2-4:片鱗

「わたしに治療させて下さい」

 予想外の方向から声がした。

 思わず、どこからした声か捜してしまった程に、唐突とうとつだった。


 破壊された牢馬車の暗がりから、『ハイゴーレム』が姿を現す。

 とっくの昔に逃げ出したと思っていた。

 しかしそれよりも、彼女から発せられた提案に耳を疑う。


「……何ですって?」。

 足枷あしかせを引きずって、『ハイゴーレム』はゆっくりとこちらに歩み寄って来る。

「わたしは回復魔法リカバリを扱う様に造られています。

 この拘束具を外していただければ、わたしがその女性の治療を行います」

 ひたいの拘束具に手を当てて、『ハイゴーレム』は淡々と語った。

 ようやく普通にしゃべり出したかと思えば、何を言うのか。


「カラナ!」

 サフィリアには、他に代える手段がない提案に聞こえた様だ。

 涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔をぬぐいもせず、こちらを見つめて来る。


 しかし、これはめない提案だった。

「どう言う風の吹き回しか知らないけれど、……それは無理よ」

「どうして!?」

 凄い剣幕で、迫って来たのはサフィリア。

 彼女の方を向き直り、言葉を選びながら説明する。


「サフィリア、あいつは敵なのよ。

 どんな理由があっても、そのちからを借りるなんててのほかだわ。それに…………」

「そんなこと言ってる場合じゃないよ! ベロニカさんを助けないと!」

「落ち着いて最後まで聞いて?

 ……あたしだって正直なところ、ベロニカを助けられるなら、この『ハイゴーレム』の手だって借りたい。でもね、この拘束具はあたしたちじゃはずせないの」


 紅竜騎士団ドラゴンズナイツには、捕縛した『ゴーレム』の管理を行う部門がある。この拘束具はその部門が着けたものだ。

 拘束具も魔導石によって機能するが、解除する為の"マギコード"は暗号化プロテクトされていて、部外者には解除出来できない様になっている。

 カラナはもちろん、ここにいる彼女の部下全員、その権限はない。

 解除する為にはコラロ村に戻るか、首都テユヴェローズへ行くしかないが、そんなに時間がってしまっては、蘇生不可能だろう。


 カラナの説明を、サフィリアは黙って聞いていた。

 が、おもむろに顔を上げると、強い言葉ではっきりと言った。

「……サフィリアが外す!」

「は……?」


 言葉の意味を確認するヒマもなく、サフィリアは『ハイゴーレム』の元へ走り寄る。

「座ってもらえる?」

「はい」

 サフィリアの指示に従い、『ハイゴーレム』が両ひざを地面について額を差し出す。


 その額の拘束具に、サフィリアは錫杖しやくじようをあてがい、小さな唇から”マギコード”を詠唱し始めた。そのきっさきに淡いあおい光が集まり、密度を高めて行く。

 カラナの目にもはっきりと見えた。

 拘束具に組み込まれた、複雑な暗号と化している”マギコード”に、サフィリアの魔力が入り込み、その構成を素早くしかも確実に分解して行く。


 なぜ、こんな事が出来る……!?


 三十秒とかからず、拘束具はその効力を失い、地面に転がり落ちた。

 たくし上げられていた前髪がぱさりと落ち、その隙間すきまから額に埋め込まれたあお色の魔導石が顔をのぞかせる。


「お願い!」

 サフィリアの声にしっかりとうなずき、『ハイゴーレム』はベロニカの隣に膝を降ろした。

 両手をベロニカの傷口にあてがい回復魔法リカバリの"マギコード"を組み立てて行く。

 この手の魔法の知識はあまりないが、聞く限り、リリオが使うそれと同じレベルの強力なものだ。


 傷口に光が収束し、逆再生の様にその傷がふさがって行く。

 おそらく体内の傷ついた肺も、背中の貫通こんも同時に塞いでいるのだろう。

 傷を完全に塞ぎきると、『ハイゴーレム』はベロニカと軽く唇をかわし、息を吹き込む。


「げほ……ッ!」

 『ハイゴーレム』が顔を離すと、ベロニカが身体を大きくらせてせき込んだ!

