水色の浴衣
綾瀬七重
顔面強烈ヒット雑巾
運命とか感じられるものではなかった。
浅野有希菜と今井湊の出会いは運命とかそういう捻りも何も無い、ただ出席番号が前後なだけだった。
高2の春になるまでクラスが同じにならなくて話したことはなくて、それでもお互い存在は知っていた。
湊は明るくてクラスの雰囲気を引っ張るタイプでみんなから信頼されていたし、有希菜は頭が良く優しい人柄からみんなに慕われていた。
夏になるまで特別、会話もなくて夏休み目前のある熱い日だった。その日が最初にちゃんとやり取りした日。それでも最初の会話も運命とか感じられるものではなく、むしろ最悪に近いものだった。
有希菜と湊の列は掃除が別校舎でいつもみんなサボっていて、湊が友達とふざけて投げた雑巾が有希菜の顔に命中した。有希菜にも雑巾越しに周りの血の気がサーッと引くのが感じられた。
幸い、濡れ雑巾じゃなかったけど…。
「うわ!浅野、ごめん!大丈夫!?」
湊が焦って駆け寄ってくる。
有希菜も驚いていて目の前に星が見えるくらい強い勢いで命中したから
「あ、うん。だ、大丈夫」
とどもって返すというある意味インパクトのあるやり取りだった。
その日は有希菜が日直で友達には先に帰ってもらって日誌を放課後書いていた時だった。
「え~と、今日の出来事…」
今日の出来事。自分の顔に思いっきり雑巾が命中したことしか思い出せない。
今思い出すと笑えた。
きっと自分の顔はあまりに間抜けな顔だっただろうと有希菜はぷっと吹き出した。
その日の日誌に有希菜は出来事の欄にこう書いた。
「目の前に星が見えました。もしかしたら頭の上でぴよぴよひよこが鳴いていたかも知れません。うちのクラスにいるある素晴らしいピッチャーから洗礼を受けました。この出来事を胸に掃除は真面目にやろうと思います」
そして数日後に夏休みに入った。
2学期が始まって、10月に入った頃また有希菜が日誌の日が回ってきた。
なんとなく自分が8月に入る直前に書いた日誌の次の日に湊が何を書いたのか気になった。
夏休み3日前が湊の日直の日で有希菜に雑巾をヒットさせた日だった。有希菜がめくって見てみる。
そこには意外にも綺麗な字で今日の出来事が綴られていた。
「今日はしっかり真面目に掃除をしました。今更だけど、昨日はごめんなさい。…先生、俺、野球部入れば甲子園行けたかな?笑」
思わず有希菜は声を上げて笑ってしまった。
まるで小学生の文章で、担任からの返事は「来世で頑張りましょう」だった。
有希菜は今井くんは意外と面白い人なんだな、と思った。
その後有希菜が日誌を書いていると目の前にふっと影ができて見上げてみると湊の姿があった。
「あれ、今井くん忘れ物??」
「うん、課題忘れて」
「そっか」
有希菜はこんなたわいもない会話だったけどさっきの日誌のせいかもう少し話してみたいと思った。
くるっと有希菜が振り返る。さらり、と髪が揺れた。有希菜がお返ししてやろうとわざと急に振り返ったので湊が驚いた。
「うわっ!!」
大きい声に合わせて湊がびくりとする。
「びっくりした!」
「雑巾のお返しだよ!」
ふふふと有希菜が笑っていう。
湊がバツが悪そうに答えた。
「あの日は、ほんとごめん。痛かったよな。日誌見て怒ってないみたいだったけどなかなか話しかけらんなくて」
実は湊は何度も謝ろうとしていたのだがなかなかタイミングが掴めていなかった。
有希菜が笑って答える。
「はははっ。気にしてないよ。むしろ面白かったよ。日誌も」
「ならよかった」
湊もようやく笑って答えた。
その日から湊と有希菜はよく話すようになって、誰が見てもお似合いの2人だった。
まわりからよく付き合ってるのか?と聞かれた。
その質問が有希菜は嫌だった。
この質問をされるようになってから有希菜はよく考えることがある。
付き合っていないと、恋人じゃないと自分は湊と居られないのかな、と思うようになった。
でも実際有希菜は湊をどんどん好きになっていった。
授業中、特に科学の時間寝ているところ、イヤホンを取る時は引っ張ってしまう癖、食べるアイスはいつもチョコミント…。知っていくところが増える度に好きになっていって隠すことに必死だった。
そんな中、文化祭がやってきた。
有希菜と湊のクラスはたこ焼き屋さんをすることになってまだまだ暑いから売り子の女子は浴衣を持参することになった。
有希菜は売り子だった。
当日、湊に聞かれた。
「有希菜は浴衣着るの?」
少しどきっとして答える。
「着るよ。水色の浴衣」
「ふうん。そっか」
なんか、反応薄いな…。有希菜は少しガッカリして浴衣に着替えて自分の担当の時間を終わらせた。
湊とは時間が被っていなかったから友達は売り子じゃなかったし早く着替えてしまおうと思っていた。
更衣室に向かっている道中だった。
「有希菜!」
なぜか外から自分を呼ぶ声が聞こえる。
ガラスを通しているからくぐもっていて誰が呼んでいるのか聞こえない。
「有希菜ーー!!」
有希菜ががらりと窓を開けると湊がしたから有希菜を呼んでいた。
なにごとか、と有希菜が上から答える。
「な、なにーー!!」
周囲の視線を集めていて恥ずかしい。
思わずどもる。
「浴衣!!かわいー!!似合ってるー!!!」
わっと周りから声が上がる。
有希菜の気温も上がった。
この日、有希菜は湊から告白されて付き合うことになる。
8年後の結婚式の今日。お色直しから戻る時、あの日のことを聞いてみた。なんとなく聞きそびれていた。
「なんであの時、あんなに大声だったの?」
湊が笑って答える。
「あの日、他のやつも見るのかーやだなーと思ったんだけど、雑巾事件の時も有希菜になかなかホントのこと言うのに時間かかって後悔したからやっぱ素直になろうと思って。ほら、今日も水色のドレス、似合ってる」
有希菜は今では素直に言ってくれるけどあの時の不器用さも好きだったとこっそり思っていた。
運命とか感じられるものではなかったけど有希菜と湊は運命を作ったようだ。
水色の浴衣 綾瀬七重 @natu_sa3
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