第11章 幻の島 3

大蛇の腹の中のように、幅がひろく曲がりくねった道を進んでいくと、やがてドーム型の洞窟にでた。

ずっと暗闇を歩いていたシーたちは目を細めたが、光に慣れるとそこには、まん丸の大きな泉があった。泉がほのかに光っている。または、水自体が光を放っているような気さえした。水の光が反射して、泉を囲う白い岩に青い波を浮きだす。

「これ、海水だ」

サンが水を口にふくんで確認する。

「ってことは、海とつながってるの?」

シーも泉に近づいた。一歩近づくごとに海の力が増していくのを感じる。しかし、海の声たちは全くささやきかけてこない。

「そうだろうな」

「じゃあこれが、幻の島にあるという海の泉」

本当に着いたんだ。

信じられない思いだった。実感があまりわかない。でも、これで民を救えるというほっとする気持ちもある。

水の中をのぞきこんだヤドが驚いたように声をあげる。

「底なしだー」

「ヤド、危ないから下がれ」

カイがヤドの首をつまんで海の泉からひきはなす。

「ああ。どれだけ深いんだろう。こんなにも透きとおった水なのに、底が見えない」

サンが同調した。

シーは二人の会話が頭に入らなかった。髪飾りをぎゅっとにぎりしめる。

(わだつみさまは私の願いを聞いてくれるのかな。……もしここで失敗したら、島のみんなを守れない。私、島に戻れなくなっちゃう)

はっと気づいたときには、みんながシーを見ていた。

「シー」

サンがシーの目を見て、うなずく。

シーは髪飾りを目に焼きつけた。

(母さま、ごめんなさい。このおかげで、私は今までがんばれました。母さま、私を見守ってくれてありがとう)

真珠の一粒一粒が、母さまとの思い出の数々を思いおこしてくれる。だから宝物だった。でも大丈夫。本当の思い出は、シーの心の中に大切にしまわれている。だから大丈夫。

こぼれおちそうな涙の雫を落とすまいと、シーは前を向く。

「これを使え」と、サンが銀のナイフを手渡す。思ったよりも重たくて、シーの腕がだらんと垂れた。

みんなをほとりに残して、泉の中に入っていく。本当に底なしだ。足は地につかず、地の底の闇がもっとも強く感じられた。だが恐怖を感じる余裕もなかった。中央の、水が湧きでる場所まで目指して泳ぐ。

そこへ着くと、体がすーっと浮いた。見かけよりも水流が強い。シーは上半身のみを浮かせて水の上に立つ。

不安になって後ろをふりむきかけたが、首をふる。ただ前を向いた。

シーは水上に真珠をかざしてみた。すると、真珠の白の中から、さらにまぶしい真っ白な光があふれだした。

やることはわかっている。

シーはずっしりと重く、氷のように冷たいナイフの感触を手に感じていた。

真珠を泉の上にうかべ、銀のナイフを高々とかかげた。

鈴の音がした。

まるでいつものように真珠がこすれあうように、シーが刃をふりおとした瞬間、真珠が次々に割れていった。

シャラシャラと、源流の上で音を奏でながら、真珠に閉じこめられた光が飛びだした。それはまるで、あの夏夜の海でサンと見た、流れ星のようであった。次から次へと飛びだす、真珠のまごうことなき真の光は泉にただよう。

シーの頬に、涙が伝い落ちていった。

「シー、見ろ!」

サンが叫んだ。見ると、水面から大量の魚がうかびあがってくる。そして光をぱくぱく食い始めた。

「アクア」

シーはただその様子を見守る。

黒鱗の小さき魚は、光を一つ口に飲みこむと、泉の底に潜っていく。それは神秘的な光景だった。アクアたちは、光を食らうと、黒鱗に虹色を宿す。白亜の洞窟内が、青や白、虹色に光が散る様は、あの空の銀河とそっくりだった。

そして最後の光が、残った一匹に連れ去られていった。

静まりかえった。泉から水が湧きでる音がやけに大きく反響する。

「なあなあ、これであってるのかよ」

ヤドが声をだし、二人にしっとなだめられる。

シーはそっと胸に手を当てて、早まる動悸をおさえようとした。

数分が過ぎた。

あたりは静かなまま、シーの心臓はうるさいままだ。

何か間違えたのか。あの本の情報は嘘だったのか。わだつみさまは、現れないのではないか。  

不安ばかりが募っていった時、ふっと海の気配が現れた。

「お主の願いはなんだ」

突如、声が響いた。どんな声?

シーは勢いよくふりかえるが、どこにも、だれもいない。

「わだつみさまですか」

シーは急いでたずねる。

「うむ」

そう声がこだまする。

シーは何もない空間を見、大きく息を吸った。

「お願いがあります。私の島、シャルリー国は今、海に沈もうとしています。どうか、島の民を助けてください。島を海に沈ませることはやめてください。私たちを、助けてください」

シーは胸の前で手を組み、必死の思いで願いを言った。

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