第10章 鳥の示す旅 1

太陽が地平線の彼方から顔を出した。同時に、朝日が鳥たちに光の翼を生やす。

「じゃあ、シャルたちを追ってこのまま南へ進めばいいの?」

 甲板でシーはサンにたずねた。

シーが持っている手帳には、シャルリーの国旗が描かれていた。それは白い体に青い羽をもつ島の鳥、シャルを象徴したものだった。

「ああ、シャルは夏になる前のこの時期に、わだつみさまの島に飛んでいくんだ。俺たちはそれを追えばいい」

「その島が、あの幻の島?」

「ああ。そこまでは俺も何とかできる。後はシーの番だ」

「うん」

 シーは真っ直ぐシャルの向かう方角を見てうなずいた。

 それからシーは船の上の小屋へと移動した。サンは鳥を見張り、カイはシャルリー島から十分に距離を取るため櫂をこいでいる。

 シーの出番はまだないけれど、仕事があっても胸がざわざわして落ち着かなかった。

 手帳を取り出してパラパラとめくる。そこにはわだつみさま、幻の島について調べたことがぎっしりと書かれていた。

―幻の島は南の海のどこかに在る。

―わだつみさまはあらゆる願いを叶えるという。

―わだつみさまの願いは海輝石で叶う。海輝石は海の四宝。無垢な光を放つと言われ、その光をとりだし、海の泉に放るとわだつみさまは声のみ現る。

―海輝石の光をその身に取りこむのは小さき魚、アクア。水の化身である彼らは、光をわだつみさまの所へ届ける。

 目に文字が次々と飛びこんでくる。まるで洪水のようにあふれだしていく。

 船の揺れも何だか慣れなくて、文字を見るとさらに視界が揺れてくる。

「はあー」

 疲れたシーは床の扉に手をかけた。

 そこには保存食など日持ちする食料と水が置かれている。

「よいしょっと」

 引っ張り上げると、木の鈍い音がした。その瞬間、小屋の外から叫び声が聞こえた。

「姫さま! 勝手に食料を食べないでくださいよ! それはいざとなった時に食べるんですから。当面は毎日魚です」

「ちょっとぐらいいいじゃない。カイったらいちいちうるさいんだから」

「どうせジャムとか甘い物を食べようとしてるんでしょう。そんなぜいたくな人にはギャンユオが襲いますから!」

 カイが小屋の入り口からしかめっ面を見せる。

「はいはい。そんな言い伝え信じませんよっと」

 シーはそんなカイを無視し、物色しようと床の空間を見下ろした。すると、暗い空間で何かがごそっと動いた。

「えっ」

 シーの顔が青ざめる。

 そして、ぬっと海藻をかぶった化け物が飛びだした。

「きゃああー! 出た! ギャンユオが出たー!」

「姫さま!?」

ぎゃっと飛び上がったシーをかばうように、カイがギュンユオとおぼしき化け物に槍を向ける。

「さ、下がってください」

 こころなしか槍の先が震えている。下がれと言われても、小屋の壁にヒトデのごとくはりついているシーはじっと息をひそめる。

 ギュンユオらしき化け物は、人の形をしていて、手や足も生えている。背丈は子供のように小さい。そして、頭から髪の毛が爆発したように生える海藻、泥にまみれた体が不気味な雰囲気をかもしだしていた。

(ひぃー! ほんとにギュンユオいたー!)

シーの背筋がぶるっと震える。とにかく息を止めていた。そうすれば、ギュンユオから逃れられると何となく思ったから。

ギュンユオの瞳がぱちっと開いた。ぱちぱちと、まばたきがくりかえされる。

「カイさま!」

 そうギュンユオが幼い声を発し、カイに抱きついた。

「ぎゃあああー!!」

 カイが島一番の戦士に似つかわしくない情けない悲鳴を上げた。

「おい、どうした」

 サンが小屋の入り口に姿を現す。その背後にはスピンが船の端からのぞきこんでいる。

「サン、逃げて! ギュンユオが出たわ!」

 シーは小屋の隅に震えてうずくまる。カイはギュンユオに抱きつかれたまま、氷のように固まっていた。

「はあ?」

 サンが呆れた表情で小屋に入り、ギュンユオの頭に触れた。

「へっ?」とシー。

 すぽんと海藻の髪の毛が取れた。そして現れたのはただの髪の毛。

 スピンが口から水をギュンユオに向け発射した。そして泥が洗い流される。

「えっ?」とカイ。

 カイは再び声を発する。

「えっ。ヤド。……ヤドか?」

「うん、そうだよ、カイさま!」

 そこには幼い人間の少年がいた。確か、カイによくなついていたディリ族の子だ。

「ギュンユオがこんな船にいるわけないだろ。いるとしたら岩場だ。それにギュンユオは青い瞳をしているはず」

 サンが怯えていた二人に向けて言った後、首をかしげる。

「で、この子誰?」

「ヤド、なぜここにいるんだ?」

 カイがそれに応えるように、ヤドの肩を掴んで問う。

「カイさまがどっかいくから、俺もついていこうと思って。それに、あの女がカイさまをずっと独り占めしてるし」

 ヤドはカイの体にしがみつきながらも、シーをにらみつけた。

「ええ…。私?」

 思い当たる節がないわけでもなかった。シーは少し罪悪感を覚える。

 カイはため息をついた。

「だからって、来ちゃだめだ。もう島から大分離れた。航海なんだ。嵐に遭うことも、サメに食われることもあるかもしれない。そこらの島に降ろしていいか。後は自力で島へ帰ってくれ。お前ならできるな」

「なんでそんなこと言うんだよ。いやだ。やだ」

 ヤドは目に涙を浮かべて首をふった。

「ヤド、だめだ。うちに帰りなさい」

「うちってどこだよ! 俺の家族はいないのに。カイさまは俺の師匠なのに。」

「……大事な弟子だからそう言ってるんだ」

「やだ」

 そこへサンが割って入る。

「落ち着けよ、カイ。別に子どもが一人くらい増えたって俺は大丈夫だけど。それに船もないのに一人で帰らせるのは危険だろ」

「カイ、もう島を出ちゃったし、後戻りはできないよ」

 シーも口を挟む。

 カイが逡巡するようにうつむき、澄んだ目で見上げるヤドと視線が合った。

「うっ。……しょうがない。一緒に行くか」

「わーい!」

 ヤドは両手を上げて喜んだ。


それから、4人と1匹の船旅が始まった。


 最初は新鮮なことだらけで、戸惑いも多かった。意見がぶつかりあったし、ふざけあったし、笑いあった。そうして共に重なり合う時間を過ごすことで、だんだんと仲間の絆を深めていった。

人生で一番きらきらした時間で、まるで宝箱のような思い出。ふりかえれば、あのサンが作ったスピカ号での旅は、最高の夏だった。

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