2-6:首都テユヴェローズ

 首都テユヴェローズは、南に大海原おおうなばらが広がる海洋都市である。


 漁業がさかんであると同時に、貿易における大陸の玄関口としての役割も持っており、紺碧こんぺきの海の上には無数の漁船や商船が絶え間なく往来おうらいしている。


 港からのぞむ内陸側へ続く街並みは、良く整備されている。

 街全体が、山の斜面に広がっており、海から山にかけて徐々じよじよに登って行くかたちになる。

 中心には、商店や屋台が立ち並ぶ大きな広場があり、そこから東西南北に向けて大通りが走る。その大通りに区分けされ、赤茶色の屋根かわらが特徴的な住宅街に市井しせいの生活があった。

 北大通りの行き着く先には官公庁街があり、最北には四本の塔を連結させた様な外観の荘厳そうごんな建造物――元老院議事堂が街の全貌ぜんぼうを見下ろしている。


 その港に面した宿屋――。


 窓から差し込む朝日の光に照らされて、カラナは目を覚ました。

 数分程、意識がはっきりするまでベッドの中で微睡まどろみ、上体を起こす。


 背伸びをしてベッドから起き上がり、窓越しに朝の港をながめた。

 ちょうど、沖合おきあいから港へ貿易船が入港するところだ。

 特徴的なくれないの帆をひるがえした大型の貨物船。

 魔導石生産の一大商会・レッドベリル魔導石製造商会ベンダーズの船である。


「カラナ、おはよう!」

 背後から声がした。

 隣のベッドで身を起こし背伸びしているサフィリアに挨拶あいさつを返す。そして――さらにその向こうのベッドに眠るクラルの姿を見やる。まだ微睡んでいる様子だ。


 首都テユヴェローズに一行いつこうが到着したのは、昨晩遅くの事だった。

 元老院のある官公庁街は、防犯上の観点から夜間に立入は出来なくなる。その為、街外れの宿に一泊し、朝を待つ事になった。


 クラルについては牢馬車が破壊されてしまった為、監視の名目めいもくもと、カラナと同じ部屋に置く事にした。

 もちろんこれは建前で、もはや"彼女"に反旗はんきひるがえす意思はなさそうなので、拘束を解いてやる為である。


 そのクラルもようやく起き上がり、こちらを向いて一礼する。

「おはよう、クラル」

 一声かけて、部屋の入口へ向かった。

「サフィリア、あたしはベロニカの様子を見て来るから、クラルと一緒に待っててくれる?」

「分かった!」


 元老院へ向かう前に、いくつかやる事がある。

 まずはベロニカの療養だ。命は助かったものの、ショックでいまだに自力では歩けないでいる。

 廊下に出て隣の部屋の扉をノックする。

「カラナよ。入るわね」

 扉の向こうから許可する声。

 こちらの部屋にはベロニカ含め二名の女子団員が泊っている。他二名はすでに起きており、ベロニカもベッドの上で上体を起こしている。

「おはようございます、隊長」

 カラナの姿を確認し、敬礼する三人。

 無理に身体を起こそうとするベロニカを手で制し、ベッドの横に座る。


「気分はどう?」

「……あまり良くありません」

 うつむいて視線を手元に落とすベロニカ。

 背をかがめ、彼女の横顔をのぞき込む。


 クラルによれば、物理的な肉体の損傷は完全に治っており、痛みや後遺症はないハズだ、との事である。やはり、精神的なダメージが大きい様子だ。


 ベロニカのひたいに手を当てる。少し熱っぽいか。

「ベロニカ。貴女をしばらく紅竜騎士団本部ドラゴンズホームの療養所に預けるわ。そこでゆっくり休みなさい」

「ありがとうございます」

 ちからなくお辞儀じぎをする。

「朝食は後で運ばせるわ。身体を休めていなさい」

 立ち上がり、彼女たちの部屋を後にする。


 自分の部屋に戻ると、サフィリアとクラルがベッドに腰かけて何やら世間話をしていた。こちらの姿に気付き、視線が集まる。

「どうでしたか?」

 意外にも、最初に問いかけて来たのはクラルだった。

「身体は大丈夫よ。でも、精神的に参っているみたいね?」

「……人間の方は、精神にダメージを受けると身体も動かなくなるのですね?

