8-3:相克する"聖女"

 ***


 ヴェルデグリスの放つオーラに、彼女の赤紫の髪がたなびく。

 怒りに満ちた金色こんじきの瞳が、カラナと”サフィリア”の闘いを見据みすえる。

「闘いの最中さなか余所見よそみとは……余裕ですねローザ様?」

 ヴィオレッタの声が響き、そちらに顔を向ける。


「あらあら、サイザリス様は余程、貴女あなた方に腹をえかねている様ですわ」

 腰をかがめて、ヴィオレッタが拾い上げたのは、ひと欠片かけらあかい宝石。

 "サフィリア"が着けていたイヤリングだ。


「大切なものだったでしょうに……」

 細い指先で宝石をで、そのイヤリングを自分の右耳に着けた。

「これは貴女をたおした後に、わたしがサイザリス様にお返ししましょう。ねえ、ローザ様?」


「……まるでわたくしが其方そなたに負けるかの様に聞こえますね?」

 ヴィオレッタの挑発に、声を凄ませる。


 ここまで事態を引っき回したヴィオレッタには、ただただ怒りを感じる。 

 ここにいたり、もはや普段の平静な態度をよそおう必要もない。

 ただ目の前の、この愚か者に全霊の怒りをぶつけてほふるのみである。


「では、約束通り、女神ローザの実力を拝見はいけんいたしましょう」

 手のひらを上に向けて、指を上下させ、挑発するヴィオレッタ。

 その挑発に乗り、大量の魔力を手のひらに乗せ、不可視の圧力で彼女を押し潰しにかかる!


「またその手ですか!」

 ヴィオレッタの全身に散りばめられた魔導石が青く輝き、障壁の鎧が発現する!

 彼女を圧殺しようとした魔力ちからは、"魔法障壁シールド"にはばまれするりと抜けてしまった!

 拡散した圧力が、周囲の床を圧壊させる!


 舌打ちする!

 貫通力のない攻撃への対応は、ヴィオレッタの得意とするところだ。

 前回の対面では不意打ちで先制したが、今回はヴィオレッタにも油断がない。


 戦略を変えて”マギコード”を構築する。

 右腕を振るい、ヴィオレッタの移動する方向目掛けて、目に見えない空間の歪みを飛ばす!

 彼女を中心に、空間が歪みじれる!


 だが――歪みがヴィオレッタの"魔法障壁シールド"に触れた瞬間、光の壁が粒子となって消滅し――

「!」

 ――攻撃に気付いたヴィオレッタは素早く上体をらして、歪みの軌道上から離脱する!


 狙いが逸れた歪みは、そのままヴェルデグリスに突っ込んで行く!

 衝突すれば、ヴェルデグリスを粉砕させる!

「ちッ!」

 "マギコード"を解除し、"歪み"を消滅させるが――

 このスキを、ヴィオレッタは見逃さなかった! 


「もらった!」

 指先から紫色の電撃がほとばしり、閉鎖された地下空間全体を支配する!

 咄嗟とつさに"魔法障壁シールド"を展開し、致命傷を避けるが、空間全体をおおう雷撃のすべてをかわすことは出来できない!


 脚や腕を電撃が走り、つらぬいて行く!

「ぐッ!?」

 苦痛にうめき声を発する!


 ヴェルデグリスにも雷撃が走り、びた魔力が帯電たいでんして火花を散らした。

 全身から煙が上がり、髪の焦げる臭いが鼻をつく。


 立ちはだかるヴィオレッタが、意外そうな表情でこちらを見つめる。

「……だわたしを見縊みくびっているのですか?

 それとも――まさか今のが、ローザ様の全力だとでも……?」


 ヴィオレッタに問われ、内心で舌打ちする!


 我ながら……予想以上に

 やはり……年齢としを重ね過ぎたか。

 ヴィオレッタ相手にこの有様ありさまでは、ヴェルデグリスを解放されれば――まず勝ち目はない!


 焼け焦げた七色のローブを破り捨てる!


 ヴィオレッタが何を盲目的に信じようと、それは彼女の勝手だ。

 ヴィオレッタが何をしようとも、すべては二十五年前に決着している事だ。ゆえに、アナスタシス教団のやっている事になど興味もない。

 だからこそ、自由に泳がせていた。


 そのハズだった!

 それが……"サフィリア"などと名乗る亡霊となって再び現れるとは、思ってもみなかった!

 この二つの誤算が今、まったく望んでもいないかたちで結びついている!


 ヴィオレッタは早くも、次の"魔法障壁シールド"の構築を始める!

