくしてくれるのは智くんと両親だけ。

 それだけで十分だけど、今度は無理をさせているんじゃないかと不安になってくる。

 同情してほしいわけじゃない、あくまで友達とかみたいに仲良くしたいだけで。


「授業を始めますよ」


 とりあえずはこちらに集中だ。

 そして集中していたらあっという間に授業は終わった。

 そこからは集中と休憩の繰り返しだ。


「古館」

「あ、さっきの」


 ただ、お昼休みだけはいつもとは違かった。

 こっちはご飯を持ってきていないから時間だけはたくさんある。

 だから話したいなら話し相手になるし、愚痴とかがあるのなら言ってほしかった。

 反応する方が楽だからできる限り相手の方から話を振ってきてもらいたいというもの。


「あれ、弁当はないのか?」

「うん、お昼は食べないんだ」

「そうなのか、あ、分けてやろうか?」

「いいよ、それは肥田くんのなんだから」


 乞食行為がしたくてわざとこうしているわけではないんだ。

 なるべく迷惑をかけないためにを徹底していた結果、これが普通になったというだけで。

 自分で作るからと言っても台所自体を使われることが嫌なのか朔くんから睨まれたし……。


「ここだとあれだから別のところに行こうか」

「座る場所もないか、じゃあ行くか」


 なんとなく男の子と一緒にいるということがいまさら恥ずかしくなってきたんだ。

 兄達ぐらいとしかいられなかったというのも大きい。

 先程の自分を褒めてあげたいぐらいだった、私ナイス。


「そういえばどうして私なの? 一度も話したことなかったよね?」

「古館はなんか雰囲気がいいんだよ」


 雰囲気? じゃあ中身の方を知ったら余計に駄目になるやつか。

 友達がひとりでもできれば変わってくるからどうせなら仲良くしたいんだけどな……。

 朔くん曰くダメダメ人間だからどうしようもないと。


「嫌なら嫌と言ってくれればいいからな」

「さっきも言ったけど嫌じゃないよ」

「そうか」


 あ、ちょっと嬉しそう。

 いるだけで役に立てるのなら嬉しいなあ。


「古館は進路とかもう考えているのか?」

「え? 全然だよ、普通に過ごすだけで精一杯というかさ」


 そんな先の話をされても困るって一年生のときもそう思った。

 でもさ、もう高校二年生の十一月になろうとしているところまできてしまっているんだ。

 朔くんとのことや学校生活に対する不安や不満などでごちゃごちゃになっている間にも時間は止まってくれなくて前に進んでしまっているということ。

 その間にあったチャンスなんかを無駄にしてしまったことになるし、そしてそのチャンスが再び訪れることはほとんどないというのが現実で。

 だから考え事ばかりに時間を使っているわけにはいかないと考える自分もいるのに、どうしても時間ができるとごちゃごちゃにしてしまう矛盾した自分がそこにいた。

 

「古館、古館ー?」

「あっ、どうしたの?」


 いけない、だからこういうところが問題なんだって。

 朔くんや智くんにもこれで迷惑をかけてきたから気をつけないと。

 最悪あのふたりとはいまのままでもいいけど、彼と喧嘩をしてしまったらどうなるのかは分からないから少なくとも怒らせるようなことはしたくない。


「いや、急に暗い顔で固まっちゃったからさ」

「ごめん、すぐに考え込んじゃうのが癖なんだ」

「無視されているわけじゃなくてよかったよ」

「え、なにか言ってた?」

「あ、違う、わざと聞かないようにしているとかじゃなくてよかったってことだ」


 なんだ、それならこっちもよかった。

 とまあこんな感じで、なかなか悪くない時間を過ごすことができた。

 そこからは聞くことに集中していたから聞き逃しというのもなかった。

 彼は滑舌がいいから聞き返す必要もなくて楽だったのもよかった。

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