5-4:暴走

 映像に見入る三人。


 記録はその後、孫娘の落命をなげくサイザリスの姿に続く。


 怒りと悲しみの矛先はアプリコットの命を奪ったマークに向くが、その後の映像では、彼のことはまったく言及されない。恐らく事態を受けて雲隠れしてしまったものと思われる。


 時間が進むにつれ、サイザリスの様子は明らかにおかしくなって行く。


 研究室で何やら実験にいそしむ姿が延々と映し出されるが、何をやっているのかはまったく分からない。

 かろうじて何か粘土の様なものに魔導石を埋め込み、”マギコード”を唱えては失敗する――そんなことをかれこれ十年以上繰り返していたのは分かる。


 以前、学校で学んだ話では、サイザリスが危険な実験に手を染め、元老院から追放されたのは、この辺りの時期だ。


 様子に変化が現れたのは、十年程時間が進んだ頃――。


 新しく再生された映像は、変わらず研究室の中のものだった。ただしアングルが変わり、カウンターの上に魔導石が移動した様だ。


 映像の端から、ローブをまとった魔導師が現れる。

 白髪の老婆――かと思いきや、そこには妙齢みようれいの女が映っていた。三十代なかばくらいと言った整った顔立ちの知的な女。くせのある金髪を後ろでまとめポニーテールにしている。


 サフィリアがもう少し歳を取ればこんな感じの顔立ちになるだろうか?

 そんな雰囲気を纏った女。


『ここまで来るのに十年の月日をついやした――』

 姿かたちこそ違えど、その声はサイザリスの声だ。

 もちろんしわがれた声も、年相応そうおうに若返っている。


『今日こそは――完成させる……!』


 そう言って魔導石の視界をすこしずらす。

 その先には天井から釣られた何かの塊が映った。

 布で巻きにされた人の形をした物体もの――それは、大人おとな程の大きさがある。

 至る所から謎の液体が染み出し、ぽたぽたとしずくが落ちている。


 この物体がふたつ、天井から腕を縛られた様なかたちで吊るされていた。

 一度映像から姿を消したサイザリスが、一つの箱を持って再び姿を現す。

 金属製のそこそこ大きな箱だ。音からすると中身は液体か?

 上蓋うわぶたを開け、箱の中に手を入れる。

 つかまれて出て来たものは――人の髪の毛だった。それも、どこかから生えている、と言った風である。


 箱の中身を想像し、カラナは吐き気を覚えた。

 取り上げた髪の束をナイフで切り取る。

 そのナイフで今度は、”人形”の腹を裂く。

 切り口から濁った液体が噴き出すが、構うことなくサイザリスは、手にした髪の毛ごと腕を突っ込んだ!


 肉が裂けねじれる音を立て、しばらくしてサイザリスが腕を引き抜く。

 さらに、一粒の魔導石を手にし、”マギコード”を詠唱しながら、それを”人形”のひたいに埋め込んだ。


『さぁ――どうじゃ!?』

 サイザリスが叫ぶ。


 ここまでくれば、これが何の実験なのかは分かった。

 布に巻かれた肉がうごめき、塊としか言いようのなかったそれが、形を変えて徐々にしなやかな女の身体を形作る。


 体形の変化にともない、巻かれていた布は緩まって床に落ち、顔に当たるパーツには、アプリコットの顔が再生されつつあった。

 やがて――爆発に巻き込まれ、頭部だけになったはずの孫娘の姿が再生される。


『……今度こそ……成功か……!?』

 サイザリスの息を飲む音が聞こえる。

 だが――――

 彼女の期待に満ちた声を裏切り、孫娘の姿をした肉塊が崩れ始める!

