第七章「別れの時」

7-1:サフィリアの選択

 カラナは大きく、気持ちを落ち着かせる様にため息を吐いた。


 自分が借りている、元老院議事堂の客室に戻り、乱暴にドアを閉める!


 普段使われていない、こざっぱりとした部屋。

 ベッドとテーブルに椅子、そして小さな机があるばかりの簡素な造り。

 置かれた家具はどれも高級品ぞろいだが、宿屋の様なおもてなし精神皆無かいむ無骨ぶこつな造りに窮屈きゆうくつさを覚える。


 部屋のすみの机に座り、カラナは引き出しから書類を引っ張り出した。

 今回の一件に関する資料ものではない。

 四日後に迫った戦勝記念日の特別警備概要がいようだ。


 机に広げた資料に目を落とし、頬杖を付いて目を通し始める。

 戦勝記念日には、多くの人が首都テユヴェローズに詰めかける。混乱を避ける為、共和国各地の国家防衛騎士軍グランド・アーミー、警察、そして紅竜騎士団ドラゴンズナイツから臨時警備兵がつのられる。


 カラナも、そもそもはこの為に首都へやって来た。

 そのハズだが、まるで身が入らず、背もたれにもたれかかって背伸びをする……。


 閉まりかかっていた水色のカーテンを押し広げ、窓から外を見やる。

 眼下に広がる街並みも、そこかしこでパレードの準備が進んでいた。

 メインゲートの前は、大きな演壇えんだんが組み立てられている最中さなかである。

 あそこで女神ローザが演説を行うのが、毎年の恒例こうれい行事となっていた。

 本人はあまり興味がない様だが……。


 気を取り直して、書類に向かう。

 必死に文字や警備経路の図に目を通し、指で筆を回して集中しようとするが、どうにも気が向かない。


「……散歩にでも行ってこよう」

 イスを蹴り、カラナは部屋を出た。

 部屋を出て通路を突き当たった先に、階下への階段がある。

 ぼんやりしながら、階段を降りて行く。

 カラナを見掛け、敬礼をする警備兵セキュリティガードに気の抜けた返礼をしながら、ふとハッとする。


 彼女の脚はいつの間にか、サフィリアの部屋へと向かっている……。


 サフィリアの事は、自分が一番良く分かっていると思っていた。

 しかし今は……同じフロアに部屋を取らない程、お互いの距離が離れてしまっている。


「……今日はもう、顔を合わせない方がいいわ……!」

 自分に言い聞かせる様につぶやき、振り向いて中庭へ抜ける入口へ向かう。


 外の天気は間の抜けた様に晴れ渡り、しおの香りをまとった海風が山に向かって心地よく吹き上げている。

 カラナは、中庭のすみにある展望台へと向かった。


 元老院議事堂は、街の一番高い場所に陣取り、展望台からその街を一望いちぼう出来できる。

 季節は深緑しんりよくの時期を迎え、中庭には青々としげる様々な植物。

 展望台の鉄柵フエンスさえぎられた向こうには、街の全景に加えみ切った抜ける様な青空と、視界いっぱいに広がる紺碧こんぺきの海が広がっていた。


 様々は”青”に囲まれて、カラナは深呼吸した。

 元老院の敷地内ではあるが、本館の役所ぜんとした無骨な空気からも、街の雑踏ざつとうからも解放される、中々の隠れた名所である。


 彼女以外には、この展望台を訪れている者はいない様だった。

 役所の人間には、逆にこう言う空気が肌に合わないのかも知れない。


 鉄柵フエンスにもたれかかり、ぼんやりと風景をながめる。

 海の上を往来おうらいする大小様々な船。

 ふと、一隻いつせきの大きな貨物船が目に留まる。


 商会の紋章が白抜きで描かれたくれないの帆をひるがえす大型船。

 レッドベリル魔導石製造商会ベンダーズの貨物船だ。

 ちょうど、輸入品を積み下ろし、沖合おきあいへ出て行くところだろう。

 その姿がだんだんと小さくなり、海のあおに飲まれて行く。


 つい最近も、どこかでレッドベリルの商船を目にした気がするが何処どこだったか……?

