7-6:最期の夜

 闇の中から意識が戻る。

 薄く開いた視界には、薄暗い曇り空が広がる。


 しばらくまどろんだ後、意識が一気に覚醒かくせいしてカラナは跳ね起きた!


 場所はコラロ村の中央の広場と変わっていない。

 あちこちにたき火がたかれ、村人たちが各々おのおの食事をしたり、横になって眠ったりしている。

 その背後では紅竜騎士団ドラゴンズナイツが忙しく復旧作業に追われていた。


「あたし……」

 かけられていた毛布をぎ、上体を起こす。

「どれくらい眠っていたの……!?」


「心配するな……五時間ちょっとだ」

 背後からローレルの声がした。

 振り向けば、御座ござを引いて地面に埋もれた岩に背中をあずけ、目を閉じている。

「サフィリアは……クラル『ハイゴーレム』亡骸なきがらを帆馬車に積み込んで出発したのを確認した。帆馬車ではテユヴェローズまで、まる二日はかかる。

 半日遅れで追いかけても充分間に合う」

 目を開き、身体をこちらに向き直す。

「……だが、行くのか?」


「……どう言う意味ですか?」

 正対し、正座してローレルの前に座る。

「詳しい事情はわたしが聞く事ではあるまい。何となく察してはいるがな……。

 この件を女神ローザは心得こころえておられるのか?」

「……テユヴェローズで、サフィリアたちを待ち構えているハズです」

「では、お前がこれ以上関わる事ではないな」


 ローレルの言葉に、カラナは首を横に振った。

「やらなければなりません。あたしがいた種です」


 深いため息をついて、ローレルが頭をかく。

「サフィリアは……ここには戻らないか?」

「あたしたちの想像がおよばぬ奇跡でも起きない限り……この流れは変えられないでしょう」

 カラナは立ち上がった。

 腕輪バンクルの魔導石に意識を集中させ、淡く輝いたのを確認する。


「カラナ」

「?」

 カラナを呼び止めたローレルが、何かを握った手を突き出して来る。

 受け取ろうと差し出した手のひらに――硬い感触。

 渡されたのは――あか一欠片ひとかけらの宝石に銀の金具がほどこされたイヤリングだった。

「……サフィリアのイヤリング」

 ブランカが、サフィリアに造ったものだ。

「村の中で拾った。『ゴーレム』との戦いの最中さなかに落としたのだろう。

 あのむすめに、返してやってくれ」


 手渡されたイヤリングを握り締める。

 テユヴェローズの方角をにらみ、カラナはローレルに告げた。

「早馬を用意してください。……魔女サイザリスと決着を着けて来ます!」


 ***


「いま……どのあたり?」

「間もなく、テユヴェローズが見えて参ります。今日の夜には大聖堂へ到着出来できるでしょう」

 サフィリアの問いに、ヴィオレッタが姿勢を正して伝える。


 敵対していた時は、こちらに一瞥いちべつもくれず本を読みふけっていたヴィオレッタだが、今はサフィリアの横に姿勢を正し、微動びどうだにせず座っている。


 今日の夜……。

 女神ローザとの約束の期限である。


 小さくをして、荷台の奥の暗がりに目をやった。

 片隅に、布で巻かれたクラルの亡骸が横たわっている。ふとクラルの顔を見たいと思い、その布に手をかける。


「おめください」

 ヴィオレッタが制する。

すでに……直視にあたいしない姿になり果てております。お力を取り戻し、その肉体を復元するまでは、ご確認なさらない方がよいかと……」

「『ハイゴーレム』も命が亡くなったら、土にかえるの?」

 元の姿勢に戻りながら、サフィリアはたずねた。


 ヴィオレッタがクスクス笑いながらこたえる。

「創造主である貴女あなた様に対し釈迦しやか説法せつほうではありますが……。

 『ゴーレム』の肉体の組成そせいは、人間のそれと何ら変わりありません。息を吸い、食事をり、眠り……命が尽きれば腐り、土へと還るのです」

「そっか……。もしサフィリアなんかと関わらなければ、人間と同じ様に生きてられたのかもね、クラルは……」


 ヴィオレッタがゆっくり歩み寄り、サフィリアの手に自分の手をえる。

「これから貴女様の手によって復活をげれば、またかつての様に貴女様に従うことでしょう」


 そのつもりはない。

 再び寝入ねいるフリをして、サフィリアは残る一日の事を考えた。


 散々わがままを言い、カラナや他の者たちを振り回したのだ。

 そもそも、テユヴェローズで元老院に出向でむいた時、自分が命を差し出していればこんなことにはならなかった。

 だから……クラルを生き返らせたら、自分は消えてしまわなくてはならない。


 もし、記憶が復活した途端とたん、それまでの意識が消えてしまったら?

 その時は、女神ローザが自分をほうむってくれるだろう。


 迷惑をかけたおびを言う機会が、サフィリアとしてあれば良いが……。


 色々なおもいが頭をめぐり、サフィリアは目を閉じる。

「やっぱり……何も見えないな……」

「何か?」

 ぽつりとつぶやいたサフィリアの言葉に、ヴィオレッタが疑問符を上げる。

「ううん……何でもない」

「?」


 何時いつからだろうか?

 目を閉じても、意識を眠りに落としても――過去の記憶はおろか、ヴェルデグリスの"あの声"さえも聞こえなくなってしまった。


 自分に何か変化があっただろうか? と、首をかしげた。


 眉根を寄せて、自分の顔を手ででる。

 耳に着けていたイヤリングが、いつの間にか無くなっていた。


 どこかで落としてしまったのだろう。

 せっかくブランカが作ってくれたのに……。


 魔女の魔力ちからを取り戻す。

 そう決心した事で、ヴェルデグリスがこれ以上の干渉かんしようの必要なしと判断したのか?


 テユヴェローズへ到着するまでのあいだ、ひまつぶしに過去の記憶をもっと思い出しておこうかと思っていたのだが……。

 それに、記憶の世界で感じた妙な違和感の正体も、知っておきたいと考えていた。


 自分の記憶でありながら――自分の事の様に感じられない妙な感覚。

 女神ローザの火球に押し潰され、全身を焼き砕かれるあの激痛と恐怖だけは、しっかりとその身にきざみ込まれていたが……。


 大聖堂には、恐らく女神ローザが待ち構えている。

 戦えば――またあの恐怖を味わう事になるのだろう。


 いくら試しても見えない記憶にあきらめ、サフィリアは嘆息たんそくして車上から外をながめた。 

 日がかたむき、海の向こうに沈みつつある。

 暗い空と海が、鮮やかな青と赤で染め上げられていた。


 果てまで続く海原に大きな船が浮かぶのが見える。

 複雑な紋様もんようが描かれた、くれないの帆が特徴的な大きな船。


 どこの船だろう……?


 その船は、今まさにテユヴェローズの港へ入港しようとしていた。


 ただぼんやりと、その景色を瞳におさめながら、サフィリアは馬車に揺られ、山を登る。


 大聖堂に着いた頃――サフィリアにとって最期さいごの太陽は西に沈み、漆黒の夜がおとずれた。

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