第13章 わだつみ 1

 目が覚めると、そこはまた同じ場所だった。

 ずっと部屋で、島脱走の謹慎という名で監禁されている。

 頭が冴えてくると、今日も聞こえてくるあの声。スピカ号の上で聞いたように、歌っている。

 なんだか今日は、今までで一番海を近くに感じた。窓に視線をたぐると、夜空に満月がかかっている。

(ああ、そうか。今日なんだ。ついにこの日がきたんだ)

 絶望しきったシーは、ベッドに倒れこんだ。仰向けで、ぼんやりと天井をにらむ。

「あれっ、星?」

 シーは天井を見たとたん飛び起きた。

 星がある。天井に。それはリャオト家の土壁にあるような、夜に光る塗料。まるで銀河だ。

 そういえば、ここは母さまの子供部屋としても使われていた。その時ばばさまが天井に星空を作ってくれたそうだ。でも、年数が経つうちに消えいってしまった。

「どうしてこんな所に星が?」

 シーが不思議に思っていると、ふわりと甘い香りが漂ってきた。その香りにふりかえったシーは、目を大きく見開いた。

「母さま」

 そこにはシーそっくりの、青い髪と目をした女性が立っていた。シーに大きく手を広げ、にっこりと笑っている。

「シー、大きくなったわね」

「母さま!」

 シーは泣きながらマリンの胸の中に飛びついた。そして幼子のようにわんわん泣きはじめる。

「寂しかったよ。なんで母さまいなくなったの! ずっと……寂しかった」

「ごめんね、シー」

 マリンはぎゅっとシーを抱きしめる。母さまの大好きな桃色の花の香りが、シーを包みこんだ。

「会いたかった」

「私もずっとシーに会いたかったわ」

 マリンの腕の中にいると、なつかしい思い出がよみがえってきた。だんだん心の中が、あったまっていく。今までのつらい思い出も、大丈夫な気がしてきた。

 泣きじゃくるシーに、マリンは手をぱちんと鳴らした。

「そうだ。今日はシーのためにお菓子作ってきたの」

「お菓子?」

「はい座って座って」

 向かい合わせで座ると、シーはもぞもぞと身動きした。久しぶりで、ぎこちないような、恥ずかしいような気がして、新鮮な感じもする。

 マリンは紙袋に入ったものをお皿にあけた。

「フォポだ!」

 シーははしゃぐ。それは今年の祭りでお供えすることができなかった焼き菓子だった。

「よかった、シーに喜んでくれたみたいで」

 マリンは笑顔になったが、それを見てシーは悲しそうな顔をする。

「母さま、私、海に、落としちゃって」

 また泣きだしそうなシーを、ぽんとマリンはなぐさめる。

「大丈夫よ。ほら、見て、これ」

 マリンの髪には、薄桃色の貝殻がピンで留められている。

「それ……!」

「そうよ。シーのボーイフレンドからもらったものよね」

「やっ、やめてって母さま」

 シーは顔を真っ赤にした。

「がんばってね、これから」

 マリンはそう言うと、フォポをほおばるが、シーはフォポに手がでなかった。

「どうしたの? シーの大好物でしょ。そんな不安そうな顔しちゃだめ」

 マリンがシーの口の前にフォポをかかげる。

「ほら、あーん」

 仕方なく、シーは口をあけた。

 口の中に入れたとたん、甘い味が広がった。なつかしい味をよくかみしめて、飲みこむと同時に、シーはもう一つ、フォポに手をのばしていた。

 そうして次々とお菓子をほおばる姿を、マリンはほほえましそうに眺める。

「シー、希望はいつだってどこかにあるのよ。目の前になくても、諦めないで探すのよ。それが生きるってこと」

「本当に、希望はあるのかな?」

 シーは手を止めて母さまの顔を見た。

「絶対にある。それがたとえ苦しい道でも、その先に希望が待っていると思えるなら、その暗い道を進んで行かなくちゃならない。シーがみんなにその道を導くの」

 悲しそうな顔で、シーの肩までかかる髪をマリンはなでる。

「お母さまも言っていたでしょう。何かを得るには、何かを失わなければならない」

「私、不安なの。そんな勇気、ないかもしれない」

 シーは首をふるが、マリンも首をふる。

「いいえ、あなたはもっている。少し前のあなたにはなかった。でも、今のあなたにはあるわ。みんなを救う勇気が」

 それでもシーは決心がつかずにいた。マリンは最後のフォポをシーの口に入れる。その最後の味を頬にためた。

「大丈夫。シーは必死で島を救う方法を考えて、本当に旅にでて、お母さまの魂を救ってくれた。お母さま言ってたよ。自慢の孫だって」

「ばばさま、天国で元気にしてる?」

 シーが聞くと、マリンはにっこりほほえむ。

「ええ、元気だわ。優しい心で、空からシーのこと見守ってくれているわ。私も、シーをお空で見守るから。そう約束したんでしょ、お母さまと」

 うん、とシーはうなずく。

「シーならできるわ」

 そう言い残して、マリンの姿は薄れて消えていった。

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