第13章 わだつみ 3

 窓から飛びおりた二人は、城壁を回り、島の大通りをつきっていく。前方に星の数ほどの火が見えてきた。大通りを上ってくる火。

「はよう。こっち来い。大波が来るぞー」

 イロが声を張り上げて群衆を率いていた。

「イロ!」

「おお。姫さま。よくぞご無事で」

 イロは二人を目にすると道のそばへ寄って道を開ける。二人も道端に沿う。

目の前を、多くの人々が子供の手を取り、荷物を背負い、城へと大通りを登っていく。皆一様に、不安な顔をして、うつむいている。

「波が来ます。街を飲み込むほどの大波が。わしは分かるんです。今パールの街の人々を城へと移動させています」

イロがその様子を暗い顔で眺める。

「ありがとう。イロ。北の村の人たちほどうなってるの?」

「それなら大丈夫です。陛下のご指示で皆城へ集まるでしょう」

「お父様が……?」

「姫様、もう時間がありません。もうお城へ戻りましょう」

イロがシーの袖をつかんで言う。

「ごめんなさい。もう一度チャンスが欲しい。お願い、私が戻るまで、みんなのことを守ってほしいの」

シーはそっと袖をつかむシワの刻まれた手を離す。

「そうですか。お気をつけて」

イロは一瞬悲しげな表情をして、二人を送る。

「待ってますから」

「うん」

「シー、行こう」

後ろ髪を引かれる思いだったが、サンの手の温かさにまた足の力がよみがえる。

すぐに群衆の波の中へと、逆流するように突っ込んだ。

「このまま行こう」

まるで、あのスピカ号の時のように、波に相反して進んでいるにも関わらず、ものすごい勢いで駆け抜ける。

 闇の中、サンの声が力強く聞こえた。

 二人はそのまま真っ直ぐひた走る。

街の途中でやっと人混みから逃れた。と同時に足元に水がまとわりつき、海の香りが濃厚に立ち込めていた。

 そうしてパール街を過ぎ、港に着いた。足下はすっかりびしょぬれで、港一体がすでに沈みかけていた。

「カイ!」

港の防波堤の先端に、懐かしい人が立っていた。

「姫さま!」

二人はほんの一時の間抱きしめあった。シーはすぐに言う。

「カイ、あなたはディリの人々を救って。一緒に城へ逃げて」

 すると、カイは首飾りを引きちぎった。今まで黒く濁っていた海輝石が、あの時の真珠のように澄んだ光を放っている。

「姫さま、これをあなたに託します。サン、お前には姫さまを守る権利を託す」

 カイはシーに首飾りを手渡すと、神速のごとくディリの村へ走っていった。

 残されたのはシーとサンだった。

 二人は自ずと手をつなぎ、海へと一歩踏みだした。

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