4-5:脱出
――少し眠っていただろうか?
クラルは薄く目を開いた。
全身が液体に包まれ、たゆたう感覚。
事実、彼女は『ゴーレム』用の補給槽に身を沈めている。
円柱を縦に割った石造りの
水に比べると粘性のある液体から腕を伸ばし、"浴槽"の淵を掴んで上体を起こす。
『ゴーレム』の身体の修復、エネルギー補給を行う溶液を満たした彼女たちの
ここに一晩浸かっていれば、数日は無補給で活動できるエネルギーが得られる。
カラナとともに行動する様になって以降、三食すべて人間同様の食事を与えて貰っているので、ここでのエネルギー補給はまったくの無駄――どころか過補給で
しかし、これも『ゴーレム』のルーティーンなので、こなさないと不自然である。
この"寝室"は待機室の隣にある。
同じ形をした"浴槽"が無数に並び、その中にはこれまた同じ体形の”姉妹”たちが身を沈めている。
地下のひんやりとした空気に、裸の身体が震える。
立ち上がり、素肌を伝う
「記憶の
『ゴーレム』の質問に、クラルはタオルで腕や脚を拭きながら、首を横に振った。
「大丈夫です。忘れたくないモノが色々ありますから」
「わかりました」
ぺこりとお辞儀して、『ゴーレム』はまた部屋の隅に移動し、いくつかの文字盤を確認する作業に戻る。
溶液の温度や成分管理を任されているのだろう。
ローブに袖を通し、乱れた髪を
さて、ここからが本番である。
"浴槽"の
時間は深夜を回り、『ゴーレム』たちも
入口には、相変わらず見張りの『ハイゴーレム』が一体、無表情に
他の『ゴーレム』や人間の気配は感じられない。丁度良いタイミングの様だ。
静かに"マギコード"を詠唱し、手のひらに"
「こんばんは!」
物陰から出て、クラルは軽い口調で見張りの『ハイゴーレム』に笑顔で近づいた。
"
「……?」
日中は完全に無視されたが、今は時間が時間だ。
「あなたは何をしているのですか? どの部隊の『ハイゴーレム』……」
問いかける彼女の胸の谷間に右腕ごと――"
軽い衝撃音とともに彼女の身体がびくん!と跳ね、意識を失ってクラルの腕の中に崩れ落ちる。
「……ごめんね」
前髪をたくし上げ、彼女の魔導石を利用して、代わりに”マギコード”を詠唱する。
鍵が外れる音がして、保管庫の扉が鈍い音を立てて開く。
扉の隙間から保管庫の中へ滑り込む。
『ハイゴーレム』を床に寝かせ、保管庫を一望する。壁の棚に整然と並べられたフィルグリフ。
欲しいものはこの中のひとつ。
アナスタシス教団全体の活動履歴の一覧だ。
テーブルの上に設置された魔導石に手をかざし、起動する。
「
空間に現れた光の粒子が集合し、スクリーンを形作る。
ずらりと並んだ数千行ものリスト。保管されているフィルグリフの一覧だ。
上から下へスクロールさせながら、人間離れした速度で目を通して行く。
「あった……!」
リストの中腹あたりで、目的の"もの"を見つけた。
表題:年間活動履歴一覧 保管番号:
更新履歴は…つい先日である。
これならば、次の更新まで盗まれた事がバレる心配はあるまい。
保管棚のナンバーを覚え、棚のその場所に納められているフィルグリフを抜き取る。
代わりに、自分が持って来ていたフィルグリフを差し込む。
カラナから渡された中身がブランクのダミーである。
フィルグリフをローブの胸元に納め、その上から手を当てて、作戦の成功を確かめた。
「良し……!」
長居は無用だ。
手早くスクリーンを消去し、何事もなかった状態に戻す。
床に寝ている『ハイゴーレム』を抱き上げ、
“寝室”に戻ると、先ほど着替えを渡してくれた『ゴーレム』が変わらず仕事に
「あなた」
声をかける。くるりとこちらに向き直り、無表情で近寄って来る。
「どうなさいました?」
「この
「分かりました。服を脱がせ、そこの”浴槽”に寝かせてください」
指示された通りに気絶している『ハイゴーレム』の服を脱がせ、”浴槽”のひとつにゆっくり沈める。
「身体の修復と、記憶の
「分かりました」
クラルの指示に、何の疑問も抱かず作業を進める『ゴーレム』。
クラルが彼女の上位種である『ハイゴーレム』であるお陰だ。
「お願いね」
せっせと仕事に励む『ゴーレム』に後を任せ、クラルは撤退へ急いだ。
地下室の扉を開き、音もなく階段を駆け上がり、侵入した裏庭へ向かう。
もう、遠慮する必要はない。
脚にちからを込め、一足飛び跳躍!
空中で身体を
ローブをはためかせ、裏通りの石畳にふわりと着地する。
周囲を素早く見回す。
人の気配はない――。
大きく息を吸って――吐く。
全身を覆っていた緊張が一気に抜けて行った。胸元に手を当て、確かに得た収穫を改めて確認する。
「よし! 早くカラナ様のところへ戻ろう!」
ローブのフードを被って顔を隠し、夜の街へと歩み出す――瞬間!
頭上を黒い影が二つ、飛び越して行く!
「え……!?」
影は、クラルの目の前に
黒いローブにボブヘア―の頭。そして樫の杖。
「『ゴーレム』!」
立ちはだかった二体の『ゴーレム』が顔をぐるりと向け、ケタケタと笑った。
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