7-5:亡き少女のかたわらで……

 夕闇ゆうやみに沈む森の向こうから、立ち上る黒煙。

 コラロ村の方角だ。


 故郷へつながる街道を、カラナは早馬を走らせた!

 コラロ村に近づくにつれ、鼻をつく焦げた臭いが強くなる。


 絶望的な思いが、胸中きようちゆうを支配して行く。

 まる一日以上走り抜け、ようやく村の入口が見えて来た!


 馬から飛び降り、入口に向かって駆ける!

 限界を超えて走った早馬はその場に崩れ落ちてしまった。


「…………!」

 村の入口に立ったカラナは、言葉を失った。


 崩れた家屋、一面黒く焼け切った田畑。

 あちこちの地面に開いた魔法弾による攻撃こん

 息を飲み、恐る恐る村の中央へと脚を踏み出す。


「カラナ隊長!」

 物陰から、人が出て来る。

 紅竜騎士団ドラゴンズナイツの騎士だ。

 騎士の男は、カラナに近づくと敬礼する。

「よくぞ、戻られました!」

「……遅かったみたいだけどね……」

 ちからなくカラナが答える。


「被害は……?」

 聴きたくない情報だが、指揮官として聞かない訳には行かない。

「重軽傷者は多数おりますが、幸い命を落とした者はおりません。リリオ殿の尽力じんりよく賜物たまものです! もちろん、お母上もご健在でございます!」

 ほっと胸を撫でおろす。


「それを聞いて安心した。……ところで、村にサフィリアが来ていない?

 ……ああ、ほら! あたしが首都に行く前に保護したよ」

「来ております。村の中央の広場に……」


 騎士の指差した方向にカラナは走る。

 途中、他の騎士たちにも出会う。

 どうやら村の中に入り込んだ『ゴーレム』は殲滅せんめつされているようだ。


 広場――と言っても周囲の家や倉庫が焼け落ちて、どこからどこまでが広場だったか分からない状況の――に駆けつけたカラナは、そのはしで座り込む金髪の少女を見つけた。

 その横に、リリオとカラナの母親ブランカの姿も確認できる。


「サフィリア!」

 名前を呼んで駆け寄る!

 向こうもこちらに気付き、顔を上げた。


 駆け寄り、ちから強く抱き締めたかった。

 だが、そのサフィリアの前に横たわるクラルの姿を見て、カラナの脚は止まってしまった。


 地面に寝かせられたクラル。

 黒いローブの胸元は大きく裂け、そこからのぞく白い肌には、ぱっくりと大きく深い傷が口を開けている。


 顔は生気せいきを帯びておらず、唇は紫に変色し、飛び散った血は赤黒くにごっている。

 致命傷を負ってから、かなりの時間が経過したことを意味していた。


「クラル……!」

 横たわるクラルの横に、カラナがひざを着く。

「……クラル……死んじゃった……」

 ぽつりとサフィリアがつぶやく。

「どうして!?」

 叫んで声を上げるカラナ。

 相手はサフィリアではない。

 リリオだ。


「何で貴女あなたがいながら、クラルを助けられなかったの!?」

「……何がクラルよ!」

 凄い剣幕で怒鳴どなるリリオ!

 その声に激しい憎悪が込められている。


「わたしは……こいつに首を折られたのよ! もう少し遅かったらわたしは……!

 わたしだけじゃない! コイツの率いた『ゴーレム』群が村を焼いたんだ!」

 物言わぬクラルをにらみつける!


 状況が飲み込め、カラナは押し黙る。

 目に溜まった涙と表情から、リリオの味わった恐怖が伝わって来た。


 コラロ村の者たちはクラルを『ハイゴーレム』の襲撃者としてしか知らない。

 助けなかったとしてもそれは当然で、非難すべき事ではないのだ。


「ちくしょう……!」

 クラルの胸に突っ伏して、サフィリアが嗚咽おえつを上げる。

 その肩をカラナは優しく叩いた。

「いつまでも野ざらしでは可哀想かわいそうよ。きちんと埋めてあげましょう」

 ゆっくりと頭を上げ、頭を振るサフィリア。


 皆が皆、鎮痛ちんつうな表情で下を向く。

 しかし、その気持ちは皆、バラバラだった。


「ああ……なんと可哀想なサイザリス様……!」

 そんなカラナたちの気持ちは、何処どこ吹く風の声が背後から響く。


 声の主に、全員の視線が集まる。

 今までどこにいたのか、銀髪の女、マザー・ヴィオレッタが悠々ゆうゆうと歩み寄って来た。


「ヴィオレッタ!」

 聞いた事もない怒声どせいをサフィリアが響かせる!

 立ち上がり、獣の様な表情で怒りをぶつけた!


「どのツラ下げてサフィリアの前に出て来たんだ! あんたのせいでクラルが……!」

 しかし、サフィリアの身震いする程の殺気も、ヴィオレッタにはどこ吹く風だ。

「ああ……! 『ゴーレム』の一体ごときにそこまでの愛情を注ぐサイザリス様!

 なんとお優しことでしょう……!」

「黙れッ! クラルのカタキを取ってやる!」

 息を荒げて、ヴィオレッタに詰め寄り、鬼の形相ぎようそうで睨みつける。


 自分を見上げるサフィリアの顔を、ヴィオレッタはにっこりと見下ろす。

「サイザリス様、クラルその『ハイゴーレム』を救う方法がただひとつだけございます」

「え……?」

 自分のローブに掴みかかるサフィリアの手を優しく離し、こうべを垂れる。


貴女あなた様が、魔女としても魔力ちからを取り戻せば良いのございます」


「あんたッ!?」

 カラナは立ち上がり、ヴィオレッタに怒鳴る!


