第三章「魔女の封印石」

3-1:元老院

 街の最奥に位置する元老院議事堂。


 四の巨大な塔が特徴的な、時代を感じさせる建築。

 周囲は高い塀で四方しほうを囲まれており、至るところに警備兵セキュリティカードの姿が見える。


 ベロニカら紅竜騎士団ドラゴンズナイツのメンバーと別れ、カラナはサフィリア、クラルを連れて、そのメインゲート前までやって来ていた。

 予定通り、ベロニカを紅竜騎士団本部ドラゴンズホームの療養所に預け、他のメンバーは早々にコラロ村へ帰投させた。

 決して潤沢ではないコラロ村の戦力を、いつまでもこちらにいているワケには行かないからだ。


「わぁ……大きな門!」

 巨大なメインゲートを封鎖する鉄の扉を見上げ、サフィリアが感嘆符を浮かべる。

 ゲートの周辺には、かなりの人数の警備兵セキュリティカードが配置されていた。人数はコラロ村を襲撃した『ゴーレム』群を難なく退けることが出来できるレベルである。


 門の真下では、元老院議事堂に用事のある市民が長蛇ちようだの列をなし、警備兵セキュリティカードが通行許可証をひとりひとり厳重に確認している。中には、明らかに高級貴族とおぼしき人間もいる。多少の優遇はあれ、彼ら上流階級とて、例外ではない。

 共和国中枢ちゆうすうへの出入りは厳しく管理されていた。


「さ、元老院に入るわよ。 ふたりとも少し身なりをちゃんとして」


 カラナに言われ、服装の乱れをいそいそ直す二人。

 その様子を確認し、長蛇の列の真横を突き進んで行く。


「え? 並ばないの……!?」

 戸惑うサフィリア。

 その声を聞きとがめたらしく、複数の警備兵セキュリティカードが三人のそばに近寄って来る。

 如何いかにも強面こわもてで屈強な共和国軍グランドアーミーの兵士たちだ。


「止まれ! それ以上近づくな!」

 警備兵セキュリティカードのひとりが、手にしていた長大な鉄槍を差し向け、警告を発する。

 構わず歩を進めるカラナ。その手を不安そうにサフィリアが握って来る。


「……!?」

 警備兵の一人が、こちらの態度から何かを悟ったか、あるいは気付いたのか、表情が露骨に変化し、他の兵に「おい!」とひじ打ちして合図する。

 全員が身をひるがえし、カラナの通る両脇に背筋を正して整列した。


「……お疲れ様」

 警備兵セキュリティカードあいだを通りかかりに、カラナは全員の顔を一瞥いちべつする。

 全員に緊張の色が見えた。


 そのまま、門をくぐり、元老院議事堂の中庭へと足をみ入れる。

 いまだに整列した姿勢を崩さない警備兵セキュリティカードの一団を見送りながら、ぽかんとした表情で横を着いてくるサフィリア。

 先を行くカラナに小走りで追いつき顔を見上げて来る。


「……カラナってもしかして偉い人?」

「そんなことないわよ。さびれた農村の歯牙しが無い騎士団長よ!」

 苦笑いして答えた。

 大人の世界は良く分からない、とでも言いたげな微妙な表情で首をかしげる少女の頭をで、先へ進むようにうながす。


 メインゲートを抜けた先には、庭園が広がっている。

 石畳の道の両脇には、いくつのも噴水が虹を作り、その周囲の花壇には色鮮やかな花々がふんだんに植えられている。

 通りすがる職員たちと軽く会釈えしやくわしながら、奥に見える本館へと向かう。


 本館の入口は二階部分にあり、階段を登って行く。

 階段には大理石のアーチがかけられており、共和国とその同盟国の旗が、風に揺られはためいていた。

 数分も歩くと、本館の入口前に辿たどり着く。


 そこにもメインゲートと同じく、数名の警備兵セキュリティカードがいた。

 カラナの姿を認めると、その内の一人、顎髭あごひげたくわえた大柄な男が深く一礼しながら近付いてくる。よく見ると、服装が警備兵セキュリティカードのそれではない。肩に着けた腕章からして上級指揮官である。


