5-4:暴走
映像に見入る三人。
記録はその後、孫娘の落命を
怒りと悲しみの矛先はアプリコットの命を奪ったマークに向くが、その後の映像では、彼のことはまったく言及されない。恐らく事態を受けて雲隠れしてしまったものと思われる。
時間が進むにつれ、サイザリスの様子は明らかにおかしくなって行く。
研究室で何やら実験にいそしむ姿が延々と映し出されるが、何をやっているのかはまったく分からない。
以前、学校で学んだ話では、サイザリスが危険な実験に手を染め、元老院から追放されたのは、この辺りの時期だ。
様子に変化が現れたのは、十年程時間が進んだ頃――。
新しく再生された映像は、変わらず研究室の中のものだった。ただしアングルが変わり、カウンターの上に魔導石が移動した様だ。
映像の端から、ローブを
白髪の老婆――かと思いきや、そこには
サフィリアがもう少し歳を取ればこんな感じの顔立ちになるだろうか?
そんな雰囲気を纏った女。
『ここまで来るのに十年の月日を
姿かたちこそ違えど、その声はサイザリスの声だ。
もちろんしわがれた声も、年
『今日こそは――完成させる……!』
そう言って魔導石の視界をすこしずらす。
その先には天井から釣られた何かの塊が映った。
布で
至る所から謎の液体が染み出し、ぽたぽたと
この物体がふたつ、天井から腕を縛られた様なかたちで吊るされていた。
一度映像から姿を消したサイザリスが、一つの箱を持って再び姿を現す。
金属製のそこそこ大きな箱だ。音からすると中身は液体か?
箱の中身を想像し、カラナは吐き気を覚えた。
取り上げた髪の束をナイフで切り取る。
そのナイフで今度は、”人形”の腹を裂く。
切り口から濁った液体が噴き出すが、構うことなくサイザリスは、手にした髪の毛ごと腕を突っ込んだ!
肉が裂けねじれる音を立て、しばらくしてサイザリスが腕を引き抜く。
さらに、一粒の魔導石を手にし、”マギコード”を詠唱しながら、それを”人形”の
『さぁ――どうじゃ!?』
サイザリスが叫ぶ。
ここまでくれば、これが何の実験なのかは分かった。
布に巻かれた肉が
体形の変化に
やがて――爆発に巻き込まれ、頭部だけになったはずの孫娘の姿が再生される。
『……今度こそ……成功か……!?』
サイザリスの息を飲む音が聞こえる。
だが――――
彼女の期待に満ちた声を裏切り、孫娘の姿をした肉塊が崩れ始める!
下腹部が裂けて下半身が床に崩れ落ち、吊っていた両腕が
下半身に続いて床に落ちた上半身は頭から衝突し、軽い音を立てて破裂した。
『…………』
沈黙が広がる。
「う……!」
ここまで映像を見ていたクラルが、口元を手で押さえて
「クラル!」
床に
「大丈夫、クラル!?」
サフィリアが近寄り、クラルの背中を
「……申し訳ありません。これ以上は…わたし…見てられない……!」
「無理しないで。サフィリア、クラルを映像が見えない部屋の
「分かった」
サフィリアの肩を借り、クラルは苦しそうに部屋を奥に座った。
脚をすぼめ、頭をその間に隠して両耳を手で
肩が小刻みに震えている様だ。
「カラナ! あんまり長く見ていられないよ」
「そうね……つい見入ってしまったけど……」
映像に目線を戻すと、サイザリスが半狂乱になって崩れ落ちた肉塊に八つ当たりしているところだった。
『なぜじゃ! なぜうまく行かぬ!? なぜ、わらわの孫娘は
息が切れるまで叫び、肩を大きく上下させて――しばし時間を置くと、サイザリスはおもむろに自身の金髪をナイフで切り取り、同じ様に残されたもう一つの肉塊に埋め込んだ。
魔導石を再び肉塊の頭部に埋め込む。
ただ先ほど、アプリコットを再生しようとした時とは違い、淡々と冷静に作業を進めている様に見える。
やがて、同じように変形した肉塊は、サイザリス自身の姿を映し出す。サイザリスの髪を媒介にしたのだから当然の結果だろう。
天井から吊ったロープをほどき、裸の自身の人形を床に立たせる。先ほどの様に崩れ落ちる気配はない。
『おのれ……自分自身ならばこうも簡単に成功するのに……!
血を分けた孫娘とは言え他人――しかも既にこの世にいない人間を再現するのが、ここまで難しいとは…!』
腕を振るって自身の人形を殴り倒す。
「カラナ! もうこんなの飛ばそうよ! クラルがかわいそうだよ!」
「そうね!」
リストに戻り、先へと進めて行く。
だが、詳細な研究記録はその後もかなり長く続いており、中々目当ての項目を探し出せない。
「止めて!」
スクロールする文字の
「何か見つかった!?」
「少し戻して!」
言われた通りにリストを少し前に戻すと、少女は「これだ!」と言って指をひとつのリストに押し当てた。
映像が空間に投影される。
映っている場所は相変わらずこの研究室。
だが、その部屋の中央に置かれている巨大な結晶体は――――!?
「ヴェルデグリス!!」
間違いない。色こそ無色透明だが、大聖堂の地下でローザに見せてもらったヴェルデグリスそのものである。
これはビンゴだ!
『……この魔導石。確かに預かった』
映像の中から聞こえて来たのは、サフィリアの声。ほぼ同時に画面外からサフィリアが姿を現す。
「サフィリアだ!?」
驚きの声を上げるサフィリアだが、これは違う。
「いいえ、こいつはサイザリスよ」
改め姿を見せた魔女は――ある意味で良く
彼女に続いて、漆黒のローブを
『大切に扱っておくれよ? そいつをチャロ・アイアからここまで運ぶのに苦労したんだから……』
ローブの人物が静かに語る。
『恩にきるぞアデルよ。これであの憎き女神ローザを封じることができよう。』
『その
『考えておこう』
アデルと呼ばれたこの男は、魔導石の密売人……と言ったところか?
いずれにしても、この映像とて二十年以上昔の話である。
今の時代に関わる人間ではあるまい。
『一応、魔導石の扱い方を教えておくよ』
『
『まあ、そう言わないで、万が一暴走とかした時の為に、必要だろう?
――"
「来たッ!」
サフィリアが身を乗り出して魔導石に顔を寄せる。
カラナも大きく
ついに必要な情報に
これで、すべてが
「サフィリア、危ないッ!」
彼女たちの頭上を
「きゃあああッ!?」
何が起こったか分からず、サフィリアが悲鳴を上げる。
巻き起こった煙の中、カラナはようやく頭を上げて周囲を見回した。
地下室の壁には大きな亀裂が走り、テーブルもカウンターも、何もかもが薙ぎ飛ばされ、変形している。
「まさか、ここに自らやって来られるとは……驚きました!」
煙の向こう――入口の方向から聞こえる落ち着いた女の声。
カラナとサフィリアは体勢を立て直し身構える。
石畳を踏む足音とともに、煙幕の中から現れた銀髪の女――
「やれやれ……映像に夢中になって、忘れていたわ……あんたがいるってこと……」
銀髪の女――マザー・ヴィオレッタがくすっと笑う声が聞こえた。
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