4-4:フィルグリフのありか

 ドアの向こう側――給湯室きゅうとうしつには、数体の『ゴーレム』がいた。

 皆、淡々と作業をこなしている。


 その『ゴーレム』たちの視線が一斉にクラルに集まる。ばね仕掛けの様に、首だけがぎょろりとこちらを向く。

「…………」

 お互いに見つめ合って沈黙する。

 …が、すぐに興味を失くしそれぞれの持ち場で仕事を再開し始めた。


 クラルがドアを開けて入って来るなど、想定外の事だが、”彼女”たちはまるで意にかいさない。

 『ゴーレム』は指示されたアルゴリズムに従い働くだけだ。想定外の事態には対応しない。

 前までは自分もそうだった。


「……感情抑制マインドコントロールなんてなければ、もっと良い働きをすると思うんだけどな……」

 掃除にはげむ『ゴーレム』たちの間を堂々と通り抜け、食堂を過ぎて表玄関へつながる通路へ顔を出す。もちろん途中にいる『ゴーレム』たちはことごとくクラルの存在を気にめない。


 見れば、ちょうどカラナとサフィリアが、マグノリアに案内されて応接室へ入って行くところだった。残念ながらすんでのところで目を合わせることが出来ない。


 クラルは通路に歩み出て応接室の方へと向かう。

 逆の玄関側からは、出迎えに揃っていたシスターたちがぞろぞろ聖堂内へ戻って来るところだった。彼女らに道を譲る――振りをして応接室側の壁に張り付き、聞き耳を立てる。


 しばらく会話をする声。そしてイスを引いて立ち上がる音。

 誰かが出て来る。

 応接室のドアを開けて出て来たのはマグノリア。

 ドアの真横にいたクラルと目が合い、「キャッ!」と小さな悲鳴を上げる。

「何をぼさっと突っ立っているのです! 邪魔をせずどきなさい!」

 いきなり凄い剣幕で叱責しつせきしてくる。

「申し訳ありません!」

「サイザリス様をお迎えしているとあれほど言ったでしょう! 薄汚い格好かつこうでうろうろしないでください!」


 散々な侮蔑ぶべつを垂れた後、マグノリアはきびすを返して礼拝堂の奥へと姿を消す。

 予定では、カラナがマグノリアに対し、コラロ村を襲撃した『ゴーレム』群が、アナスタシス教団の所属でない事を示す証拠を求めたはずだ。


 当のクラルが率いた部隊なので、証拠がない訳がないのは分かっている。


 で、マグノリアはそれを受けて、地下の管理室コントロールルームに納められたフィルグリフを取りに行く筈である。『ゴーレム』群の活動記録を捏造・・したデータが入っている情報記録媒体メデイアだ。


 クラルも後を追う。

 応接室の前を通り過ぎがてら、中にいるカラナと目が合い、ウィンクを送る。

 通路の曲がり角を覗くと、ちょうどマグノリアが別棟へ続く連絡通路を渡ろうとしているところだった。あの先の別棟の地下に『ゴーレム』の運用施設がある。

 自分もそこで寝泊まりしていたので、勝手は分かっているが……問題はそのさらに奥だ。


 フィルグリフ等の重要備品が納められた管理室コントロールルームには、クラルの様な使い捨て人形が立ち入る権限は無い。

 ここで働いていたクラルでも、管理室コントロールルームの詳細な位置は知らなかった。

 今まで知る必要も無かったが…。


 何食わぬ顔で、マグノリアの後をつけ、別棟へと向かう。

 すれ違うシスターたちはもちろんマグノリアでさえ、クラルの事に気付いていない。

 アナスタシス教団の情報網だ。クラルがサフィリア側に着いた事はお見通しのはず。だが、まさかこうして堂々と聖堂内をうろついているとは思っていないのだろう。

 もちろん、気付かれずに潜入する為に、わざわざ水路を潜ってここまで来たのである。


 とは言っても、裏切り者として警戒されていないと言うのはいささか寂しい。

 アナスタシス教団にとって『ゴーレム』一体など、その程度の価値しかないと言う事か……。

「…ま、わたしには新しい主人マスターがいるからいいけど……!」

 気を取り直して、マグノリアの背中を追う。


 別棟の入口を入ると、すぐ脇に上下階へ続く階段。

 地下へ向かう階段の下から靴音が響く。やがて、重い鉄扉を開き――閉じる音。

 クラルは数段を飛ばして地下へ降り立ち、音を立てない様にそっと扉の中へ身体を滑り込ませた。


 その先はしばらく、ランプで照らされた薄暗い通路が続く。

 少しじめっとした地下室の空気。久しぶりの感覚だ。


 まず辿り着いたのは、『ゴーレム』たちの待機室。

 数十体の『ゴーレム』が命令を待っていた。

 待機室と言っても、人間の様にテーブルを囲み、飲み食いをする様な環境ではない。

 無機質な寝台がずらりと並び、そこにまったく同じ顔をした姉妹たちが眠る様に横になっている。


「わたしの寝床ねどこはどうなったかな?」

 すぐに見つかったがすでに別の『ゴーレム』が占有していた。クラルは既にいないものとなっている様だ。

 まあ、未練などまるでないが……。


 ふと聞こえるマグノリアの声。

 地下空間に反響しているが、さらに奥へ進んだ辺りにいるようだ。待機室を抜け、さらに奥の通路へ突き進む。

 流石さすがに、この区画まで進むと、『ハイゴーレム』である自分が用もなくウロウロしているのは怪しまれる。人目に付かない様に物陰に身を潜めながら、マグノリアの声のする方へ近寄って行く。


 マグノリアの声のする通路を曲がり角越しに、そっと覗き込む。

 突き当りの扉の前にマグノリアと一体の『ゴーレム』。

 マグノリアが何かを言いつけると、『ゴーレム』が、壁のレリーフに埋め込まれた魔導石に、自身のひたいの魔導石を近づける。

 『ゴーレム』の唇から響く"マギコード"。

 人間の耳なら聞こえない距離だが、クラルにははっきりとその構成文が聞き取れた。

 一瞬、双方の魔導石から幾重いくえもの光が走り、錠が外れた音が響いて扉が開く。

 どうやら彼女が入退出管理担当の様だ。

 あの扉の向こうが管理室コントロールルームで相違あるまい。


 マグノリアが扉の奥に姿を消したのを確認して、門番の『ゴーレム』に近づく。

 小首をかしげて微笑み――軽く手を振ってみる。

 クラルに対し、彼女は相変わらずの無表情。

 こちらを目線で追う事すらしない。


 わずかに開いた扉の隙間すきまから中を伺う。

 角度のせいでマグノリアの姿は見えないが、目に入ったのは大量のフィルグリフが並んだ壁一面の棚。

「……見つけた……!」

 もちろん、今すぐ飛び込む訳にはいかない。

 騒ぎを起こす事は出来ないし、そもそもここにひかえる数十体の姉妹たちとマグノリアを相手に一人で勝てる訳がない。


「一度、撤退ね」

 クラルは音を立てずに来た道を引き返し、地上へと抜け出した。

 後は、他の『ゴーレム』たちに混じって適当にアルゴリズムをこなし、人気のなくなる深夜を待つ――そして行動開始である。


 しばし入口付近で掃除しているフリをしていると、カラナとマグノリアの話し合いが終わり、応接室から二人が出て来る。

 通路にはこれまた大勢のシスターたちが揃い、サフィリアを送り出す花道を作っていた。


 表へ出て行くカラナと目が合う。彼女にぽんと肩を叩かれ、クラルは順調に事が進んでいる意思を示して、大きくうなずいた。

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