第8章 ルラー・ガトの真相 3

サンはまた話しだした。

「次はリャオト家だ。一番不幸な運命をたどった女性がいる。リャオト家は海の遠い大陸から渡ってきたある一家だった。王の何世代か前にこの島に着き、ここに永住することを誓った。占いで生計を立てる彼女らは、争いごととは無縁だった。そこに、ある美しい少女がいた。綺麗な青い髪をもち、青い瞳。海のように美しい彼女は、男皆が恋をした。それが心の汚い王であろうと。その美貌に一目惚れしたポセイドンはすぐに彼女に求婚した。彼女はきっぱり断った。心に決めた相手がいるからと。横暴な王は怒った。そして手下に命じた。相手を探し、殺せと。さらには彼女を捕らえ、城に閉じこめた。聡い彼女は捕らえられる前に、逃げてとだけ知らせた。恋人の無事だけを祈って。だが、ついにばれてしまったんだ。彼女が愛している人は、ルラー・ガトの長であることに。

 そして始まったのが、ルラー・ガトの大量虐殺だった。

 ポセイドンは、ディリ族まで戦いに参加させ、ルラー・ガトを虐殺した。元々ポセイドンはルラー・ガトを忌み嫌っていた。大規模な漁をして食料を分け与えてくれるまでもなく、島を訪ねてはまた航海に立つ。冒険を求め旅立つ生き方に嫌気がさしていたんだ。大きな利益を与えてくれるわけではなかった。それもあって嫉妬という感情がもつれを生み、勝手に人の命を大量に捨てたんだ。ルラー・ガトだけでなく、戦わされた人たちまで。ルラー・ガトは黙って皆殺しにされるわけにはいかなかった。反旗を翻して立ち上がった。それに島の人間も応えた。結果、島は二分された。シャルリー王族側と、ルラー・ガト側で、二つに分裂したんだ。どちらが勝つか、負けるか。その二択しか残される道はなく。またそれは、どちらの側が、死ぬか、生きるかをかけた戦いだった。両者は一歩もゆずらず激しい戦いだった。死者も毎日でて、血は多く流れた。でも勝者は前々から決まっていた。

シャルリー側だ。島という本土をもつ方が、有利に決まっていたんだ。でも、それでもルラー・ガトは最後まで戦った。戦ったんだ。決してあきらめず、死んだ仲間を思い、今と共に生きる仲間のためを思い、死んでいったんだ。ついに、ルラー・ガトは負けた。族長、ヒサマは不幸なことに最後まで生き残った。そして仲間の海にころがる死体を見て、自ら命を絶った。彼女に別れの言葉を口にして」

 サンの赤い瞳は、雲に覆われた空によってよどんでいた。顔は遠い空を向き、今ではないどこかを見ている。カイと同じだ。みんなその過去を思いだす時、どこか遠いところを見ている。

祖父が犯した罪。シャルリー王族の罪。シーに関係ないはずがない。呪われていると感じた。   

 罪のない死を背負わされた人々の、その影が不気味に海の上に写っていた。

 シーはずっと口をつぐんだままだったが、なんとか声をだせた。

「そういうことだったの。本当は逆だったのね。歴史がまちがってた。私たちが、間違っていた」

「ああ、本当にお前は何も知らなかったんだな。今の、島に生きる人たちも何も知らない」

 ずっと信じていた歴史が、すべてちがってた。英雄だと尊敬していたおじいさまが、残虐だと蔑まれていたルラー・ガトが……。

 サンの感じる怒りはもっともだと思った。そんなことをされたら、勝手に歴史をかきかえられ、いわれのない差別をされたら、怒るに決まっている。

「だから、サンはパラリオ号で……」

「そうだ。このまま過去が偽造されたままでやってられるか、って思ったんだ。突然の思いつきだったけど、何かをしたかった。何かを変えたかった。ルラー・ガトの、誇り高き魂のために」

(そうか。あのパラリオ号の上で見た、あの激しい炎は怒りで、揺るがない姿勢は決意だった。サンは行動したんだ。たった一人で、世の中を変えようと)

 命をかけて、決死の覚悟で挑んだあの行動。成功するかもわからない賭けにでた。

 シーは今から、サンと同じことをしなければならないかもしれない。島を救うためにでる旅。成功するかは全くわからない。でも、サンのように覚悟をもって挑まなければならない。

 ようやく一つ覚悟が生まれた気がした。

「その後の結末も、不幸だったんだ」

サンがまた話しだす。

「ルラー・ガトとして偽造された歴史にその存在が人々の記憶に刻まれた。ディリ族は隷従させられ、リャオト家の娘を妻にしたシャルリー王族はもはや無敵の存在だった。だけど、そんな無敵のシャルリーでも、どうにもできないことがあった。嵐だ。自然の驚異だ。海の民の大量虐殺が終わってから、それは起こり始めた。嵐や大雨、はたまた渇水など、未曾有の災害が次々に起こり始めた。わだつみさまが怒っているとリャオト家の彼女は王に訴えた。災害でまた犠牲となる島人に涙を流して。王は信じなかった。はたから神の存在など信じていなかった。だが、そんな中自然災害による被害は多くなっていった。そして、何もせずにあの嵐が来てしまったんだ」

「シャーク……」

 シーの言葉に、サンは目でうなずく。

「ああ。国が始まって以来史上最大の嵐、シャークだ。シャークは家々をなぎ倒し、森林を破壊し、土地をえぐった。死者は島人の半数に下らないはずだった。不思議なことに、死者はゼロだった。なぜか。それは、これ以上死人をだしてしまうことに心を痛めた彼女が、わだつみに祈ったからだ。もう許してくれと。そして、彼女はわだつみの怒りの部分を埋めるために、自分の優しさをさしだした。雲は晴れた。そのときあれほど荒れていた天候はなりをひそめ、嵐は幻のように消えてしまった。残ったものは、押しつぶされた家々と壊された自然、命を救われた国の民、彼女の優しさの抜けた心だった。こうして全てがおさまった。ルラー・ガトはいまだ消息不明のまま、ディリが奴隷となり、リャオト家の彼女は半分心がもぬけで王に従順するようになった。見せかけの平和が訪れ、人々はふつうに暮らしていった。こうしてシャルリー国は変わった」

 サンはそうしめくくった。

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