8-2:カラナとサフィリア①

「何で来ちゃったのさ……カラナ!」

貴女あなためる為に決まっているでしょ……!」


 サフィリアの真っ青な瞳を見つめ、カラナは距離をゆっくり詰める。

 大聖堂に到着した時、戦いはすでに始まっていた。


 サフィリアの背後では、ローザとヴィオレッタの激しい魔力の応酬おうしゆうが繰り広げられている。

 時折、こちらにも、その余波が飛び込んで来ていた。砕けた石の破片が飛びい、暴風の様な魔力の乱流が荒れ狂う。


 眼前に飛び込んで来た石の破片を、サフィリアは一瞥いちべつもくれることなく錫杖しやくじようで弾き返す。

「何で……分かってくれないの……?」


 直線的に距離を詰めるカラナ。

 それに対し、サフィリアは身体をこちらに向けたまま水平に移動し距離をたもつ。

「サフィリアは……クラルを助けたいだけなんだ。それさえ叶えば、後は自分がどうなっても良いって思ってる……!」


「冷静になりなさい、サフィリア。あのヴェルデグリスに眠っている魔力ちからは、悪魔のちからよ」

「カラナの方こそ悪魔だよ!」


 小さい身体を目一杯めいつぱいに広げてサフィリアは叫ぶ!

「カラナはクラルがこのままいなくなってもいいの!? カラナの命を助けてくれたクラルが、このままかえって来なくてもいいんだ!?」

「サフィリア、冷静になって。

 貴女の気持ちは分かるわ。でも、解放した魔力ちからが、誰にも――貴女自身にも止められないモノだった時、誰がめるの?」


 押し黙るサフィリア。

 うつむき、小さく身体を震わせている。

 カラナ自身にも、自分の言葉がし掛かった。

 サフィリアが魔力ちからを取り戻したのならば――ヴィオレッタの言う通り、クラルを助けられる。

 それを「諦めろ」と言う自分の言葉は、どれほど酷いものだろう?


 サフィリアが、頭を上げる。

 宝石の様な瞳に強い意思を込めて、カラナをにらみつけた。

「……サフィリアは、他の何がどうなってもいい……!

 クラルを助けたい!」

「……分かったわ」


 手に握っていたものを、サフィリアに投げて返す。

「!?」

 投げられたものを、両手で受け取るサフィリア。

 小さな手のひらに収まったあかい光を見下ろす。

「サフィリアの……イヤリング……!」

「コラロ村で村長が拾ったの。返しておくわ」


 しばし、無言でイヤリングの紅い光を見つめて――サフィリアは大きく顔を横に振った。

 腕を振るい、イヤリングを投げ捨てる!

 硬い音を立てて、イヤリングが石の床を転がっていった……。

「もう……そっちには戻らない!」


「…………」

 床に転がり、寂しげに輝くイヤリングを見つめ――カラナもまた、サフィリアを睨んだ!

「……あたしは、紅竜騎士団ドラゴンズナイツとして――あんたをめるわ!」

 右腕を振り被り、腕輪バンクルの魔導石を起動する!

 かつてない程、鋭くえ切った意識が、魔導石と深くリンクする。


「……やれるものなら……やってみればいいよ!」

 水平に構えた錫杖しやくじようの先端の魔導石が、青白く光り輝く!


 大きく息を吸い、二人は同時に動く!

 カラナは突進する!

 サフィリアは跳躍した!


 二人の唇が”マギコード”を滑らせた!

 魔力を取り込んだ魔導石の結晶構造が、"マギコード"に従い熱と氷になって放出される!

 

 サフィリアの錫杖には冷気をまとった大量の氷のつぶてが、カラナの右腕には光のむちが発現する!

「潰れろッ!」

 サフィリアの発する鋭い声!

 突き出された錫杖に弾かれるごとく、氷弾の群れがカラナに降り注ぐ!


 腰をめ、カラナはひときわ大きい氷塊に向け、一直線に”光鞭プロミネンス”を飛ばす!

 光は鋭い一条いちじようの矢となって氷弾を撃ち抜く。生じた温度差で膨張した氷が水蒸気となって破裂した!