 彼女の詠唱に従い、全身に散りばめられた魔導石から”マギコード”が木の枝の様に伸び、やがてひとつの大きな構成を築き上げる。

 それは光となって障壁を成し、ヴィオレッタを包み込む鎧と化す。


「なるほど。其方の魔導石の原理がよく分かりました。

 全身に散りばめられた魔導石は、元はひとつの大きな魔導石。

 それをカッティングして分割することで、ひとつの詠唱ですべての破片が共鳴し、全身を包み込む障壁を成しているのですね」

「ご名答です」

 銀髪をかき上げ、ヴィオレッタは拍手する。


 珍しい使い方をするものである。

 もちろん、魔導石の結晶構造をまったく損壊させずに分割するなど神業であり、おいそれと出来る事ではない。

 彼女が魔導石製造業の世界にどんなパイプを持っているのか、興味は尽きないが、今はそんな事に気を回している時ではない。


 "魔法障壁シールド"に包まれたヴィオレッタと相対しながら、横へとゆっくり移動する。その背後に輝くヴェルデグリスを射線から外す為だ。


 紅く輝くヴェルデグリスを背後に立ちはだかるヴィオレッタ。

 その耳につけた、"サフィリア"のイヤリングが――共鳴する様に輝いている。

「そう言う事か……」


 あのイヤリングの宝石は――ヴェルデグリスの欠片なのだ。

 おそらく、あのイヤリングが"サフィリア"をここまで導いて来たのだろう。


 ヴィオレッタの背後のヴェルデグリスを睨む。

 封印すれば何も出来ないと思っていたが……まさか、こんなかたちで干渉してくるとは。


 だが、おかげでが見えた!


 強く脚を踏み込み、一気に間合いを詰める!

 ヴィオレッタの顔目掛けて手刀を打ち込むが、彼女はそれを自身の手刀で弾き、紙一重でかわす!――さらに、そのまま相手の手首を掴み関節を極めて抑え込む!

「ぐッ!」


 あらぬ方向に腕を曲げられ苦痛に顔を歪ませる。

「魔法が効かなければ、体術。考えが浅はかすぎますねローザ様!?」

 勝ち誇るヴィオレッタの顔を冷ややかな目で睨む。


 その彼女が付けたイヤリングを、捻じ曲げられた腕の指先で撫でる。

「このイヤリング……中々似合っているな?」


「――!?」

 何かを悟ったヴィオレッタが極めていた関節を外し、射程外に逃げようとする!

 だが、すでに反撃の手筈てはずは整っている!

「終わりだ……!」

 二人のあいだに膨大な魔力ちからが溢れ、赤紫の髪が大きくなびいて広がる!

 イヤリングの紅い宝石を中心に展開された"マギコード"が、二人を包み込んで行く!


 込めた魔力は――捻りも何もない、ただただ純粋なエネルギーの塊!

「ばかな……ッ!」

 ヴィオレッタの小さな悲鳴を消す様に――その顔のすぐ真横で、高密度のエネルギーが破裂する! 

 膨大な光と熱が、衝撃波をともなって二人をぎ払った!


「ぐあああ……ッ!」

 衝撃で吹き飛ばされ、石の壁に激しく叩き付けられる!


 至近距離で高熱を浴びた七色のローブは完全に燃え墜ち、全身が焼けただれ、激痛が走った。

 しばらく動く事さえままならず、床の上でもがく。

 荒い息を整え、壁に背をつけて上体を起こしてみれば――右腕はひじから先が吹き飛んでいた。


「く……ッ!」

 密着状態から、あの膨大な光の放射を浴びたのだ。

 "魔法障壁シールド"でガードしていたとは言え、そのダメージは大きい。むしろ、よく腕一本で済んだものだ。

 だが――この高エネルギーの放射を、顔面の真横で浴びたヴィオレッタはただでは済むまい。


 爆心となった場所を仰ぎ見れば――そこに彼女は倒れていた。

 真っ黒に焼け焦げ、あい色のローブも艶やかな銀髪も、無残な姿をさらしている。

 だが、それでもヴィオレッタは苦しげにうめき、痙攣けいれんしていた。

「まったく……忌々いまいましいくらいに頑丈な女ですね……」


 勝因は、あの"サフィリア"のイヤリング。

 ヴィオレッタも"サフィリア"も、それに気づいていたか定かではないが、あれはヴェルデグリスの破片だ。

 ヴェルデグリスもまた、魔導石の一種に過ぎない。

 ならば、"マギコード"を流し込み、魔法を発動させる事が出来るのだ。

 しかも、わずかなひと欠片かけらとは言え、ヴェルデグリスに封じられた強大な魔力を上乗せして。


 もちろん所詮しよせんは破片。

 解放した魔力はまったく制御されず暴発した。下手へたを打てば、みずからも消し炭になるリスクはあったが、どうにかヴィオレッタを仕留しとめた様である。


 しかし――もう身体は動かない。

 カラナたちの戦いがいま膠着こうちやくしている以上、状況は好転していない。


「情けない……。

 カラナ……まさかお前が、最後の頼みの綱に、なろうとはな……!」

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