第六章「引き裂かれる者たち」
6-1:大聖堂へ向かう
――早く! 早く来て!――
――――わたしを、解放して――――
相変わらず、眠れば聞こえて来る"声"に
「サフィリアをどうするつもり?」
馬車に揺られながら、サフィリアは同乗するヴィオレッタを
涼しい顔で、本を読みふけっている彼女は気が付かなかった様だ。サフィリアの耳につけたイヤリングの宝石が――淡い光を放っていた事に。
サイザリスの
乗っているのは、この二人だけ。サフィリアとヴィオレッタのみ。
他のシスターは馬にまたがり、その周囲を『ゴーレム』が警戒する陣容だ。
「大体さ、サフィリアの事を
それだけではない。
これでは、どの辺りを進んでいるのか見当もつかなかった。
「大変心苦しく思っております。抵抗なさらなければ、
ヴィオレッタの声が聞こえて来る。相変わらず余裕に満ちた口調だ。
「サイザリス様には、テユヴェローズへ戻りヴェルデグリスに触れていただく
「触ったって、”
サフィリアの言葉にくすっと笑う声。
「
言ってヴィオレッタがサイザリスの
当然断ったが……。
「女神ローザから聞かされてはいないでしょうか?
わたしたちの考えでは、完全とは言えずとも、魔女により近い存在へ戻られると確信しております」
ヴィオレッタの言葉に、サフィリアは寒気を覚えた。もし、そうなったら自分はどうなるのだろう?
カラナやクラルと一緒にいた記憶も無くなってしまうのだろうか?
「……カラナは……どうしたのさ?」
聴きたくはなかったが、ふと脳裏に浮かんだ彼女の顔を見て、問わずにはいられなくなった。
自分が人質に取られた後、優勢に闘えた
「さぁ? わたしの剣で胸を串刺しにしてさしあげましたわ」
さらりとした口調で応えるヴィオレッタ。
目を閉じて、唇の端を血が噴き出すほど強く噛み締める。
「……魔女の
ヴィオレッタを、これ以上にない憎悪で
しかし、そんなサフィリアの怒りもヴィオレッタはどこ吹く風でかわす。
「ご心配には及びません。
何を言っても、どれだけ感情をぶつけても、この女には響かない様である。
ヴィオレッタとの
失望に捕らわれて、思考を停止させてはならない。
ヴィオレッタの手から自力で逃れる手段を
まずそのカラナだが、クラルが
例え致命傷を負わされたとしても、クラルが回復出来る筈だ。
ヴィオレッタも想定しているだろうから、魔法で回復できるレベルの傷で済んでいるかどうかだが……。
クラルやリリオが使う
通常では決して治せないケガはもちろん、絶命してしまった者でさえ、早く手を
しかし、そこには限界もある。
命が消えてからある程度時間が
どんな強力な
変わり果てた姿のカラナを想像して、サフィリアは頭を振る。
こんな事を考えても意味は無い。彼女はきっと
後は、追いついて来られるかどうかだが……。
やはり自分で現状を打開しなければならない。
ちらりとヴィオレッタを見やる。
彼女はと言えば、本の続きを読んでいる。
白く手入れの行き届いた肌を
長く滑らかな銀髪にも銀製の髪留めを
あの宝石すべてが魔導石だろうか?
だとすれば、
対するサフィリアはと言えば、唯一の武器である
やはり、素手でヴィオレッタに立ち向かうのは不可能だ。
何とかして錫杖を取り戻さねばならない。
ちらりとカバーの
どうやら森の中を歩いている様だ。
馬車に同調して歩く馬に乗ったシスターと、その馬を引いて歩く『ゴーレム』の姿も
馬車の振動が
カバーがまくられ、シスターが一人、馬車に飛び込んで来る!
「わっ!?」
彼女と目が合い、思わず
シスターも驚いた表情をしたが、すぐに顔を
しかし、これは
シスターがカバーをめくった瞬間、はっきりと目にした。
どうやら、処分されてはいなかった様だ。
だが、ここからでは距離が遠すぎて、魔導石に
「どうしました?」
ぱたんと本を閉じ、ヴィオレッタが視線を手元に落としたままシスターに問う。
シスターが
「
「
「はい。
初めて、ヴィオレッタが想定外と言う
どこかで聞いた話だ、と思いつつもサフィリアとその思考を頭から捨て去った。
今やるべき事はひとつだけだ!
一瞬の
「しまった!」
ヴィオレッタの声が響く!
馬車の後ろに続いていたシスターたちの隊列をすり抜けて走る!
もちろん、足首に重い鎖の
――だが、それで充分だ!
狙いは、『ゴーレム』の手にした自分の錫杖!
体当たりを見舞い、転倒した『ゴーレム』から錫杖を奪い取る!
「やった!」
「
馬車の中からヴィオレッタが叫ぶが遅い!
「
サフィリアの
馬車の帆を突き破って、氷弾の雨が撃ち込まれる!
激しい連打音が響き渡る! ――筈だった。
馬車に飛び込んだ氷弾が、再び帆を突き破ってあらぬ方向へと飛散する!
「えッ!?」
わずかに間を置いて、荷台の暗がりからヴィオレッタがゆっくりと姿を現す。
当然とばかりに傷一つ負っていない。
全弾を防いだと言うのか!? あの狭い空間で!?
追撃の構えを取るサフィリア。だが――!
背後から伸びた二本の腕が、彼女の首にかかる!
「がはッ!」
“マギコード”の詠唱中に
錫杖を奪われた『ゴーレム』の反撃だった。
そのままサフィリアの身体を地面に押し倒すと、『ゴーレム』が馬乗りになって、その細い首筋を圧迫する!
「く……ッ!」
錫杖の先端を『ゴーレム』の顔に向け反撃を
先端の魔導石がわずかに碧く輝くが――やがて、その腕からちからが抜け、錫杖は音を立てて地面に転がった。
首を圧迫され、息が出来ない!
脳への血流も
「がは……ッ!」
耐え切れず、サフィリアは胃の中の物を吐き出す!
『ゴーレム』の腕を掴み引き
「お
ヴィオレッタの怒声が響き、『ゴーレム』がようやく手を離した。
「げほッ……!」
「何と言うことを!」
乾いた音を立てて、ヴィオレッタが『ゴーレム』の頬を張り倒す!
「サイザリス様を馬車へ!」
ヴィオレッタの指示でシスター二人がサフィリアの身体を抱き起す。
両脇を
荷台に寝かされ、潰された気管にどうにか空気を送ろうと胸を上下させるサフィリアの耳に、ヴィオレッタの指示する声が届いた。
「サイザリス様をお連れした状態で
これはカラナの
何らかの方法で
「絶対助けてくれる……!」
小さな笑みを浮かべ、サフィリアは意識を失った。
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