6-5:蘇る記憶

――ようやく、ここまで来た!――

――――もう少し……! もう少しです! ―――


 聞き慣れた声が、サフィリアの意識に木霊こだまする!

 その声は今までよりもはっきりと大きく、まるで耳元でささやかれた様に近い!


「まさか……この声は、ヴェルデグリスの中から……!?」

 ヴェルデグリスから流れ込んで来る光の乱流に思考をかき乱されながら、サフィリアはつぶやいた!


 サフィリアの視界が激しく明滅めいめつする!

 意識が覚醒かくせいと消失を繰り返し、とてつもない吐き気が全身を襲う!


 『封印の間』はいろどりを失い、サフィリアの視界が白と灰で塗り潰される。

 色も音も臭いも――何もかもが感じられなくなる。


「え……?」

 色を失った『封印の間』に――サフィリアは立ち尽くしていた……。

「何……? 何が起きたの……!?」

 呆然ぼうぜんと、サフィリアは辺りを見回す。


 カラナの姿も、ヴィオレッタも、背後で彼女を抑えていたクラルの姿すら、消えせている。

 刹那せつな――――!


 サフィリアの周囲を強烈な雷撃が襲う!

「きゃ……ッ!?」

 まばゆい閃光とともに弾けた火花に、サフィリアが悲鳴を上げる!


「何……!?」

 天井を見上げる――――そこには、笑みを浮かべて中空ちゆうくうを舞うローザの姿!

「ローザ様!?」

 ローザの両腕から放たれた強烈ないかづちが、サフィリアを襲う!


「うわあああッ!?」

 咄嗟とつさ錫杖しやくじようを振りかざし、”魔法障壁シールド”を張って防御する!

 雷撃は弾かれて四方に散るが、その圧倒的な魔力を押し返す事が出来できない!

「ローザ様! 何をするの!?」


『知識は貴女あなたの方が上。それは認めましょう』

 返って来たのは――脳に直接響く様なローザの声。

『貴女がおっしゃったことです。魔力はわたくしの方が上だと。

 がらではありませんが、その地力の差で強引に押し返させてもらいます』

 状況をまるで無視した――冷静で冷ややかな口調。


 いや――これはまさか!?

 かつての自分――サイザリスの記憶か!?


「そんな……ッ!?」

 ローザの強大な魔力ちからされ、エネルギーの軌道を、サフィリアは支えきれなくなる。両腕を突き出し、必死に抵抗ていこうする!

『いまです! アコナイト!』

『おおッ!』


 背後から響く、男の声!

 視線を向ければ――紅竜騎士団ドラゴンズナイツ軽装鎧ライトアーマーまとった黒髪の男が、長剣ロングソードを振りかざして斬りかかって来る!


 アコナイト!?


「きゃあああああッ!」

 響き渡るサフィリアの絶叫!

 その細身の身体をロングソードが切り裂く!

 胸から脇腹まで――深く長い裂傷が走り、血しぶきが舞った!


 幻とは思えない激痛が、全身をつらぬく!

『決まった!』

 アコナイトの言葉にうなずき、ローザが一気にちからを込める!


『終わりです! 魔女サイザリス!!』

 咆哮ほうこうとともに、地下の空間に魔力が膨れ上がり――見上げるほど巨大な青白い炎の球体がサフィリアの姿を押し潰す!

 一瞬の収縮をて―――視界を青一色で染め上げる爆炎が炸裂さくれつした!


 皮膚ひふが焼ける! 骨が砕ける! 肉が飛び散る! 血が沸騰ふつとうする!

 連続する強烈な痛みが、小さな少女の身体を甚振いたぶる!


 もはや叫び声さえ上げられず――サフィリアは悶絶もんぜつする。

 やがて、彼女の身体は、『封印の間』の床を突き抜け――深い闇の中へと落ちて行った……!


 ――――これが、魔女の最期さいごの記憶――――。


 ***


「ぎゃあああああッ!」

 ヴェルデグリスに抱き着き、白目をいて絶叫を上げるサフィリア!

 激しく身体を痙攣けいれんさせる彼女を、クラルも抑えきれなくなる!

「く……っ!?」

 ついに――サフィリアを、抑えつけていたクラルが弾き飛ばされ、よろける!


「ちくしょう!」

 唯一出来できスキをついて、カラナは”光鞭プロミネンス”で、クラルの右腕を斬り飛ばす!

 悲鳴を上げて飛び退くクラル!

 彼女の命を奪わず、サフィリアから引きがす唯一の隙だった。


 泡を吹いて倒れ込むサフィリアの元に走り寄り、彼女をかかえる。

「サフィリア! しっかりして……!」

 カラナの腕の中で、サフィリアは顔面蒼白になって震えている。


「何が……見えたのですか!?」

 流石さすがに、この事態は想定していなかったか、ヴィオレッタが青ざめた表情で、サフィリアの横にしゃがみ込む。

「思い出したんだ……」

 思わず顔を見合わせるカラナとヴィオレッタ。


「思い出したって……サイザリスとしての記憶を思い出したの!?」

 カラナの問いに、無言でうなずく。

「……ほんの少しだけど……見えたんだ……。

 サフィリアが……ローザ様にたおされる瞬間が――――!」


「素晴らしい!」

 手を叩いて、ヴィオレッタが立ち上がる!

