5-3:過去

『何度も言うておろう。わらわは魔導石の製造には反対だと……!』


 再生された映像は、どうやらこの部屋での出来事できごとの様だ。

 崩れかけた現状と異なり、雑多ではあるがしっかりと使い込まれた研究室の様子が映し出される。


 映像に映っている人物は四人。

 部屋中央のテーブルに対面する形で、ソファに座っている。

 一人は老婆。肖像しようぞう画に描かれた人物である。おそらくこれが当時のサイザリスだ。

 その隣に孫娘とおぼしき少女。


 残る二人は男。片方は初老、もう一方はまだ若い。

 男二人がテーブルを挟んでサイザリスと孫娘に対面する構図である。

 映像自体は、天井の片隅かたすみから撮られた様なアングル。様子からして隠し撮りしたものだ。


 孫娘を除く三人に共通しているのは服装。

 やや古いデザインだが、それは共和国元老院議員の物だ。


『おばあ様、わたしは皆さんに賛成です』

 孫娘がサイザリスに横からうつたえる。声も、クラルとそっくりである。


『お前まで何を言う、アプリコット』

 アプリコットと呼ばれた孫娘はさらにサイザリスに喰ってかかった。


『今のままでは、テユヴェローズは他の国々に差を広げられるばかりです。我が国も、魔導石を自前で造る技術を持つべきです!』

『アプリコットの言う通りだ。貴女とアプリコットの知識があれば、必ずや魔導石を製造出来できはずです』

 アプリコットの言葉にかぶせて来たのは若い男の議員。歳はアプリコットと同じくらいか。

 その言葉に対し、サイザリスは拳をテーブルに叩きつけた!

