第12章 父と王 2

王は悩んでいた。そして、苦しんでいた。

歳をとると、ふと、苦い思い出が浮かび上がってくる。

あの時、ああすればよかっただろうか、それとも……。と、今更変えることのできない後悔が思い出される。

これでいいんだ、そうずっと言い聞かせていたが、罪は一生自分につきまとった。そして呪いのように、自分が殺してしまった人たちが、枕元に夜な夜な現れる。

そう、あれはもう十年ほど昔の話、妻を失った頃の出来事だった。


娘のちいさな手を握りしめて、呆然と立っていた。

棺に妻の遺体がしまわれていく様を、色もない、音も失った世界で見ていた。

娘の体はふるふると震えていて、「お母様に花を差し出して」とカイがぎこちない笑みで伝えていたが、娘は嫌だと首をふる。

そして何度も、「おかあさまはどこ?」と父親にたずねた。

それに何も答えられなかった。ただ、その小さくてか弱い手を握りながら、この子だけは何としても守り抜こうと、固く決心した。

ついに耐えきれなくなったのか、娘は花を両手に抱えて、浜辺の方へ走っていった。

その後をカイが静かに追ってゆく。

父親はため息をついて、妻の棺へと向かっていった。土の中へ、遺体が埋められていく。

もういなくなってしまうのか、と喪失感と共に思った。

「私が死んだら、シーのことおねがいね」

床に伏せている時、彼女はそう言った。

「シー。……シー、を、見守って、あげて」

死ぬ間際にも、繰り返しそう言った。

「約束する。マリア……。愛してる」

必死に生きてくれと祈りをこめながら、自分たちの子供だけは、何としてでも守ろうと、誓った。

ついに、遺体がすべて土に埋まった。

父親はそれを確認すると、娘を追いに歩きだそうとしたが、従者にディリ族の若者が来ていると伝えられた。

それを聞いた時、胸がざわりとなったような気がした。何か悪いことが起こる前兆のように。

胸騒ぎがして、急いで城へと変えると、その若者からとんでもないことを聞かされた。

「陛下、ルラー・ガトが生きていました。しかも十数人ほど! 生き残っている人たちがいたんです! かなり困難な船旅だったようで、みな疲れ、船の状態もよくありません。我が国で保護しましょう。もう、ポセイドン前国王の時代は終わったんです。あの虐げられていた過去をようやく、日の光で照らすことができるんです。我々ディリ族とルラー・ガトが、苦しめられて、悪者にされた時代が」

若者は嬉々として語る。

王は呆然と聞いていた。視界がどんどん薄暗くなっていく。

対して若者の目の輝きは強くなっていく。

「陛下、あなたは我々ディリ族に慈悲を与え、権利も認め、我々を自由にしてくれました。あなたの功績は我々の誇りなのです。あなたは心の器が大きい方でいらっしゃる。だから、船を出してルラー・ガトを今すぐ助けてやってください。そして、本当の歴史を皆に教え、またシャルリーの人々とディリ族、ルラー・ガトとリャオト家の血を引き継いだシー姫さまで、国を治めていきましょう。昔と同じように、民族が共存する自由な国を作りましょう、陛下」

若者の話を聞きながら、王はなぜか怒りを感じていた。

「それはだめだ」

王は冷酷な声で言った。

王は知っていた。その昔、ポセイドン王がシャルリーの人々をだまして、ルラー・ガトを虐殺したことを。彼らを野蛮な民族だとして、人々に情報を植えつけたことを。そして、ルラー・ガトを絶滅させたことを。

今ではシャルリー王族の英雄として崇められるポセイドン王が、真実は罪もない人々を大量虐殺をした、最低な人物だったことを。

知っていたが、それを今更民に教えるのははばかられた。それではシャルリー王族の名が地に落ちてしまうから。それでは大切な家族が、その血を恨まれることになってしまうから、なるべく隠しておきたかった。

その罪滅ぼしとして、同じく被害を被って、まだ島に残っているディリ族には、地位を確保させ、奴隷から解放した。もういない人々に今更助けようとしても無駄だと思ったから、とにかく今いる者たちを救っていこう、笑って暮らせるように、この国をよくしていこう。

そう考えて、必死になってやってきた。

だが、それは、もう終わってしまう。

そう考えた時に、恐ろしい感情がした。だがそれ以上に、もし今正しい歴史を民に教えたら、娘はどうなるのだろう、そう考えると、心臓がむぎゅっと掴まれるような苦しみに襲われた。

兵も少数で、大船を一台所有しているだけの、王族。支配というよりは、人々の理解を得て、国を治めてきた。

もし国民が王族に反感を抱いたら、風の前のちりのようにあっという間に消えてしまうような、力しか持っていなかった。

この件を、民は許そうとはしないだろう。逆に王族を攻めて、悪意と、悪評、悪態に囲まれるだろう。

殺されるかもしれない。

自分はそれでもいいと思った。だが、それを、いわれのない愛おしい娘が受けてしまうのは許せなかった。

国がどうなってもいい、世界がどうなってもいい、ただ一人、自分の娘が安全に暮らしていければ、それで良かった。

その時、犯してはならない罪を、王はしてしまった。

驚くディリ族の若者に、王は命令した。

「全員殺せ」

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