6-2:合流

 おそらく、四日は経過しただろう。

 ヴィオレッタの一行いつこうは、深夜のテユヴェローズに到着していた。


「いま、どの辺りにいるの?」

「まもなく大聖堂に到着いたしますわ」

 サフィリアの問いに、簡潔かんけつに答えるヴィオレッタ。


 ずっと馬車の荷台に監禁され続けているため、正確な状況は分からないが、一行はかなりの山道さんどうを通って来た様である。

 ヴィオレッタの言っていた通り、テユヴェローズの北側の山岳地帯を迂回うかいし、まったく逆の東側――つまりはコラロ村方面から首都に入った、と言う事だ。

 サイザリスの魔導研究所マジツクベースに向かった時より時間を要してるのは確実である。


 カラナたちが一日遅れで追跡を開始しても、充分追いつく余裕があっただろう。

 ヴィオレッタもそれを意識してか、時間がつにつれ表情に警戒心が浮かぶ様になった。


 間もなくして、荷台に伝わっていた振動が止まる。

 スッとヴィオレッタが立ち上がった。

「着きましたわ」

 サフィリアの横に移動してうやうやしくひざまづき、手を差し伸べて来る。

「自分で歩けるからいいよ!」


 無用な心遣いをきっぱり突き放し、サフィリアは荷台の外に飛び降りた。

 周囲にはシスターと『ゴーレム』が、合わせて二十人ほど。一度逃げようとしたせいで、周りをがっちり固められている。

 彼女の錫杖しやくじようを手にした『ゴーレム』の位置を、視線だけで確認する。


 見上げれば、頭上に大きな満月が煌々こうこうと輝いている。

 クラルがアナスタシス教団に忍び込み、”フィルグリフ”を盗み出したのが新月の夜なので、その日からまる二週間経過したと言う事だ。


 ローザとの約束の日――戦勝記念日まで、あと一週間ほどに迫っている。

 何としてもこの窮地きゆうちを脱しなければならない。


 荷台から、遅れてヴィオレッタが下りて来た。

 サフィリアの満月を見上げる素振りを、大聖堂を見つめていると勘違いしたか、彼女はそちらの方を見やる。

 両脇を森で囲まれた、石階段の先に見える荘厳そうごんな大聖堂。

 逆側には漆黒の海に向かってなだらかに広がるテユヴェローズの街並みが広がる。深夜と言う事もあって市井しせいの明かりはぽつぽつとともっている程度だ。


「参りましょう」

 先導するヴィオレッタにうながされ、シスターたちに囲まれて階段を登った。

 風の音が交差する空間に、彼女たちの足音が木霊こだまする。


 サフィリアは、大人おとなしくヴィオレッタの背中を追いながら、慎重に脱出の機会をうかがっていた。そのヴィオレッタの背中が唐突とうとつに歩みを止める――。

「待ってたわよ」

 疑問符を上げるより先に響く、聞き慣れた声。


「カラナ!」

 ヴィオレッタの背中越しから大聖堂前の広場をのぞき込む。

 大聖堂の入口の前にたたずむよく知った顔――カラナの姿があった。その背後に、クラルも控えている!


 良かった! 無事だった!


「遅いご到着じゃない、マザー・ヴィオレッタ? 途中で何かあったかしら?」

 やはり紅竜騎士団ドラゴンズナイツの検問は、彼女の工作だったのだ。

 こちらが迂回しているあいだに、追い越し待ち伏せしていたのだろう。


 ヴィオレッタがローブの下からレイピアを引き抜く。

「よくぞ追いついて来ました」

 風を切る音を立てて、レイピアを振るう。

細切こまぎれにしてあげた心臓はしっかり動いているようですね?」

「おかげさまでね!」

 ぽんっと自分の胸をこぶしで叩くカラナ。

「では、二度目の手心はありません。今度はえぐり出してさしあげましょう」


 ヴィオレッタが左腕で合図を送る。

 それにこたえ、シスターと『ゴーレム』たちが半円形に散開し、カラナとクラルを囲む。

 サフィリア自身は、シスターの一人に後ろから拘束され、身動きが取れない。


 しかし――この時を待っていた、、、、、、、、、


 横に立つ、サフィリアの錫杖を手にした『ゴーレム』に、にっこりと笑って語り掛ける。

「ね? それ、サフィリアに返して?」

「……分かりました」


 ひざまずき、素直に錫杖を差し出す『ゴーレム』。

「な……何をッ!?」

 想定外の事態に驚愕の声を上げるシスターだが、ひたいを錫杖の魔導石に近づけたサフィリアの詠唱はすでに終わっている!


てつけッ!」

 魔力で造り出した冷気が細かい氷のつぶてと烈風となって全方位に拡散する!

 腕を拘束されている為、コントロールが効かないが、これで充分。


「きゃああッ!」

 至近距離から顔面を超低温の烈風にさらされ、悲鳴を上げてシスターが倒れ伏す!


「!?」

 ヴィオレッタが流石さすがに驚いた表情でこちらに振り向いた。

 すでにサフィリアは氷の結晶で手足を拘束していた鎖を圧壊あつかいさせて、自由を取り戻している。


「ありがとね」

 こうべれている『ゴーレム』に礼を言って、手にした錫杖を振った。

 残った冷気の残りが、周囲に風となって拡散する。


「……感情抑制マインドコントロール……ですか……」

 ようやく種に気付いたヴィオレッタ。

 ました表情は変わらないが、声には面倒くさそうな感情がこもっている。


 数日前に道中どうちゆうで乱闘したり――首を絞めて来たこの『ゴーレム』に、一瞬のスキを突いてサフィリアが感情抑制マインドコントロールを上書きしたのだ。

 もちろん、以前にクラルの感情抑制マインドコントロールを解いて、その暗号化プロテクトを解読していたから出来できた事だ。


 『ゴーレム』を精神支配して強引に動かすこのやり方は、あまりこのましくなかったが、窮地きゆうちを脱する為、むを得なかった。


「形勢逆転……だね?」

「果たして、そうでしょうか?」

 向き直り、サフィリアと正対するヴィオレッタ。

 自身が直接相手をすると言う意思の表れか?


貴女あなたたちは、カラナとクラル『ハイゴーレム』を始末なさい!」

 シスターたちに指示を出す。

 それにこたえ、彼女たちがカラナとクラルに一気に距離を詰めて行った!


 そう言うつもりであれば、先手必勝!

 “マギコード”を組み上げ、数十発の氷弾を周囲に生み出し滞空させる。

「行けッ!」

 サフィリアの意思に従って、氷のつぶてがヴィオレッタを襲う!


 ヴィオレッタが小さく唇を動かす動作が見て取れた。

 同時に彼女が身に着けた銀細工アクセサリーの魔導石が一斉に青白く光り、鳴動めいどうを始める!

「え!?」


 サフィリアの疑問符を他所よそに、ヴィオレッタは深く腰を落とし――格闘家めいた身のこなしで空中に飛び上がると、腕と脚を振るう動作で氷塊の直撃弾をすべて弾き飛ばした!


 的を外した氷弾はもちろん、弾かれた氷弾がことごとく地面に突き刺さり、激しい衝突音の連打とともに土煙を上げる!

 あとには――上品な仕草で銀髪をかき上げるヴィオレッタの姿。

「本来の実力には程遠い様ですね、サイザリス様?」

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