 わたしには精神と言うものがないのでよく分かりませんが……」

「……貴女あなたは今こうして自分の意思でしゃべっているじゃない。それは精神がある、と言うものだと思うけど?」


 返答せず、小首をかしげるクラル。

 正直に言って、"彼女"たち『ハイゴーレム』にどれほど人間らしい感情や精神があるのかは、カラナも分からなかった。


「さて、あまりぼんやりともしていられないわ。身支度みじたくを整えて、紅竜騎士団本部ドラゴンズホームへ報告に行かなくては」

 神妙しんみような顔でサフィリアがこちらを見る。

「……まず確認しておきたいんだけどね。 クラルの事はどう説明するの?

 まさか、いきなり処刑されちゃったりしないよね?」

「大丈夫よ。クラルはアナスタシス教団によるコラロ村襲撃の証拠として……少なくともこの一件が片付くまでは、あたしに同行してもらうわ」


 クラルの方に向き直り続ける。

「あたしはまだ、貴女が完全に無害だと確信していない」

 分かっている、と言う風に無言でうなずく"彼女"。

「だから任務を通して、貴女のことが信用出来できたら、あたしの方からクラルを助けて貰える様に騎士団に申し立てするわ」

「やった!」

 小さくガッツポーズを取るサフィリア。

 「よかったね!」とクラルに笑顔を向ける。


 内心、クラルについては問題ないとは思っている。

 仮に紅竜騎士団ドラゴンズナイツがクラルの処遇しょぐうについて良い反応を返さなかった場合、どさくさにまぎれて"彼女"を逃がす事さえ考えていた。

たった一体の『ゴーレム』に、そこまでこだわりもされないだろう。


「よし、みんな着替えて。……ああ、クラルはこっちに着替えてもらっていい?」

 前日、部下から借りた服一式をクラルに手渡す。

「これは……衛生兵ヒーラーのローブ……ですね。 わたしがこれを……?」


 "彼女"に渡したのは紅竜騎士団ドラゴンズナイツ下級衛生兵ロウランクヒーラー用のローブである。リリオがまとっていたものと似たデザインであるが、こちらは意匠いしようがシンプルな造りになっている。

「牢馬車は壊れてしまったし、元老院議事堂に到着するまで、貴女を『ゴーレム』ぜんとした恰好かつこうで歩かせる訳にはいかないわ。街の人たちが怖がってしまうもの」

「分かりました」


 早速さつそく寝間着ねまきを脱ぎ、ローブにそでを通す。適当に拝借はいしやくした予備の支給品であるため、彼女の体格にはやや大きいが、それでも存外ぞんがい似合っている。

「額の魔導石はこれで隠してね」

 同じく支給品の額当て――これは着用が必須ひつすのものではない――を"彼女"の額に巻いてやる。乱れた髪を整えてやると一端いつぱし衛生兵ヒーラーとなった。

「わあ、お似合い!」

 サフィリアも同じ感想をべる。まんざらでもなかったか、クラルも軽く微笑ほほえみ返した。


 さて――。

 ここからが頭の痛いところである。


 サフィリアについて、クラルについて、どう紅竜騎士団ドラゴンズナイツに報告するか?

 アナスタシス教団にどう、今回の件を釈明しやくめいさせるか?


 そして、首都へおもむいた以上、素通り出来ない女神ローザへの謁見えつけんをどうやり過ごすか……。

 腕輪バンクルをはめ、カラナは大きく息をいて、部屋の扉を開いた――。

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