 思い出せない。


 誰もいない展望台で、カラナは海風に吹かれ――ひとり取り残された様な気分におちいっていた。

 その背後に――彼女を見つめるローザの姿があった……。


 ***


 カラナが去ってしばらくし、ようやくサフィリアはゆっくりと立ち上がった。

 テーブルの一点を見つめた視界がにごって行く。

 頬を涙がいくつもつたった。


 開いた窓の外――青いカーテンの向こうから、賑やかな市井しせいの声が響いて来る。

 戦勝記念日まで後四日。

 その準備に向け、街はにわかに活気付いていた。


 それは――サフィリアとローザとの約束の期限でもあったが……。


 クラルか、フィルグリフか……。

 カラナがサフィリアに突き付けた天秤てんびんは、彼女にとってどちらにもかたむがたいものだった。

 だが、どちらかは選ばなければならない。それは、彼女にも分かっていた。

 二兎にとを追う時間的な余裕はもはや残されていない。


 もし、カラナの言う通り、クラルがもう自分たちの事を覚えていないのだと言うのなら……

 もう自分の下へ戻って来てはくれないのだと言うのならば……


 その確証が欲しい。そうすれば、諦められる。


「……アイツに聞いてみるしかないか」

 深くうなずいて、サフィリアは開けっ放しになっている部屋の扉を見据みすえた。


 向かう先は、同じ元老院の敷地内に併設へいせつされた紅竜騎士団本部ドラゴンズホーム。その地下牢だ。

 元老院の本館と同じく時代を感じさせる古めかしい建物に、カラナと同じ軽装鎧ライトアーマーまとった紅竜騎士ドラゴンズナイトたちが大勢働いている。


 特に一般人の立ち入りが禁止されている施設ではないが、それでも部外者がウロウロするのははばかられる場所である。

 しかしサフィリアは――カラナの連れている子ども、と言う事もあってか、周囲の人間が特に口出しして来る事もなかった。

 出来できなかった、と言った方が正しいかも知れない。

 女神ローザの孫娘、と言うカラナの威光いこうは、そう言う意味では便利だった。


 特に呼び止められる事もなく――サフィリアは、地下牢へと足を運び、ひとつの牢の前で立ち止まる。

 ランプに照らされた薄暗い鉄格子てつごうしの向こうに――ヴィオレッタの顔があった。

 簡素な木のテーブルに向かって、何やら本を読んでいる。


「ああ……これは驚きでございます。まさかサイザリス様のご面会をいただけるとは……!」

 鉄格子の向こうから聞こえて来たヴィオレッタの声に、サフィリアはむっとした顔をする。

 手足を拘束され、すべての魔導石を没収されて無力化されていてもなお――ヴィオレッタの余裕に満ちた声に変化はない。

 変化がなさ過ぎて清々すがすがしい程だ。


「何か御用ごようでしょうか?」


 クラルの事なんだけど! ――と、口を突いて出かけた言葉を飲み込む。

 あまりがっつけば、こちらがヴィオレッタの情報を頼りにしている事をさとられ、足元を見られかねない。

 つとめて平静をよそおい、サフィリアはなるべく淡々と質問した。


「サフィリアたちが”クラル”って呼んでいた『ハイゴーレム』の事なんだけれど」

「ああ! ……あの『ハイゴーレム』の事でございますね。あれが何か……?」

あれ、、ってどうなったの?」


 サフィリアの問いに、ヴィオレッタが瞳を閉じてくすっと笑う。

「今ごろは、アナスタシス教団の本部にて本来の任務に戻っている事でしょう。

 サイザリス様は、あの『ハイゴーレム』の事がご心配なのですね?」

「…………」


 いくら平静を装っても、この女を相手に隠し通す事は難しい。

「任務って……教団本部のお掃除か何かかな?」

「いいえ……」

 話をらすつもりで適当に投げかけたサフィリアの言葉――――

「サイザリス様も良くご存知のハズでは?」

「ん?」

 ぱたんと読んでいた本を閉じ、ヴィオレッタがサフィリアに近寄る。

 腰を下ろして、口に手をえる。まるで秘密の話をする様に……。


「お忘れですか? あの『ハイゴーレム』が最初にこなしていた任務を……」

「!?」

 サフィリアが息を飲む!


 脳裏に浮かんだのは――燃え上がる農村の光景!


「あの『ハイゴーレム』の本来の任務は――コラロ村の殲滅せんめつでございます」

 サフィリアの言葉は、事態をより深刻な方向へと動かしていた。


 ***

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る