第8章 ルラー・ガトの真相 1

波が荒々しく、岩礁にうちつけている。

 だが、その音をかき消してしまうほどの笑いがどっとおこる。男たちの、がははという笑い。シーも隅の方で一緒に笑った。

 漁の集会所。漁師たちは広めの小屋の中、おもいおもいの場所にい座り、火を囲んで飯を食う。囲炉裏の上には鍋がぐつぐつと煮え、火の周りでは串刺しの魚がこれでもかと刺されている。

「ねえねえ、おいしいでしょ、ここ」

 シーは横に体をよせ、そう言った。

「……ああ。おいしい」

 サンはゆっくりと口に運んでいた魚の串焼きをおろし、ほほえんだ。

「よかった」

 シーはほほえみ返し、鍋の中をのぞきこむ。でっかい魚が鍋からはみだしている。シーをぎょろっと睨んでいるかのようだ。シーはおそるおそる魚をどけて、野菜や貝をよそう。それをサンに手渡す。

「はい」

「ありがとう」

 サンはそっとお椀をうけとる。

「お二人さん、楽しんでますかな」

 そこへ一人の漁師が大皿をもって、やってきた。六十にさしかかった歳なのにいまだに現役で、老いを感じさせないくらい血気盛んだ。

ほほえましげにサンとシーを見て、隣に座りこむ。

 漁師たちの談笑はまだまだ続いている。その隅っちょで食事をとるシーたちは影の存在だ。サンは頭を布で巻き、瞳の色は影がかり紅になることはない。サンの存在もばれることはなかった。

「もちろん、楽しんでいるわ。ありがとう、イロ。わがまま言っちゃたけど」

「いえいえ、全然大丈夫ですよ。彼のお力になれるなら、この老いぼれも幸せですよ」

 島の漁師たちに会いたいと言ったのはサンだ。さすがに人の面前にでるのは危ないかと思ったが、今までサンのことがばれることはなかった。本人もかなり気をつけているようで、それならいいかな、と承諾し港をたばねるイロに頼んだのだ。

 イロはにこやかに笑うと、サンへと会釈をした。サンは不動のままその笑顔をうけとめる。

それからイロは手にした大皿を目の前の床板の上にどんと置く。

「ほれ、今日の釣果だ」

「わあー、きれい!」

 それは魚やイカの薄くそがれた刺身が花の花弁のようにきれいに並べられたものだった。ソースがその上にかけられ、黄色い花なども飾られている。イロお得意の芸術作品だ。

 へえー、とサンの目も驚きにかわる。

 シーが真っ先に刺身をつつく。

「おいしい!」

「そうか! おいしいか!」

 イロはうんうんうなずきながら、自分もテッサに手をだす。

 サンもそれに続き、刺身をつまんだ。シーとイロがじーっと見守る中、サンはふっと目元をゆるませた。

イロは声をすぼめていう。

「いやはや。本当に久しぶりですぞ、ルラー・ガトをここに呼んだのは。よく生きていてくれた」

「そうですか。昔、俺の仲間がここへ来てたんですか」

 上機嫌のイロに対して、サンの口調はとてもおちついたものだった。

「そりゃ、そっちゅう。わしの子どもの頃は、よく来てましたよ。必ず一人か二人、祭りの時は若者らがぎょうさん。シャルリー人に魚がいるところや、遠い遠い外の国の話。おらはあちら側の漁の仕方を、若いお兄さんに教えてもらいましたな。あの頃はどの民族も平和で、仲良く暮らしてましたよ。まことに、楽しかった」

「そんな時代があったの?」

 シーは不思議に思う。

「前王時代前の話だ」サンがいう。

「そう、前王様の時から、この国は変わってしまった」

イロがうなずいた。

「おじいさまが……」

 シーが幼い頃に、その人は死んでしまった。シーの記憶の中に、その人はいない。でも、おじいさまの意志を継いだお父様は、悪い人ではない。絶対に。

「なん—」

「―後で話す」

 サンがシーの言葉を遮りいう。シーはホタテと一緒に色々な言葉をのみこんだ。

「まあまあ」 

イロは目を少しつぶった後、さっきと同様に陽気に笑いながら話をした。

その後、つまみ一皿小脇に抱え、別の集団へまた移動していった。イロがまじった漁師の中で、どっと笑いが起こる。

「あのじいさん、いい人だったな」

 サンが急にそんなことを言う。シーは横を向き、それから急いでうなずく。

「そうよ。ええ、そうでしょ! いい人よ。私が小さい頃から仲良くさせてもらってるの。あの年でも漁師としてまだまだ現役なの」

「へえー。それはすごいな。また話してみたい」

「ほんとう?」

ああ、とサンがいうので、シーはほっと胸をなで下ろす。

「よかった。島の人たちを良く思ってくれて」

「シーは好きなのか、島の人間を」

 サンがシーの顔を見る。

「……うん、好きだよ。シャルリーが好きなの。島の人たち島の香り、動物、植物も。すべて好き。だから守りたいの。何とかして。……その何とかが難しいんだけどね」

 照れくささまじりにシーはいう。

 周りではなんやかんや騒がしい。酒に酔っ払い、歌いだした男がいる。それに合わせてふらふらと他の男が踊りだす。あの歌だった。前王、ポセイドンを英雄とたたえ、ルラー・ガトを成敗した歴史を歌にしたもの。

サンは目を閉じて耳を澄ます様子だ。でも、机の下で拳が震えるほどきつく握られていたのを、シーは目撃した。

(イロはサンが生きていたことを嬉しそうだった。カイも初対面で仲良くしていた。前王様……おじい様の時代から、いったい何が変わってしまったんだろう。ルラー・ガトとシャルリー、ディリ、リャオトは昔は仲が良かったんだ。何がこの大事な絆を引き裂いてしまったの?)

謎だらけだ。サンは実際に苦しんでいる。カイもたまに悲しそうな顔をする。シーだけ何も知らない。苦しみをわかってあげられない。友達のはずなのに。サンは後で話すと言ったけど、何を話してくれるんだろう。それが原因なのか、今日のサンはやけにおとなしい。知りたいと思っている。でも知ることが怖い。

歌が終わった。少し静かになる。サンがようやく目を開いた。

「じゃあ父親の後を継ぐのか?」

話はまだ続いていた。

「えっ」戸惑いの声をシーはあげる。

 それは、考えたことない。というよりも、考えることを避けていた。

「わからない」

結局そう答えた。

 沈黙が続いた後、サンがまた口を開く。

「行こう」

「……どこに?」

「わだつみのところへ。話すよ。すべて。わだつみの所へ行くには何もかも知っておいた方がいい。来てくれ」

 そう言うと、サンは席を立った。

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