8-4:カラナとサフィリア②

 ***


 サフィリアが高々と錫杖しやくじようを振りかざす。

 “マギコード”が構成され、先端の魔導石に魔力ちからのかたちが構築されて行く。

 その構成は――初めて見るものだった。

 いや――正確には、良く見るが、彼女が使うのは初めてだった。


「……!」

 錫杖の先端に集結した魔力は、次第に冷気をまとい、冷気は空気を氷結させて細かい氷のちりと化した。

 氷の塵は、サフィリアの腕を中心に渦巻き、やがては細く長く集まり、魔導石をかくとした氷の刃を成す!

 キラキラと輝く、どこまでもあおく、どこまでも透き通った刀身を振りかざした。


「魔力を固めて氷の刃を造った……!?」

 それは、カラナが使う”光鞭プロミネンス”に良く似ていた。

 カラナのそれも、魔力で生み出した鉄をも溶かす灼熱しやくねつのエネルギーを固めて武器状に構築するものだ。

 無論、固体である氷の刃は、”光鞭プロミネンス”の様にはしない。

「……まったく。あたしの真似まねばっかりするんだから……」

 カラナはぽつりとつぶやく。


「行くよッ!」

 サフィリアが斬り込んで来る! 

 氷の刃はすでに本人の身長を超え、長大な槍となっている。

 右の下段から振り上げられた氷の刀身を紙一重でかわす――が!

 右足の太ももに鋭い痛みが走る!


「く……ッ!?」

 見れば、ズボンが引き裂かれ、その下の皮膚がぱっくりと割れている!


 出血こそないが傷口は大きく、周囲の皮膚が青黒く変色している。

 高密度に固められた超低温の空気が、近くをかすめただけで、服の繊維や皮膚の細胞を凍結させ、その結合を切り離したのか!?


 体勢を崩したカラナを、サフィリアの追撃が襲う!

 上体をらして開けた空間を、刹那せつなを置いて氷の刃がつらぬく。カラナの頬が鋭い痛みとともにぱっくりと割れる!


 倒れる反動で、突き出された刀身を蹴り上げる!

 自身の身長を上回る長さの刀身を跳ね上げられ、反動に耐え切れず大きく後退するサフィリア。

 蹴り上げたブーツの底が、その超低温に耐えられず硬い音を立てて割れる!


 カラナのひたいに汗が浮かぶ。

「……こりゃ、ちょっとヤバイわね……!」

 立て直し、青白く光る氷の刃を構え直すサフィリアを見て、カラナは苦笑した。

 やはり、こうして対峙たいじしてみれば分かる。


 このは、強い。

 氷刃は、かすめただけで、いとも容易たやすく敵を両断する。

 "魔法障壁シールド"で本体は受け止められても、発する冷気で腕を持って行かれるだろう。


 腕輪バンクルの魔導石に意識を集中させ、”光鞭プロミネンス”を構築する。氷の刃に負けぬほど、しなやかに強く。


 腰を深く沈め、サフィリアが跳躍する!

 空中で大きな軌跡を描かせ、氷の刃を振るう!


 その刀身に狙いを定め、カラナは”光鞭プロミネンス”を飛ばした!

 高熱の鞭が鋭い円弧を描いて、氷の刀身をからめとる!

 ――が、しかし!


 灼熱に輝く鞭は、て付く刀身をまったく溶かせない!

 ただ巻き付くだけで、逆にカラナの腕が引き寄せられる!

「何ですって……ッ!?」


 咄嗟とつさに”光鞭プロミネンス”をかき消した!

 自由を取り戻した腕を引き戻す!

 サフィリアの氷刃を紙一重でかわすが――それで避けた事にならないのは分かっていた。


 氷刃が掠めた右腕の皮膚が、その冷気に耐え切れずぱっくりと割れる!

「きゃあああッ!」

 身体を走った激痛に耐え兼ね、悲鳴を上げた!


 割れた腕の断面は完全に凍結し、骨まで見える。

 残された左手で折れた右腕を支える。そのままにすれば、倒れ込む衝撃で右腕が千切れる!


 床にうずくまり、痛みに身体を震わせる。

 その彼女の上に影が落ちる!

「!?」

 振り向けば眼前に氷の刃! 

 ――錫杖を振るうサフィリアは、遥か遠くに立っている。


「刀身を飛ばした!?」

 ちからを振り絞って、可能な限り身体を伏せる!

 

 風を切る音を立てて虚空を斬った氷刃は、硬い音を立てて石の壁に深く突き刺さった!

 氷刃が掠めた背中が割れて、血が噴き出す!