「お待ちしておりました、カラナ様」

「到着の予定時刻は伝えていなかったハズだけど、相変わらず根回しがいいわね。

 紅竜騎士団本部ドラゴンズホームに通してちょうだい」

「いえ……」

 上級指揮官は大きく首を振り、本館の扉を開いてカラナ達を招き入れる様子を見せながら続ける。

「お偉い方が、すでに着席してお待ちでございます」

「!」

 さすがに面食らうカラナ。


 元々、コラロ村襲撃とは別件で、女神ローザに会う予定ではあったが、向こうから席を用意して来るとは。

「では、案内してもらえる?」

「はい。 どうぞこちらへ」

 招かれるまま、上級指揮官の後を追って本館へと入って行く。


 何か違和感を覚えた。

 元老院議事堂へ、用があって訪れたのはこれが初めてではない。なので、内部の様子に付いて、目新しいものはなかった。

 古ぼけた外観とは異なり、しっかりと磨き込まれた大理石の床。

 その上に土足で踏む事を躊躇ちゆうちよさせるほど高級感のある赤い絨毯じゆうたんが敷かれている。壁や柱も至るところにも著名ちよめいな建築家の彫刻や、美術品が並び、元老院の威厳いげんを押し出している。


 特に変化した様なところはない。だが――


 人が妙に少ない。

 以前に来た時であれば、共和国の運用をつかさどる議員たちがいそがしく往来していたものだ。しかし、今日この時は、何故なぜ閑散かんさんとしている。


「……何かあったの?」

 前を歩く上級指揮官に訪ねる。

「実は元老院の命により、本館は人払いがなされております。わたしにも理由が良く分からないのですが、重要な案件があるとだけ聞かされております」

「そうなの」

 入口からまっすぐ通路を進み、上階へと続く階段を登る。

 目の前にこれまた重厚じゆうこうな装飾がほどこされた扉が現れる。

 元老院評議会場の扉だ。


「どうぞ」

 道を開け、再び一礼して上級指揮官は腕を扉の方に向けた。

 何かに落ちない感覚に捕らわれながら、カラナは議事堂の扉を開いた。

 サフィリア、クラルを引き連れ、中に入る。


 背後から、扉を閉める音がした。


 評議会場は吹き抜けになっており、二階分の高さがある。

 遥か頭上の天井はガラス張りとなっており、ちょうど天中てんちゆうした太陽の光がさんさんと射し込んでいた。

 カラナ達の目線よりもやや高い位置に中二階なかにかいの張り出しがあり、あちらとこちらは手摺てすりさえぎられている。

 そこに十と三個の椅子が整然と並び、腰かけた十三人の者たちが一様いちようにカラナへ視線を向けていた。


 如何いかにも学者ぜんとした女。豪商を思わせる恰幅かつぷくの良い眼鏡の中年。経済に精通していると思われる老人。貴族出身であろうエリート風の男。

 各分野のから集められたエキスパートで構成される元老院のエルダーメンバー。

 元老院評議会である。


 そして――

 彼ら十三人の中央に陣取る二人。


 白髪じりの黒髪を短くまとめ、口ひげをやした隻眼せきがんの大男。顔の至るところに古傷があり、歴戦の勇士を思わせる。勇者アコナイト。


 赤から紫へとグラデーションがかかって見える艶やかなロングヘアを腰までおろし、天女の羽衣はごろもを思わせる、白から様々色合いへ変化する七色のローブをまとった美女。女神ローザ。


 かつて、魔女サイザリスを滅ぼした、二傑にけつである。

 予想になかった共和国の最高峰との謁見えつけんに、カラナはまゆを潜めた――。

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