 衝撃で置かれたティーカップが激しく揺れる。


『愚か者がッ!』

 鋭い怒声が響く。

『技術うんぬんの話を言っておるのではない!』

 腕を組み、目を閉じて続ける。


『魔導石の製造はチャロ・アイア公国の専売特許せんばいとつきよ――特に魔導石製造商会レッドベリルとギルド《アフロダイティ》の独占的支配下にある』

 閉じた目を開け、男二人を鋭くにらむ。

 その眼光がんこうに二人の怖気おじけづくさまが映像越しにも見て取れた。


の地の了承りようしようもなく、無断で魔導石の製造になど手を出せば、両国間のいがみ合いに発展するぞ!』

『ならば貴公は、チャロ・アイアが魔導石製造を独占し、巨大な富を独占する現状をどう考える!?』

 諦めムードで嘆息たんそくする初老の議員に対し、若い議員は反発する。


 しかしそんな彼に対し、サイザリスは冷ややかな眼差しを向ける。

 席を立ち、一人テーブルから離れて机の上に無造作に転がっていた拳大の宝石を取り上げ、おもむろにそれを議員の方に軽く放り投げる。


『!?』

 サイザリスの思わぬ行動に慌てて、宝石をキャッチする。

『何をなさる!?』

『気を付けよ。込めた魔力が不安定でな。乱暴に扱うと爆発するぞ?』

 息を飲む若者。

 それを見てサイザリスがけらけらと笑う。


『冗談じゃ、冗談!』

『わ…悪ふざけが過ぎる!』

 怒りの抗議をする男。

 サイザリスは真顔に戻ると、彼を指差して言った。

『だが、ろくな魔導石製造工廠プラントも無しに魔導石製造に手を染めれば、現実のものとなるぞ? それほどまでに魔導石を造る事は難しい。

 周辺国に隠して造れるレベルのものではないのだ』

 手にしたティーカップを口に運び、サイザリスは静かに告げた。

『大それた夢は諦めよ……』


 …………


 映像はここで途切とぎれる。

 そのまま次の映像が自動的に投影され始めた。


『君のお婆様は考え方が古いのだ』

『わたしもそう思うわ、マーク』


 同じ場所、同じ角度の映像。

 今度映っているのは、アプリコットと例の若い議員――彼がマークだろう。

 彼の方は制服ではなく私服である。

 サイザリスの秘密の研究室であろうこの部屋に、私服姿――しかも家主やぬし不在と言う状況は、この二人の関係性を想像させた。


『最近の情報では、チャロ・アイアは近く内戦になだれ込む可能性が高いらしい。その為に国内のギルド総出で強力な魔導石を次々と作っているらしいぜ』


 この話はカラナも聞いたことがあった。

 今の状況に関係ない話なので頭の片隅に思い出す程度だが、チャロ・アイア公国内で原住民族との対立が深まり内戦に発展したことがある。

 今からざっと百年前の話だ。と言う事はこの映像はそれより前と言う事か。


『内戦の話とは言え、これによって周辺国とのパワーバランスは崩れる一方。必要以上な軍事力の強化には我がテユヴェローズも抗議をしているらしいが――』

『やり方が生ぬるい――貴方の口癖ね』

 アプリコットがからかう口調で言葉を遮る。

 祖母譲りの癖だろうか、ソファに座って腕を組み、目をせる。その立ち振る舞いはサイザリスに良く似ている。


『でも、貴方の言う通りよ。今のままじゃテユヴェローズとは天と地ほどの差がつくわ』

『君もそう思うだろう?』

 マークは、彼女の隣に腰かけ、肩に手を回す。


『君はサイザリス議員に匹敵する魔導師だ。しかも若い。

 サイザリス議員は、我が国での魔導石製造は難しいと言うが、君と言う魔導師の存在を忘れている』

 言われてアプリコットは、まっすぐ前を見つめた。

 その視線の先には例の肖像画がある。

『……自信はあるわ。お婆様には言っていないけど、わたし、理論はすでに完成させてあるの』

『……どうだい? 試してみないか?』


 マークがそでの下から、一粒の魔導石を取り出す。――いや、これは加工前の原石だ。原産国チャロ・アイア以外では何の価値もない。


 カラナは映像を見ながらつばを飲み込む。

「……なんか、ヤな予感がする……」

 サフィリアも同じ感想を持ったか、眉根を寄せる。


『今ここで、その理論――試してみないか?』

『……でも…………』

『大丈夫、ボクが見込んだ君ならできる!』

 魔導師でもなさそうなこの男にどんな根拠があるのか、軽く言い放つマーク。

『……分かったわ』

『ありがとう』


 原石を受け取り、立ち上がるアプリコット。肌着姿になると、壁にかけてあったローブをまとう。

 デザインが今の紅竜騎士団ドラゴンズナイツ衛生兵ヒーラーのものに似ている。これを纏った姿は完全にクラルである。

『一応、部屋から出ていた方がいいわ。危険だから』

『分かった』

 素直に応じて、マークは部屋を出て行く。


 一人研究室に残ったアプリコットは、サイザリスのものであろう機材の中から必要なものを取りまとめ始める。残念ながら、準備を整えているらしい床の上は映像の死角になって映っていない。

 準備が整ったか、アプリコットの姿も見切れてしまう。


 しばらく誰も映らない映像が続き、やがてクラルと同じ声色が、”マギコード”の詠唱を始める。

 まったく聞いたことない、解読できない構成だった。


 部屋に青白い光が充満じゆうまんして行く。

 ――そして!


 轟音とともに、爆炎と爆風が映像を覆い尽くした――!

「あ……!」

 声を上げたのはサフィリア。クラルは蒼白の表情で口を手でおおっている。

 カラナも息を飲んで続きを見ていた。


 煙が薄らぎ、爆風でひっくり返ったテーブルやソファ、床に散乱した本や様々な器具。

 撮影している魔導石は、落ちこそしなかったが衝撃で映像が傾いている。


 あちらこちらで引火した炎が上がり、めちゃくちゃになった研究室の床に――

 ――おびただしい量の血だまりと、その中央に落ちたアプリコットの頭部だけが転がっていた。

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