第8章 ルラー・ガトの真相 2

外は闇に包まれていた。静まりかえった港の中をサンは歩く。サンの影の覆いがかけられた背中をシーは追う。外にでると、漁師たちの喧噪はあっという間に遠のいた。

 足音と、波音が重なって。ずっと先を進んでゆく。

 二つの足音は少しずつずれていった。シーが後れたからだ。足取り重く、胸が鷲掴みされた気分で、とてもついていけない。

(サンは何を話すんだろう。知りたい。でも、知りたくなんかない)

 いつしか、サンの背中は遠ざかってゆく。時々こちらに足を止める、その横顔がのぞく。その顔が、怖く見えた。それは、サンが全てを話す固い決意をしているから。彼も彼で緊張している。

 すぐ前の、あの流星群の降った夜が嘘みたいに、シーとサンの距離はぎこちない。

 そして着いた。あの崖に。

 サンは崖端(がけばた)の凸(つばく)んだ地面に座っていた。毛の先ほどの草が点々と生え、風にすさばれる。夏でも夜は少し肌寒かったが、崖のてっぺんに立った。

「……ここ、さみしいね」

 シーはぽつりと呟く。自分の小さな声が、大きく聞こえる。波は荒立たしく崖下でうごめいているというのに。

 サンの、息を吸う音が聞こえた。

「ここの下で、俺の父さんは死んだ」

 シーはえっと声を上げようとした。でも音はでない。

 サンは端すれすれに立つ。危なげに身をその先へ浮かせようとしながら、その顔は命をかえりみることはなく、父親を亡くしたというその崖下を眺める。それからサンは身を投げだした。そのまま崖端に座る。

 シーは母音の形に開いた口を閉じる。少し迷った後、シーも端に一歩踏みだし慎重にその隣に座る。

 空を見上げると、月がおぼろに見えた。海を視線でのぞくと、底なしだった。真っ暗で、何も見えない。最後に隣を見た。視線はかみあわなかった。サンは海の彼方の方を向いている。

 シーも視線を海へと移す。今夜は空も暗くて、海も暗い。

「昔、そう遠くない昔。この国は三つの民族と一家でなりたっていた」

 サンが語り始めた。低い声だった。

「シャルリー王族が島の安全を守り、国を発展させる。ディリ族は王族に仕えることで国を支えた。彼らは力仕事や危険なことをこなし、さらには砂浜近くに住むことで海の天候をいち早く国に知らせた。リャオト家は主に占い。大きな予兆を感じとって、作物の収穫時期、大きな災害を読み、人々を助けた。リャオト家は今と同じように一目置かれた存在として、周りに尊敬されていた。そして、ルラー・ガト。イロが言ったように、魚がとれる場所、つまりこちらの漁を手助けしてくれていた。けれど、主に海上で暮らし、この民族だけは他とは少し違っていた。

 そうしてこの三つの族と一家は互いに助け合い、とても平和に暮らしたんだ。嵐が来たときは島がルラー・ガトを受けいれ、良く晴れた日には三族で漁をしたものだった。その時代が終わることになったのは、すべてあの王のせいだった。ポセイドン王だ」

 サンが憎々しげにその名を吐く。

「ポセイドンは若い頃に王になった。上に兄や姉が多くいたのに。権力がほしいがために殺したんだ、自分の家族を。そして王座を勝ちとった。もちろん、正当ではない方法でなった座なんて認められるはずもなく、異を唱える者も多くいた。だが、その人たちも殺されていったんだ。邪魔だからという理由で。そうして完全な独裁国家となったシャルリーは、どんどん崩壊していった。島に長い間暗い影がかかった。島は困窮していった。病が流行し、治安はわるくなり、食料も日に日に減っていった。国の形も変わっていった。

 シャルリー王族が力を増し、他の族は不利な立場に陥っていった。まず被害を受けたのはディリ族だ。ディリ族は忠誠という神聖な約束事として王族ではなく島に仕える民族だった。海の三族一家は平等だった。なのに、ポセイドンはディリ族を無理矢理下僕という立場に押しこんだ。島との誓いである肩の入れ墨を、その上に海鳥を描くことによって。シャルリーの所有物にしたんだ。奴らの奴隷にされていったんだ。デイリの人々は女子ども問わず過酷な労働下に置かれ、食事もままならなかった。多くの浜辺で暮らしていて、ディリ族の民はのたれ死に、その姿を消していった。長い間奴隷制度は続き、シャルリー人はいつしか、ディリ族を汚れた存在とみなすようになった。それが今も、シャルリー国の文化として受け継がれている」

 サンは一旦言葉を切る。

 シーは顔をうつむかせる。足が地につかぬまま、ぶるぶる震えている。全てに納得がいくようだった。そうか、あの入れ墨はそんな意味があったんだ。何も知らずカイの肩の鳥をきれいと思ってしまった自分が、浅はかで、最低だった。

「その続きは……」

 次に話されることは予想がついた。それは悲しい物語であるに違いない。

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