「ベロニカさん!」

 サフィリアが歓声を上げる。

 その様子を見て、『ハイゴーレム』がわずかに微笑ほほえむ。

「あとは水で気道に入った血を吐き出させてください。もう大丈夫です」

 一連の出来事に呆然ぼうぜんとしていたカラナだが、『ハイゴーレム』の言葉で我に返る。

「サフィリア、帆馬車から予備の水筒すいとうをありったけ持って来て!」

「うん!」


 駆け出すサフィリアの背中を少し目で追って、カラナはその視線を『ハイゴーレム』へと向けた。

「……一応、礼を言うわ。ベロニカを……このを助けてくれてありがとう」

 こちらを向く『ハイゴーレム』。

 何故なぜかカラナを見る時は、無表情に戻っている。

「でも……何故、助けてくれたの? ……いえ、なぜ逃げなかったの?」

「それは、助けてくれと命令されたから…………」

 自分で言って自分で疑問に思ったらしい。

 『ハイゴーレム』は怪訝けげんな表情を浮かべて地面を見下ろした。

「……? わたしは何故、この人を助けたのでしょう?」

「いやいやいや……! それを聞きたいのはこっちなんだけど……」


「水筒持って来たよ!」

 話の腰を折ってサフィリアと――いつの間にか戦いに勝利していたらしい他の騎士たちが、水筒をたずさえて走り寄って来た。

 とりあえず、いまはベロニカの治療が優先である。

 のどの異物を吐き出させ、ベロニカを帆馬車へ運ぶように指示しながら、カラナは微妙な表情で立ち尽くす『ハイゴーレム』の姿を見ていた。


 ***


「お願い、この子を助けてあげて!」

「……うーん……そう言われてもなぁ…………」


 翌朝、破壊された牢馬車の荷台にカラナとサフィリア、そして『ハイゴーレム』の姿があった。


 昨夜の襲撃で、牢馬車の後部は見事に吹き飛び、風通しは最高の状態である。

 おまけに、拘束具も外してしまった為、『ハイゴーレム』は魔法が使いたい放題だ。これでは、手枷も足枷も、意味をなさない。

 むを得ず、カラナが同乗して見張る事になったのである。


 そして、この『ハイゴーレム』の助命嘆願じよめいたんがんを、サフィリアが買って出た。

 大仰おおぎように土下座してカラナに頭を下げている。

 その横にこれまた丁寧ていねいに膝をそろえて姿勢よく座る『ハイゴーレム』。視線は変わらず明後日あさっての方角だ。


 箱馬車の壁にもたれかかり、カラナは腕を組んで眉根を寄せた。

 この『ハイゴーレム』の働きでベロニカは一命を取り留めた。これは間違いない。

 これが人間であれば、充分情状酌量じようじようしやくりようが認められるだろう。

 しかし相手は『ハイゴーレム』である。


貴女あなたの気持ちは分かるわ。

 あたしもベロニカを助けてくれた見返りに、処分しないであげてもいいとは思う。

 けどね……」

「けど、何!?」

 食ってかかって来るサフィリア。

「こいつは『ゴーレム』なのよ。その後どうするの?」

「サフィリアが一緒に連れて行く!」


 やっぱり言うと思った。

 カラナは深いため息をつく。

「あのね。『ゴーレム』はアナスタシス教団マスターの指示を聞くように、魔導石にプログラムされているのよ。今は大人おとなしくても、間違いなくあたしたちに敵対するわ」

「それなら問題ないよ!」

 事も無げに反論するサフィリア。


「……一応聞いておくけど、どんな考えがあるの……?」

 半目で問うカラナに、彼女は自信満々で答える。

「サフィリアが、この子の魔導石にかけられた感情抑制マインドコントロールを解除するわ!」

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