第9章 出航 3

そうしてここにいる。たった数人だけど、島から見送ってくれた人を思うと、とても安心した。

 胸に手を当てる。やっぱりまだドキドキしてる。ふーっと海の香りを吸うと、ドキドキがまた増していくみたいだった。

「シー」

 サンの声がした。

 ふりかえると、サンがいた。真紅の髪と瞳。赤い半袖の上っ張りをはおり、黒いズボンを着ている。そして、いつものように太陽のような笑顔で立っている。

 まだ空は暗いのに、サンはいつでも輝いて見える。

「サン」

海を背にして、シーはほほえんだ。

「髪、切ったのか」

 サンは驚いた様子だ。そして笑っていう。

「にあってる。かわいいよ」

「ありがとう」

 シーは頬をそめた。サンもはずかしそうに頬をかいている。

「この場所、わかってくれたのか。よかった」

 サンがあたりを見渡す。

「もちろん。と言っても、つい最近思いだしたんだけど」

 さわさわと草波が揺れている。花々の甘い香りが漂ってくる。空を見上げると、満月の側に丘があって、その頂(いただき)に石碑が見える。母さんの墓だ。

 あの日も花の香りが浜辺を包みこんでいた。


浜辺で貝拾いをしていたシーは星を見つけた。大きな星だった。近づいてみると、男の子が倒れていた。星は男の子の腕で輝いていた。  

死んじゃったのかと思って、シーはつんつんとつついてみた。

 すると、うめき声を上げながら、男の子は起きあがった。不思議な子だった。赤い髪と、赤い瞳をした。

 シーはぱちくりとその子と目を合わせ、そしてさしだした。母親にあげる花を。

「はい、あげる」

 男の子は首をかしげて花を見た。よつんばいで、疲れた様子だった。シーを見た。おびえた目だった。シーには、その目に傷があるように見えた。でも実際にはない。

「ほしくない?」

 シーは不安になって聞いた。

「ありがとう」

 男の子はゆっくりと手を動かし、花をうけとった。渚の上にちょこんと座って、花をしげしげと眺める。

「どういたしまして」

 シーはにっこりほほえんだ。

 男の子は、驚いた顔をした。そして、みるみるうちに瞳の影が消えていき、おひさまのような炎が灯った。

 男の子は笑った。太陽のような笑顔で笑って、大きくうなずいた。

「うん!」

 それから男の子はシーを見て聞く。

「貝、好きなの?」

「うん! 好きだよ」

「じゃあ、また貝あげる。この花のおれいに」

 男の子は小さな桃色の花を一輪、大事そうに両手でもった。

「いいよ。やくそくね!」

 シーは指をかかげる。男の子は不思議そうにシーの指を見て、花を片方にもちかえ人差し指をかかげた。

二人がつないだ指のそばに、一番星がきらきらと輝いていた。


「二回とも、おんなじ場所で出会っていたなんて。おもしろい偶然よね」

 くすりとシーは笑う。

「ああ、おもしろい偶然だ。俺たち運命じゃないか。名前と同様」

 サンもにひひっと笑う。

「そうね。あの時のサンの腕輪の星だけが記憶に残っていたの。後は中々思いだせなかった」

「俺はずっと覚えていた。シーが俺の心を救ってくれたから」

「ほんとう?」

「ああ、本当だ。花、さしだしてくれたろ。ずっと海で暮らしていたから、花なんてもらったことなかった。ずっと悲しかった気持ちが救われたんだ」

「そっか。私も救われたよ、サンに。母さまにさしだせ、と言われた花なのに母さまはどこにもいなくて。だから、母さまを探しにお葬式を抜けだしたの。丘の裏、この小さな砂浜で貝を拾っていたとき、サンが現れた」

「そうそう。俺、ひどい恰好してただろ」

「うーん。お互い子供だったから、そんなこと気にしてなかったでしょ。私は母さまに渡せなかった花をかわりにサンにうけとってもらえた。それで何だか納得できたんだ」

「そうだったのか。俺は純粋に嬉しかった。花をもらって、笑顔でほほえまれたんだぜ。あの笑顔、とてもよかった」

 満足そうに言うサンに、シーはつっこむ。

「なによ、よかったって」

「同い年の子が笑顔でいるのを見て、ああ、俺もがんばろう、って思っただけだよ」

 また頬をかきながらサンは言う。

「二回目も、ここで会った。シーは変な奴に襲われていた。だから、今度は俺が助けてやる番だって思った。昔会った時、貝が好きそうだったから、あげたんだ。ピンクの貝」

「そうだったんだ。私、サンと再会した時、全く気がつかなかった」

「だよな。少しショックだった。覚えてなさそうな顔してたから。それで、シーがシャルリーのお姫様だって知った時にはもっとショックだった」

 がっくりと言うサン。しかし首を勢いよくふる。

「でも違った。シーはシーだ。昔と全然変わってない」

「そうかな。逆に全く成長できてない気がするの。サンは私よりずっと成長してる」

「俺が言いたいのはシーの根の優しさが全然変わってないな、ってことさ。あの時の俺は暗くて、目はうつろで、死にそうな顔をしていた。それからスピンと出会って、俺の兄弟になってくれて、元気に暮らすことができた。シーだっていろいろ合ったろ?」

「合ったけど、楽しいこともあったけど、だめなこともあった。……大変だった? あれからの生活」

「いいや、楽しかった。生きることに一生懸命で辛いことは忘れられた。たまに苦しいときもあったけど、スピンが助けてくれた。それから、シーの笑顔も時々思いだした」

「やめてよ。はずかしい!」

 シーはサンの背中をどんっと押す。おわっとのけぞりながら、ぎりぎりセーフといった感じでサンは波打ち際に立つ。

「この場所と、シーの笑顔は、俺の第二の生だ」

 手を広げてまでもそう主張する。シーはがっくりと大きなため息をついた。

「さて、そろそろ出航の時間だ」

 サンが星を見上げてそう言う。

「ああ、そうだった。船は? どこにあるの?」

 聞くと、サンは手をさしのべた。

「ついてきて」

 シーがその手をつかむなり、サンは走りだした。

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