 こちらに背を向け、大仰おおぎように両腕を広げて声を張り上げる。

「やはり、このヴェルデグリスに触れた事で、サイザリス様のご記憶が戻られつつあるのです! 苦労してここまで来た甲斐かいがあったと言うもの!」


 その隙だらけの背中を”光鞭プロミネンス”で叩き斬ってやろうか、とカラナはにらんだ――が!


「恐れていた事が起きてしまいましたね……」

 背後の入口から、冷たく透き通った声が木霊する。

 全員が、そちらに振り向く。


 そこにたたずむのは、紫がかった赤い髪に、七色のローブをまとった長身の美女。

「ローザ様!?」


 近くの壁にもたれかかっていたクラルが、突如とつじよ現れた竜族ドラゴンの娘に襲い掛かる!


 が、『ハイゴーレム』にかなう訳もなく、ローザが軽くかざした腕から発した衝撃波に打ちのめされ、『封印の間』の壁にめり込むほど叩きつけられる!


「クラル!」

 そのまま腕を伸ばし、クラルの身体を魔力の圧力で圧壊あつかいさせようと押し潰す!


「止めて下さい! ローザ様!」

 カラナの静止に、ローザが腕からちからを抜いた。

 床に落ちたクラルが苦悶くもんうめき声を上げる。


 ローザはゆっくりとヴィオレッタに詰め寄って行った。

「……愚かなことをしたものです」


 ローザのこおる様な眼差しにさらされながら、ヴィオレッタも余裕を失わない。

「一歩遅かったですね、女神ローザ。もはや、事の流れはわたしたちアナスタシスに――」

 その言葉が終わらぬ内に――ローザの突き出した右腕から膨大な魔力があふれ、ヴィオレッタの身体を鷲掴わしづかみにする!


「なッ!?」

 驚愕の表情とともに、ヴィオレッタの身体が凄まじい速度で横っ飛びに吹き飛ばされ、石の壁に叩きつけられる!

 床に崩れ落ちたヴィオレッタは、ぴくりとも動かない。


 いで、その右腕が――サフィリアに向けられる!

「ひっ!?」

 悲鳴を上げて頭をかかえるサフィリア!


「待って――ッ!」

 慌ててカラナは、床にうずくまる少女の盾となって立ちはだかった。

 ローザの金色こんじきの眼が、孫娘を見据みすえる。

「分かっていますね、カラナ?」

 サフィリアに標準を合わせたまま、ローザは静かに呟いた。


「その者は、ヴェルデグリスとの接触を果たしてしまいました。時間とともに記憶を取り戻し、かつての魔力ちからを復活させ様とするでしょう――」

 突き出された手のひらに、漆黒の闇が集中する。

 当たれば空間ごと、あらゆる物体を粉砕する虚無の闇。

「今ここで――仕留しとめなければなりません」


「まだ――約束の時まで、後一週間はあります!」

「ここにいたり、その期間で何が出来できると言うのです?」

「約束は約束です! あたしたちに時間を下さい!」

 自分の声が震えるのが分かる。


「どうしても今ここでサフィリアの首をねると言うならば――――!」

 右腕を振るい、”光鞭プロミネンス”を発現させる!

「あたしは、戦います!」

 しばし二人はにらみ合う。

「…………」


 無音となった『封印の間』に、ローザの生み出す魔力ちからが空間を歪ませる音と、カラナの”光鞭プロミネンス”が火花を散らす音が交差する――。


 やがて――――『封印の間』の扉の向こうから、何人もの足音が、階段を駆け下りて来る音が木霊する。

 すぐに、紅竜騎士団ドラゴンズナイツの騎士たちが、大勢なだれ込んで来た。

 騒ぎを聞いて駆けつけて来たのだろう。


 初めて見る『封印の間』に、彼らは戸惑とまどいながらも、ローザの後ろ姿を認め、片ひざ着いてこうべを垂れる。

「ローザ様、ご無事ですか!?」


 ふっと息を吐いて、ローザが構えを崩す。背後へ首を回し――

「大丈夫です。そこに倒れている者はアナスタシス教団の頭領とうりよう、マザー・ヴィオレッタです。この場所への不法侵入の容疑で――拘束して下さい」


「はッ!」

 ローザの命令に従い、紅竜騎士ドラゴンズナイトたちが手早く作業に取り掛かる。


「……もう一匹には、逃げられてしまった様ですね」

 ローザの言葉に、カラナは初めてクラルの姿が無い事に気が付いた。

 クラルについては、それ以上に言及げんきゆうする事無く、カラナの方へと向き直る。


「分かりました、お好きになさい。

 ですが、その娘と関わっていても、つらい思いをするのは貴女あなただと思いますよ」

 捨て台詞の様に、淡々と呟くローザ。

 七色のローブをひるがえし、階段の方へと背を向ける。


 途中、治療を受けるヴィオレッタに、憎しみのこもった眼差しを向けて――その背中は『封印の間』から消えて行った。


 ため息を吐いて、カラナは”光鞭プロミネンス”を消し去り、ぺたんと座り込むサフィリアの前に腰を落とす。

「大丈夫、サフィリア?」

 カラナの言葉に、サフィリアはうなずく。


「カラナ……サフィリアは、魔女に戻っちゃうの……?」

 震えながら涙を流す少女に、返す言葉もなく――カラナはただ、サフィリアの身体を抱き寄せた。

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