「きゃッ!?」

 水蒸気に巻かれ、顔をおおうサフィリア。その姿目掛けて”光鞭プロミネンス”がなおも一直線に走る!


「!」

 空中で身体をひねり、紙一重で”光鞭プロミネンス”をかわす!

 追撃の構えを取りつつ、カラナをにらみつける!

 だが――


「まだよッ!」

 “光鞭プロミネンス”の軌道を操っていた腕を下に叩き落す。その動きを追って、むちは斬撃と化し、サフィリアを襲う!


「くそ……っ!」

 錫杖の先に造り出した"魔法障壁シールド"で受け止めるサフィリアを、そのままぎ倒す!

 だが、彼女は床に叩きつけられる寸前で軌道から脱し――水平に飛び退きながら、再び氷弾を連射して来た!


 身体を捻って氷弾をかわしつつ、サフィリアとの距離を詰める!

 体術が届くほどに間合いが詰まり、かかと落としをサフィリアの顔面に見舞う!

 が、蹴足けそくは難なく錫杖でガードされ……


「喰らえッ!」

 甲高いサフィリアの声とともに、錫杖の魔導石を中心とした超低温の烈風が噴き出した!


 細かい氷のつぶてに目をやられぬ様に顔を腕で覆う。

 サフィリアの動きを――完全に見失った!

 体勢の乱れたカラナの脇腹に、サフィリアの蹴りが決まる!


「ぎゃッ!?」

 体重の乗った一撃をまともに受け、カラナは床に叩きつけられる!

 倒れたカラナの顔面を、錫杖の打撃が容赦ようしやなく襲う!


「この……ッ!」

 腹部の痛みに丸めていた脚を伸ばし、サフィリアの軸足を蹴り飛ばす!

 悲鳴を上げるサフィリア。

 よろけて勢いを失った錫杖を腕で振り払い、真上にいた彼女の腹に反撃の肘鉄ひじてつを叩き込む!

 サフィリアの小さな身体が宙を舞い、壁に叩きつけられて床に落ちる!


 だが――痛手を受けた素振りもなく、サフィリアはすぐに体勢を立て直した。


 カラナは大きく息を吸い、上がった呼吸を整える。

 対峙たいじしたサフィリアは、血を吐き出し、ローブのそでで口元をぬぐった。


 ヴェルデグリスの反対側で、ヴィオレッタの放ったらしい雷撃が空間を包み込み、二人の姿を逆光に照らす。


「……何でさ」

 サフィリアがカラナにつぶやく。寂しげな眼差しで。

「何でそこまでして、サフィリアがクラルを生き返らせ様とする事を邪魔するの?

 ヴェルデグリスに封じられた魔力ちからを消滅させる。それがカラナの任務だって言うのは分かってるよ!

 だからこそ、クラルを生き返らせたら、サフィリアはどうなっても良いって言ってるじゃないか!?」

 サフィリアの言葉に、カラナはつばを吐き捨てた。

「あたしが本心から紅竜騎士団ドラゴンズナイツとして動いてるなんて、本気で思っている!?

 あたしはヴェルデグリスなんてどうでもいい! あんたに生きてて欲しいのよ!」


 二人のあいだに沈黙が流れる。


「クラルの事は残念よ。でも彼女の為に貴女が命をてたら、クラルは何の為に戦ったのよ?」


 うつむき、錫杖の先端をちからなく床につけるサフィリア。その視線が、ゆっくりとカラナの背後に向けられる。

 見なくても分かった。

 そこに横たわるクラルの亡骸なきがらを――彼女は見ているのだ。


 選ぶように、サフィリアの視線が自分に向けられた事に気付いた。

「……………」

 少しの沈黙のあと、サフィリアは顔を上げる。


 そのあおい瞳に、確固たる意志を乗せて。

「サフィリアは……それでも……クラルを助ける魔力ちからが欲しい……!」

 緊張にめていた息を――吐く。

「……分かったわ。そこまで言うのなら、あたしももう何も言う事はないわ!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る