 下腹部が裂けて下半身が床に崩れ落ち、吊っていた両腕がひじ辺りからもげる。

 下半身に続いて床に落ちた上半身は頭から衝突し、軽い音を立てて破裂した。


『…………』

 沈黙が広がる。


「う……!」

 ここまで映像を見ていたクラルが、口元を手で押さえてった。

「クラル!」

 床にひざをつき、吐いてしまう。

「大丈夫、クラル!?」

 サフィリアが近寄り、クラルの背中をさする。

「……申し訳ありません。これ以上は…わたし…見てられない……!」

「無理しないで。サフィリア、クラルを映像が見えない部屋のすみで休ませて」

「分かった」

 サフィリアの肩を借り、クラルは苦しそうに部屋を奥に座った。

 脚をすぼめ、頭をその間に隠して両耳を手でふさぐ。

 肩が小刻みに震えている様だ。


「カラナ! あんまり長く見ていられないよ」

「そうね……つい見入ってしまったけど……」

 映像に目線を戻すと、サイザリスが半狂乱になって崩れ落ちた肉塊に八つ当たりしているところだった。


『なぜじゃ! なぜうまく行かぬ!? なぜ、わらわの孫娘はかえってこないのじゃ!?』

 息が切れるまで叫び、肩を大きく上下させて――しばし時間を置くと、サイザリスはおもむろに自身の金髪をナイフで切り取り、同じ様に残されたもう一つの肉塊に埋め込んだ。


 魔導石を再び肉塊の頭部に埋め込む。

 ただ先ほど、アプリコットを再生しようとした時とは違い、淡々と冷静に作業を進めている様に見える。

 やがて、同じように変形した肉塊は、サイザリス自身の姿を映し出す。サイザリスの髪を媒介にしたのだから当然の結果だろう。


 天井から吊ったロープをほどき、裸の自身の人形を床に立たせる。先ほどの様に崩れ落ちる気配はない。

『おのれ……自分自身ならばこうも簡単に成功するのに……!

 血を分けた孫娘とは言え他人――しかも既にこの世にいない人間を再現するのが、ここまで難しいとは…!』

 腕を振るって自身の人形を殴り倒す。


「カラナ! もうこんなの飛ばそうよ! クラルがかわいそうだよ!」

「そうね!」

 リストに戻り、先へと進めて行く。

 だが、詳細な研究記録はその後もかなり長く続いており、中々目当ての項目を探し出せない。


「止めて!」

 スクロールする文字の羅列られつ凝視ぎようししていたサフィリアが、ストップをかけた。

「何か見つかった!?」

「少し戻して!」

 言われた通りにリストを少し前に戻すと、少女は「これだ!」と言って指をひとつのリストに押し当てた。


 映像が空間に投影される。

 映っている場所は相変わらずこの研究室。

 だが、その部屋の中央に置かれている巨大な結晶体は――――!?

「ヴェルデグリス!!」

 間違いない。色こそ無色透明だが、大聖堂の地下でローザに見せてもらったヴェルデグリスそのものである。


 これはビンゴだ!


『……この魔導石。確かに預かった』

 映像の中から聞こえて来たのは、サフィリアの声。ほぼ同時に画面外からサフィリアが姿を現す。

「サフィリアだ!?」

 驚きの声を上げるサフィリアだが、これは違う。


「いいえ、こいつはサイザリスよ」

 改め姿を見せた魔女は――ある意味で良く見慣みなれたものへと変化していた。


 彼女に続いて、漆黒のローブをまとった背の高い人物が映る。

『大切に扱っておくれよ? そいつをチャロ・アイアからここまで運ぶのに苦労したんだから……』

 ローブの人物が静かに語る。声色こわいろからすると男か?


『恩にきるぞアデルよ。これであの憎き女神ローザを封じることができよう。』

『そのあかつきには、君がこの共和国くにあるじになるわけだね? 宿願叶ったら是非ぜひ今後も取引を続けてもらいたいなぁ……』

『考えておこう』

 アデルと呼ばれたこの男は、魔導石の密売人……と言ったところか?

 いずれにしても、この映像とて二十年以上昔の話である。

 今の時代に関わる人間ではあるまい。


『一応、魔導石の扱い方を教えておくよ』

素人しろうとの貴様に教わるとは、わらわもやきが回ったものじゃ』

『まあ、そう言わないで、万が一暴走とかした時の為に、必要だろう?

 ――"解放の言葉マギコード"と"破壊の言葉エンバーコード"が……』


「来たッ!」

 サフィリアが身を乗り出して魔導石に顔を寄せる。

 カラナも大きくうなずく。


 ついに必要な情報に辿たどり着いた!

 これで、すべてがそろう!


 高揚こうようする気持ちをおさえきれず、映像を投影している魔導石に自身の顔が映り込む程、身を乗り出す――その魔導石に、真っ青な光が反射する!


「サフィリア、危ないッ!」

 咄嗟とつさにサフィリアの身体をかかえ込み、カラナはその場にしゃがんで身を守った!


 彼女たちの頭上をいかづちいばらが横にぎ――間を置いて爆発を起こした!

 いかづちは研究室を走り抜け、置かれた金属の器具に反応してまばゆい火花を散らす!


「きゃあああッ!?」

 何が起こったか分からず、サフィリアが悲鳴を上げる。


 巻き起こった煙の中、カラナはようやく頭を上げて周囲を見回した。

 地下室の壁には大きな亀裂が走り、テーブルもカウンターも、何もかもが薙ぎ飛ばされ、変形している。


「まさか、ここに自らやって来られるとは……驚きました!」

 煙の向こう――入口の方向から聞こえる落ち着いた女の声。


 カラナとサフィリアは体勢を立て直し身構える。

 石畳を踏む足音とともに、煙幕の中から現れた銀髪の女――


「やれやれ……映像に夢中になって、忘れていたわ……あんたがいるってこと……」

 銀髪の女――マザー・ヴィオレッタがくすっと笑う声が聞こえた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る