 そう言う事か・・・・・・

「その為にクラルを取り戻して……コラロ村を焼いたのね!?」

 にやりと唇の端を歪めて、立ち上がるヴィオレッタ。

 

 ヴィオレッタの言葉に放心状態のサフィリアが、クラルの亡骸に視線を送る。

「サフィリアが魔女に戻れば……クラルを救える……!?」

「耳を貸してはダメよ、サフィリア!」

 カラナが制するが、ヴィオレッタは構わず相槌あいづちを打つ。

「そうです。そもそも貴女様は『ゴーレム』の創造主。ならば、破壊された『ゴーレム』を修復する事など、造作もない筈です」


 カラナは、魔導石に魔力を組み込んで右腕を振るった!

 指先から、高熱を帯びた"光鞭プロミネンス"が伸び、鋭い孤を描いてヴィオレッタの首を刈り取りにかかる!


 ヴィオレッタをこれ以上、生かしておくのは危険だ!


 だが――その動きをヴィオレッタは読んでいた!

 無造作に振り上げた左腕で、カラナの"光鞭プロミネンス"を掴み取る!

「お忘れですか? わたしの防御能力を?」

 "魔法障壁シールド"の強い光に包まれた彼女の腕は、触れれば物体を消し炭にする"光鞭"の熱をものともしていない。


 逆に――カラナの鞭を引き寄せると、ヴィオレッタは強烈な雷撃を流し込んだ!

 紫色の雷が、鞭を伝ってカラナの全身にほとばしる!


「きゃああッ!」

 雷撃に全身を焼かれ、その場に崩れ落ちる!

 自身の肉が焦げる臭いが、鼻を衝く。


「カラナ!」

 母のブランカが、娘の焼かれた姿に悲鳴を上げる!

 二人の悲鳴を聞き付け、紅竜騎士団ドラゴンズナイツが、何事かと集まって来る!


「手を出してはダメよ!」

 地面に倒れ伏したまま、カラナは声を振りしぼった。

 おそらく、ヴィオレッタと闘って勝てる者は女神ローザかサフィリアくらいだ。

 そのサフィリアでさえ、大聖堂で闘った時はクラルの援護があって優勢を保ったのである。


 戦えば、この村に生き残りはいなくなる。


「さて……。 如何いかがいたしますか、サイザリス様?」

 しばしの沈黙の後――。

 サフィリアが地面に倒れたままのカラナを見下ろす。

 悲しみ、申し訳なさに希望が入り混じった複雑な表情。


「カラナ……ゴメンね」

 クラルに視線を向け、しっかりとした意思を込めて続けた。

「サフィリアは……クラルを生き返らせたい!」

 サフィリアの言葉に、カラナは目をつぶって唇を噛んだ。

「……残念よ、サフィリア……!」


 再び、ヴィオレッタがサフィリアの前にひざまづく。

「ご決心いただき、このヴィオレッタ、感激でございます!」

「勘違いしないでね? 魔女の魔力ちからが戻ったら、真っ先にあんたを八つ裂きにしてやる」

 サフィリアのにくしみのこもった声にも、ヴィオレッタは歓喜の表情で応える。


「ああ……! 貴女様がご復活なされるのであれば、このヴィオレッタ!

 どんな事もなし得ましょう!」

 深々とサフィリアに一礼すると、ヴィオレッタは瓦礫の山の中に隠していたらしい――サイザリスのフィルグリフを取り出し、サフィリアの眼前に差し出す。


「さあ、サイザリス様!」

 ヴィオレッタの言葉に応え、サフィリアがフィルグリフを受け取る。

 瞳を閉じ――一瞬戸惑とまどった様に間をおいて……。


 サフィリアは、"マギコード"をフィルグリフの結晶構造に流し込んだ。

 再び、あの場面が空中に投影される!


 サイザリスと魔導石の売人が、ヴェルデグリスのかたわらで語る、あのシーン。


『一応、魔導石の扱い方を教えておくよ』

素人しろうとの貴様に教わるとは、わらわもやき、、が回ったものじゃ』

『まあ、そう言わないで、万が一暴走とかした時の為に、必要だろう?

 ――”解放の言葉マギコード”と”破壊の言葉エンバーコード”が……』

『必要ないとは思うが、聞いておこうか?』

『いい心がけだよ。どんなに優れた魔導師でもリスクは付き物だからね。

 それじゃあまず、万が一暴走した時に使う”破壊の言葉エンバーコード”だ。

 それは――――』


 カラナの耳にも、はっきりと聞いて取れた。

 もちろん、サフィリアにも。


「覚えたよ。”解放の言葉マギコード”と、”破壊の言葉エンバーコード”を……」

「これですべての条件が整いましたね、サイザリス様!」

 威勢よく立ち上がり、両腕を広げて叫ぶヴィオレッタ。


「クラルをお願いして、いいかな?」

「もちろんでございます!」

 サフィリアの指示に従い、ヴィオレッタがクラルの亡骸を抱き上げる。


 村の外へと歩き出した二人に、紅竜騎士団ドラゴンズナイツの騎士たちが道を開ける。

 彼らは恐怖しているのだ。

 魔女サイザリスの、その名前に……!


「サフィリア! もう一度よく考えなさい!」

 地べたを舐めたまま、カラナが叫ぶ!


 サフィリアは……とうとう振り向く事さえしなかった。

 群青ぐんじようのローブをなびかせた金髪の魔導師は――ヴィオレッタとともに、姿を消して行った。

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