「……ッ!」

 唇を噛んで、必死に悲鳴を噛み潰す。

 

 床をはいずり、壁にもたれかかる。

 溶けた傷口から血がしたたり始め、カラナが座り込む床に溜まって行く。


 神経まで切断された右脚と右腕は、すでに動かなくなっていた。

 対するサフィリアは、新たに生み出した氷刃を構え、傷一つ負うことなく悠然と立っている。

 その瞳で、カラナをあわれむ様に見下ろす。


「ち……っ!」

 残った左腕で破れかかった肌着を腹部辺りから切り裂き、その布を折れた右腕に巻きつけ、きつく縛り上げる。

 そんな事をしている内に、サフィリアはくるりと背中を向け、ヴェルデグリスに向けて歩き出した。


「どこへ行くの!?」

 サフィリアの背中に向け、叫ぶ!


「……分かってるでしょ、カラナ。貴女あなたの負けだよ」

 振り向かぬまま、淡々と答えるサフィリア。

「あらそう? あたしの身体はまだ動くわよ」

 笑いながら、折れた右腕を動かして見せる。


 サフィリアは顔だけをこちらに向け、にらんで来る。

めようよ……サフィリアは、カラナをたおしたくはないんだ」


「あら、勝ったつもりでいるの?」

 こちらへ向き直り、やや苛立った風に錫杖の柄尻で床を叩く!


「そこまで言うなら…………」

 氷刃を水平に構え――

「何が出来できるか、やって見せてよッ!」

 ――斬りかかるサフィリア!


 壁にもたれたカラナは、立ち上がる事も出来ない。

 頭上に突き立った一本目の氷刃が溶け始め、滴ったしずくがカラナの頬を叩く。

 飛びかかった意識が――揺り戻される!


 目を閉じて、”マギコード”を構築する。

 血流を失い紫に変色し始めた右腕に、光が絡みつき、一筋の鞭を成す。

 重厚な氷刃と比べて、細く頼りない”光鞭プロミネンス”。

 それを振るう右腕は――もはや二の腕から先の感覚がない。


 ”光鞭プロミネンス”を完成させ、目を開く。


 水平に繰り出されたサフィリアの氷刃は、カラナの首筋を狙っている!

 かわせなければ、その首を容易く飛ばすだろう。


 だが――そうは行かせない!


 サフィリアの攻撃が届く寸前、カラナは折れた右腕を降り上げた!

 巻き付いていた”光鞭プロミネンス”が垂直に撃ち上げられる!


「上!?」

 想定外の動きに、サフィリアが眼で追う!

 しかし、サフィリアの眼が上を向いたその時には――”光鞭プロミネンス”の先端は天井に反射し、真下の床に叩き落されていた!


「違う!? 下から…………!?」

「それも違うわッ!」

 顔を上下させ、”光鞭プロミネンス”の軌道を完全に見失ったサフィリア。


 真下から跳弾した”光鞭プロミネンス”の先端が、勢いに乗ってサフィリアの氷刃に絡み付く!

 その瞬間――カラナは”光鞭プロミネンス”が巻き付く右腕を、全身ごと引き倒した!


 鋭いS字を描いた”光鞭プロミネンス”が、もろとも引き寄せられ――壁に突き立った氷刃に引っかる!

 壁の氷刃を軸に、サフィリアが水平に撃ち込んだ二刀目の氷刃が中空に巻き取られ――カラナの額をかすめ――軌道をらして壁に突き刺さった!


 サフィリアの顔を下から仰ぎ見る――――!

 次に何が起こるかを悟った、焦りの表情。


 冷静に、その一点のみを狙って――カラナは錫杖の魔導石を蹴り上げた!

 鋭く短く、そして甲高い音を響かせて、紺碧こんぺきの魔導石が粉々に砕け散る!


 床に倒れ込んだカラナの身体に、ぱらぱらと破片が降り注ぎ、石の床に落ちた破片が音を立てて散らばって行く。

 氷刃を突き立てた体勢のまま、サフィリアは呆然ぼうぜんとした表情で床に散った魔導石を見下ろした。

 魔力ちからの源を失った氷の刀身が――光の粒子となって消滅する……!


「そんな……ッ!?」

 呆気あつけに取られ、サフィリアは大きく後ろに飛び退く!


 先端が砕けた錫杖を震える手で握り直す。

 だが、いくら魔力ちからを込めようと、魔導石を失った錫杖はただの棒切れだ。


 ほぼ同時にヴェルデグリスの反対側で、『封印の間』をとどろかす大爆発が起きる!

「きゃ……ッ!」

 爆風に思わず身をかがめるが、何が起きたかは察しがついた。

 ローザとヴィオレッタの決着が付いたのだ。


 どちらが勝者かは、分からない。

 だがどちらが勝者であろうとも――サフィリアは、ここまでである。


 静まり返った『封印の間』で――頼るものの一切いつさいを失ったサフィリアは、怯え切った表情で立ち尽くしていた……。

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