第5章 イルカの声 3

ボートにのって海の上をすいすいと進んでいく。カイの櫂さばきは上手で、揺れはさほどないのに、船のスピードは格段に速い。シーは快適な小さな船旅にいやされながら、海に目をこらしつつ、イルカのことを話していた。

 そしてついたのが、黒い岩肌がむきだしになった孤島だった。

「ここであってますか」

「ええ。合ってるわ。この島に洞窟とかはない?」

 シーは手を海にさらす。でも、なにも感じない。

「たしか、あったと思います」

 いうや、カイはすぐさま櫂で船の方向を変え、また船を海の上にすべらせる。

 その後、洞窟の入り口が見つかった。カイはそのまま船を進ませる。

 洞窟の中は日の少量の光と、真っ暗な影がまざって海の色もころころ変わる。岩の重なりが複雑で、奥へいくほど、だんだんと道が狭まっていく。船の進みも慎重になり、カイの表情も険しくなる。

 ついに船が止まった。

「姫さま、ここまでです。これ以上は」

 首をふったカイに、シーもしぶしぶうなずく。

 ここまで来た道に、イルカが通れそうな場所は少なかった。あきらめるしかないのだろうか。そもそも、シーの予測がまちがっているのかもしれない。この島ぐらいしか、イルカが漂流する場所はない。だとすると、あのイルカはもう……。

 悔しさを奥歯でかみしめる。

 シーはずっと浸していた右手を、海からひきだす。と、指先が海からぬける瞬間、びりっと感じるものがあった。

「カイ、ここをでて、島の反対側にまわって」

 目を伏せて指示を待っていたカイは、シーの目を見、力強くうなずいた。

 島の反対側は白い砂浜が広がっていた。その白い砂浜を、黒い岩が囲んでいる。砂浜には、さざ波がよそよそしくうちよせているだけだった。何もいない。

 島に上陸したシーは、視線をあちこちにせわしく動かし、あのイルカの姿を探す。

「いない」

 そんな悲しそうな表情をするシーを、カイが励ます。

「あちらの岩の方に行ってみましょう。洞窟があります。この島は浮き沈みが激しくて、満潮には島の半分が沈みます。ですので、きっとそのイルカは島の内部にたまった水たまりにいるかもしれません。

 姫さまが何かを感じたのなら、だいじょうぶですよ。行きましょう」

 そのほっとさせてくれる笑顔に、シーは安心してその言葉に従う。

「こっちです」

 カイに案内され、洞窟内へと入っていく。

 ぼっと炎がしめった岩肌を照らす。カイのもつ灯火が、洞窟の影をゆらゆらとうごめかす。お化けがいっぱいいるみたいだ。狭い場所は苦手で、影も恐ろしくて、シーはぴたりとカイにくっつく。

「怖い……。お化けがでそう」

「大丈夫ですよ。俺が姫さまのこと守りますから」 

 ここに来る前の自信なさげな態度はどこへやら、カイは怖がるシーに満々と言う。

シーは知っていた。カイが真面目そうに見えて、結構型破りな行動をすることを。

明日になれば昨日のことなんて忘れてて、嫌なことも頭から消去し、けろっと毎日幸せそうにやっている。のんきな人だ。そして悪ガキだ。今までもシーの身勝手な行動に面白がって味方してくれた。シーよりも不真面目だと、シーはそう考えている。

「じゃあ約束ね。どんな敵でも倒してよ」

「はい。おばけぐらいなら」

 カイが軽く冗談を言う。ちなみに、とカイはつけ加えた。

「洞窟ならギュンユオがいますね。海草に覆われた、泥まみれで、青い瞳を持った小人。俺の族に伝わる精霊です」

「そんなの迷信でしょ?」

「いるかもしれないですよ、ギュンユオ」

シーがぶるっとその言葉に震えたとき、松明の炎がブワッと消えた。

「カっ、カイ?」

真っ暗だ。怖くなって、カイを手探りで探す、と腕ににウニョっとしたものが触れてきた。

「きゃーーー!」

 シーは叫んだ。そしてまたさらに大声で叫びながら、一目散に逃げだした。

 とにかく真っ直ぐ進む。途中でお化けに追跡されると思って右や左とトンネルに逃げこむ。全ての息と叫びを吐きだして、行き止まりでしゃがみこんだシーは息が絶えだえだった。

 そこへ重い足音が近づいてくる。

「カーイー」

 シーはひどく据わった声をその足音へ向けた。

「姫さま、大丈夫ですか?」

 やっぱりカイの声だ。大きな影はシーの手前で膝をおり、優しく声をかける。

「大丈夫、ですって。全く大丈夫じゃないわ。なに心配そうな演技してるの。あんたでしょ、おばけは」

「あれっ。わかっちゃいました?」

 松明の炎がぽっと灯った。

「おおがかりないたずらよね。炎消して、わかめでくすぐって」

「光栄です。わざわざ砂浜から持ってきたんですよ」

 炎で薄暗闇に浮かぶ笑うカイの顔は、もはやおばけだ。

「私は真剣にイルカを探してるの」

「そうですね。海の水が溜まっているのはここらへんですから、姫さまを走らせて正解でした」

「えっ?」

驚いて辺りを見回すと、確かに入り口とは違って、洞窟内には水溜まりが点在している。

「姫さまが怖がって全く進まないので驚かしたんですよ。このやり方の方が効率的です」

カイはすました顔でそう告げる。

シーはカイをにらみつけるが、何も言い返せない。

「さあ、行きましょう。途中の道はあらかた確認しましたから、後は奥の方ですね」

さあ、とカイは手で導く。

「カイのばか」

シーはそう言うと、素直にカイが指し示した方向へ歩き出した。



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