2-4:片鱗
「わたしに治療させて下さい」
予想外の方向から声がした。
思わず、どこからした声か捜してしまった程に、
破壊された牢馬車の暗がりから、『ハイゴーレム』が姿を現す。
とっくの昔に逃げ出したと思っていた。
しかしそれよりも、彼女から発せられた提案に耳を疑う。
「……何ですって?」。
「わたしは
この拘束具を外していただければ、わたしがその女性の治療を行います」
ようやく普通にしゃべり出したかと思えば、何を言うのか。
「カラナ!」
サフィリアには、他に代える手段がない提案に聞こえた様だ。
涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔を
しかし、これは
「どう言う風の吹き回しか知らないけれど、……それは無理よ」
「どうして!?」
凄い剣幕で、迫って来たのはサフィリア。
彼女の方を向き直り、言葉を選びながら説明する。
「サフィリア、あいつは敵なのよ。
どんな理由があっても、そのちからを借りるなんて
「そんなこと言ってる場合じゃないよ! ベロニカさんを助けないと!」
「落ち着いて最後まで聞いて?
……あたしだって正直なところ、ベロニカを助けられるなら、この『ハイゴーレム』の手だって借りたい。でもね、この拘束具はあたしたちじゃ
拘束具も魔導石によって機能するが、解除する為の"マギコード"は
カラナはもちろん、ここにいる彼女の部下全員、その権限はない。
解除する為にはコラロ村に戻るか、首都テユヴェローズへ行くしかないが、そんなに時間が
カラナの説明を、サフィリアは黙って聞いていた。
が、
「……サフィリアが外す!」
「は……?」
言葉の意味を確認する
「座ってもらえる?」
「はい」
サフィリアの指示に従い、『ハイゴーレム』が両
その額の拘束具に、サフィリアは
カラナの目にもはっきりと見えた。
拘束具に組み込まれた、複雑な暗号と化している”マギコード”に、サフィリアの魔力が入り込み、その構成を素早くしかも確実に分解して行く。
なぜ、こんな事が出来る……!?
三十秒とかからず、拘束具はその効力を失い、地面に転がり落ちた。
たくし上げられていた前髪がぱさりと落ち、その
「お願い!」
サフィリアの声にしっかりと
両手をベロニカの傷口にあてがい
この手の魔法の知識はあまりないが、聞く限り、リリオが使うそれと同じレベルの強力なものだ。
傷口に光が収束し、逆再生の様にその傷が
おそらく体内の傷ついた肺も、背中の貫通
傷を完全に塞ぎきると、『ハイゴーレム』はベロニカと軽く唇をかわし、息を吹き込む。
「げほ……ッ!」
『ハイゴーレム』が顔を離すと、ベロニカが身体を大きく
「ベロニカさん!」
サフィリアが歓声を上げる。
その様子を見て、『ハイゴーレム』がわずかに
。
「あとは水で気道に入った血を吐き出させてください。もう大丈夫です」
一連の出来事に
「サフィリア、帆馬車から予備の
「うん!」
駆け出すサフィリアの背中を少し目で追って、カラナはその視線を『ハイゴーレム』へと向けた。
「……一応、礼を言うわ。ベロニカを……この
こちらを向く『ハイゴーレム』。
「でも……何故、助けてくれたの? ……いえ、なぜ逃げなかったの?」
「それは、助けてくれと命令されたから…………」
自分で言って自分で疑問に思ったらしい。
『ハイゴーレム』は
「……? わたしは何故、この人を助けたのでしょう?」
「いやいやいや……! それを聞きたいのはこっちなんだけど……」
「水筒持って来たよ!」
話の腰を折ってサフィリアと――いつの間にか戦いに勝利していたらしい他の騎士たちが、水筒を
とりあえず、いまはベロニカの治療が優先である。
***
「お願い、この子を助けてあげて!」
「……うーん……そう言われてもなぁ…………」
翌朝、破壊された牢馬車の荷台にカラナとサフィリア、そして『ハイゴーレム』の姿があった。
昨夜の襲撃で、牢馬車の後部は見事に吹き飛び、風通しは最高の状態である。
おまけに、拘束具も外してしまった為、『ハイゴーレム』は魔法が使いたい放題だ。これでは、手枷も足枷も、意味をなさない。
そして、この『ハイゴーレム』の
その横にこれまた
箱馬車の壁にもたれかかり、カラナは腕を組んで眉根を寄せた。
この『ハイゴーレム』の働きでベロニカは一命を取り留めた。これは間違いない。
これが人間であれば、充分
しかし相手は『ハイゴーレム』である。
「
あたしもベロニカを助けてくれた見返りに、処分しないであげてもいいとは思う。
けどね……」
「けど、何!?」
食ってかかって来るサフィリア。
「こいつは『ゴーレム』なのよ。その後どうするの?」
「サフィリアが一緒に連れて行く!」
やっぱり言うと思った。
カラナは深いため息をつく。
「あのね。『ゴーレム』は
「それなら問題ないよ!」
事も無げに反論するサフィリア。
「……一応聞いておくけど、どんな考えがあるの……?」
半目で問うカラナに、彼女は自信満々で答える。
「サフィリアが、この子の魔導石にかけられた
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