6-6:ワタシノミカタ
そこは、『封印の間』。
サフィリアは、またもそこに立っていた。
色を失った白と灰の世界で、サフィリアが耳に着けたイヤリングの紅い宝石だけが、
――ようやく、ここまで来た。――
――――さぁ、思い出すのです。自分自身の本当の姿を――――
「あなたは……ヴェルデグリスの中にいるの? その中に封じられたサフィリアの
――わたしの役目はただひとつ。
サフィリアの頭に直接響く声。
男とも女ともつかない酷いノイズが、かかって聞こえる。
――それだけが、ただひとつ確かな、わたしの記憶――
不意に、目の前が激しく光り――忘れていた光景が、眼前に広がった!
目の前には、
かつての自分――サイザリス!
その手が持つ
『わたくしの魔力を……封じるつもりですか!?』
『その通りじゃ!』
空中でもがくローザに、勝ち誇ったサイザリスの声が響き渡る!
それは紛れもなく、聞き慣れた自分の声。
目を開けていられない程の激しい閃光の
『これがわらわの切り札! 魔力を封じ込める魔導石、名付けて”ヴェルデグリス”よ!』
拘束から逃れようとするローザだが、すでに魔力が引き抜かれつつあるのか、対抗できない。
『こんなことで、このわたくしが封じられるとは!』
サイザリスがケタケタと笑う。
『魔力はお主に遠く及ばぬが、知恵ではわらわの方が上よ!』
「サフィリア!」
唐突に彼女の名を呼ぶカラナの声が、
***
「サフィリア、大丈夫……?」
不意に投げかけられたカラナの声に、サフィリアはハッと顔を上げる!
目の前には、見慣れたカラナの顔。
机を挟んで、彼女と向き合っている。
……どうやらうつらうつらして、夢を見ていた様だ。
『封印の間』で、サフィリアがヴェルデグリスに触れてから
ベッドの上でうなされる生活を
ここは元老院議事堂。
二人は、その敷地内にある宿舎の一室を借りていた。
同じ建物の別のフロアでは当然、勇者アコナイトや女神ローザが執務を行っている。これまで散々避けて来た元老院の
ヴェルデグリスと接触して以降、次々と舞い戻って来る魔女の記憶に、サフィリアは恐怖を感じたからだ。
眠る
記憶は少しずつ、完全なかたちを取り戻しつつある。
このまま行けば――その内自分は、サフィリアとしての人格を失い、魔女に立ち戻ってしまうのではないか?
そんな恐怖に支配され、サフィリアはローザの
借りている部屋は、ベッドとテーブル、机など基本的なものしか置かれていない簡素な部屋。青色が鮮やかなカーテンの向こうには、テユヴェローズの街並みが
その窓際の机にカラナと向かい合う。
カラナが語ったのは、次なる作戦だった。
「……それでね、アナスタシス教団に持ち去られたフィルグリフを奪還しようと思うの」
フィルグリフとは、例の”
大聖堂での出来事の後、クラルとともにあの場から無くなっていた。
おそらく、逃走したクラルがアナスタシス教団本部へと持ち帰ったのだろう。
残された時間は少ない。
フィルグリフを取り戻し、"
とても重要な事だとは分かっているのだが…………。
「カラナ……」
「ん……?」
説明を中座され、カラナが疑問符を上げる。
サフィリアは、顔を上げてカラナの瞳を見つめた。
「フィルグリフも良いんだけどさ! ……クラルはどうするの? クラルを助けなくちゃでしょ!?」
サフィリアの言葉に、カラナが目を閉じて深くため息をつく。
「サフィリア、気持ちは分かるけれど、今はフィルグリフを取り戻して、”
「でも、クラルだって”
カラナが赤毛の頭をかいた。
分かっていないな、と言う表情でサフィリアを指差す。
「アナスタシス教団には、『ハイゴーレム』の記憶を
「そんな!?」
「……残念だけれど、クラルは今ごろ、”
大きな音を立てて――サフィリアが拳を机に叩きつける!
震える声で、
「それでも、サフィリアは……クラルを取り戻したい……!」
「ダメよ!」
サフィリアが――何よりも取り戻したものを、カラナは否定した……。
「もう時間がないのよ! クラルの記憶はアナスタシス教団にとって必要のないものだけれど、魔女の遺産であるフィルグリフは、やつらにとっても重要なもの。そっちの方が残されている可能性が高いわ!」
「クラルは重要じゃないって言うの!?」
「そんな事、言ってないッ!」
今度は、カラナがイスを蹴って立ち上がる!
両腕を机に叩き付け、サフィリアを上から
「貴女はサフィリアでいたいの!? ……それとも、魔女として処刑されるつもりなの!?」
机に着いたカラナの腕が、わずかに震えている。
カラナの気持ちは分かる。
ずっとここまで、サフィリアの為に戦ってくれたのだ。
それでも――――
「サフィリアは……友達を助けたい」
「……話にならないわね」
頭を下げ、震える声を嚙み殺して――カラナが呟く。
怒りや失望を抑えて、何とか平常心を
姿勢を立て直し、上からサフィリアを見下ろしたカラナは、厳しい視線を送って来る。
彼女に、こんな視線を向けられる事になるとは、思ってもみなかった。
「今日はもうお
淡々と言い放つと、カラナはこちらに背を向け、部屋の出口に向かって行く。
その後ろ姿が、まるで自分と関わりのない他人の様に感じられた。
「カラナはもう……サフィリアの味方じゃないんだね」
ぽつりと口を突いて出た言葉。
「…………」
それに答える事も、振り向く事さえもなく――カラナは部屋の外へと姿を消して行った。
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