二つの館 帰ってきた男 傍観者

 その人に出会ったのは、夕暮れ時だった。

「もし、お嬢さん。ここをまっすぐ行けば月ノ樹丘学園で違いないかな?」

 そんなことを聞いてきた。

 身なりはいい。ついでに見た目もそこそこ。どうやら私より少し上に見えるこの男は、私の耳に空いた三連ピアスを見ても、派手に染めた髪を見ても、厳しいブーツとそれと同じくらいのギグケースを見ても臆することはないし、それについて顔をしかめることもないらしい。つまり、十七、八くらいの見た目にしてはえらく落ち着いている。

 素敵にして不敵。それが私が抱いた第一印象だ。断じて、この男と深い仲になろうとは思わなかったということも付け足したい。

 けれどこの男は否応なく、他人に親しみを抱かせる。背が高ければ制服じみた服装も似合っている。それは一端の営業マンみたいで口のうまさを暗示している様に見えるということだ。

 けれど同時に、いけ好かない印象も拭えない。なにしろこいつの口調ときたらひどく慇懃なのだ。

 だから、私はコイツのことが気に食わない。とはいうものの、初対面の人物に対して無闇に威嚇するほど私は荒れてはいない。

「そうですよ、月ノ樹丘は紫藤市の東側にあります」

 素直に答えてやる。すると男は「なるほど」と言って、ついでにこうも言った。

「では、西側には日ノ出ヶ辻があるんですね」

 その通りだった。この男、土地勘があるのか? であるならば、さっきの質問は不自然だ。

 まぁ、そんなに深く考えることはないだろう。そう思っていると、私の疑問に男は答えた。

「実は、さっき帰郷したばかりなんです」

 私は目を丸くして、「そうなのか」と返す。男の口元には軽薄な笑みが張り付いている。

「何をしに、帰ってきたんだ?」

 つい、私は聞き返してしまう。

 そんなこと、知ったところで何にもなりやしないのに。

 男はキョトンとしたと思うと、これは面白い問いだと言わんばかりに、やはり軽薄な笑みのまま言った。

「二つの館、帰ってきた男、それを見る傍観者。とくれば、このあとに何があるか、わかるでしょう?」

 嫌味ないい口だ。

 それに、私にはコイツが言っていることの意味がわかってしまった。

 古い名作か、それよりもう少し新しい(けして最近とは言わない)名作のパロディだ。

 だからこのあとに起こるのは、品のない復讐劇か、身も蓋も無い色恋沙汰だ。

 そしてこの場合、私はそれに振り回される立場になるのだろう。

「お前なんかに関わるなんて。ごめんだね」

 そう言い捨ててやった。

 すると男は悲しそうなフリをして。

「お前だなんて、君はまだ高校生だろ? 僕ときたら今年で二十一になるっていうのに......」

「そうかよ。そんなに年上なら私みたいなガキをからかってないで、他をあたりな」

 あとになって、重ね重ねの拒絶が意味をなさなかったことを私は思い知ることになる。

 なにせ、この男の姿を見てからというもの私が通う日ノ出ヶ辻学園では(もしかすると月ノ樹丘学園でも)奇怪な出来事が起こる様になるんだから。

 そして、私の可愛い後輩もある馬鹿げた事件に巻き込まれてしまうのだから。

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