2-3:生死を分かつ

「きゃああッ!」


 鋭い悲鳴が響き、意識が戻る!

 身体をおおっていた毛布を跳ねけ、カラナは帆馬車の外に飛び出した!

 悲鳴に反応した森の生き物たちが動揺しているのだろう。真っ暗な森全体がざわめく様に揺れている。


「どうしたの!?」

 一歩遅れてサフィリア、そして他の騎士たちが飛び出して来る。

 答える間もなく、箱馬車や木の影から数発の"光弾キヤノン"が、空気を裂く音とともに撃ち込まれて来た!

「危ない!」

 叫んだのは、サフィリア!

 カラナの目前に"魔法障壁シールド"が張られ、"光弾キヤノン"を無効化する!

 彼女の持つ錫杖しやくじようの魔導石が淡く輝く。流石さすがに反応が早い!


「隊長! 敵襲です!」

「見れば分かるわ!」

 部下の報告に答えた時には、複数の黒い影に周囲を囲まれていた!

 黒いローブをまとった複数の影が、円運動しながら徐々に馬車に近寄って来る。

 その背後では、『ハイゴーレム』の牢馬車が黒煙を上げている。後部が大きく吹き飛び、ひしゃげているのが見えた。

 アナスタシス教団が、『ハイゴーレム』を取り戻しに来たか!?

 それとも、野良のらの『ゴーレム』との不意遭遇そうぐう戦となったか!?


「『ゴーレム』よ! 気を付けて!」

 カラナの声に反応した様に、影の一体が襲い掛かる!

 素早く低い姿勢で、こちらの足元に飛び込んで来る。ランプの光がその顔に当たり、黒一色の影からニタリとした顔が現れ、目の前に迫った!

 下から突き上げられた杖を、ってかわす!

 勢いそのまま空中に飛び上がった『ゴーレム』の背中に手のひらを叩きつけ――組み上げていた"光弾キヤノン"をお返しした!

 『ゴーレム』の背中で光が圧縮して爆発する!

「ぎゃッ!?」

 光弾は、そのまま『ゴーレム』の身体を撃ち抜き、空中でさらに爆裂四散する。その明かりで、崩壊して燃える牢馬車の近くに倒れる女が見えた。


「ベロニカ!」

 地面に転がり、ぴくりともしない部下の名を叫ぶ。

 さっきの悲鳴は彼女か。

 倒れた部下の元へ駆け寄ろうとするも、馬車の屋根から二体の『ゴーレム』が現れ、指先から"光弾キヤノン"を連射してきた!

「くそッ!」

 飛び込むことも、魔法で反撃する余裕もなく、仕方なしに帆馬車の影に身を隠す。

 "光弾キヤノン"数発が地面を打ち砕き、あるいは帆馬車を撃ち抜いて森の中へ。木々の合間あいまの闇に飛び込んだ光弾がみきに直撃したか、暗闇で爆発が起こる。

 なおも連弾は続き、帆馬車の車体をつらぬいて、頭上をかすめて行く!


 帆馬車の影から顔を出し、倒れたベロニカを見る。

 角度と薄暗さのせいで良く見えないが、倒れた彼女の周りの地面が、赤く変色している様に見えた。

 早くそばに駆け寄って助けたいが、『ゴーレム』の"光弾キヤノン"は間断かんだんなく撃ち込まれ続けている!

 馬車の死角となっている反対側では、剣で切り結ぶ金属音と部下たちの雄叫おたけびが交差している。向こう側にも何体か『ゴーレム』が回り込んでいる様だ。

 援護は期待出来できないか!


「仕方がない!」

 胸元で右拳に左手のひらを合わせ、"マギコード"を組み上げる。

 腕輪バンクルの魔導石から生じた光は帯をし、腕に巻き付いて"光鞭プロミネンス"を構成する。

 意を結してカラナは帆馬車の影から飛び出す!

 向かうのは、倒れているベロニカの方ではない。逆に馬車から距離を取る方だ!

 目的地へ最短で移動しようとすれば狙い撃ちになる!


 予想した通り、『ゴーレム』たちの放った"光弾キヤノン"はまったく狙いを外した地面に着弾した!

 こちらが牢馬車へ飛び込んで行くと予想したのだろう。

 距離を取ったことで、発射点である『ゴーレム』の配置がしっかりと把握できた。

 全部で四体はいる。

「喰らえッ!」

 右腕を大きく払い、その動きに乗せて”光鞭プロミネンス”を飛ばす!

 すべてを一度に倒すことは不可能でも、半分は倒せる。

 今は、敵の殲滅せんめつよりもベロニカの救助が先決だ!

 すでに回避不能の位置にいる二体を見捨て、残りの二体が身をひるがえらせる!

 しかし――!


「凍りつけッ!」

 サフィリアの声が暗闇に木霊こだまし、帆馬車の中から氷塊の様なものが撃ち出された!

「!?」

 金属を叩くような音とともに、氷塊が『ゴーレム』の足元に着弾!

 一瞬にして幾重いくえもの氷が重なり、四体の『ゴーレム』の下半身を氷漬けにしてしまった。

 逃げるすべを失った『ゴーレム』の身体がことごとく、”光鞭プロミネンス”によって引き裂かれる!


 斬り飛ばされた『ゴーレム』の"破片"がバラバラと地面に叩きつけられたのを確認し、サフィリアが馬車の中から飛び出して来る。

 今のが、サフィリアの魔法か。

 氷の結晶を撃ち出したであろう錫杖の先端からは、温度差で生まれた煙と細かい氷の粒がまとわりつき結露けつろしている。

「カラナ、ベロニカさんが!」

「分かってるわ!」

 未だ、帆馬車の向こう側では部下と『ゴーレム』の戦いが続いている様だが、残りは任せてもよさそうだ。


 カラナは安全を確認し、牢馬車の方へと走り寄った。

 手のひらに"照明球フレア"を創り出す。

 攻撃の的になる可能性は大だが、ベロニカが負傷しているなら、傷の手当てをしなければならない。

「ベロニカ!」

 倒れた彼女の身体をゆっくりと抱き上げる。

 ベロニカは苦痛に顔を歪ませて、うめく。

「カラ……ナ……隊長……!」


 息はあった。だが、抱き上げたカラナの手に彼女の血がべったりと張り付く……。

 息をむ。

「ベロニカさん、大丈夫!?」

 遅れて駆け寄って来たサフィリアも言葉を詰まらせる。


 ベロニカの右胸に、大きな穴が開いていた。

 背中に回した手の感触で分かる。この傷は肺を撃ち抜いて貫通している。

「カラナ……隊長……助……けて……!」

 大粒の涙を流してカラナの服にしがみつくベロニカ。

 助けを求める口から血があふれ、声をにごらせる。

 彼女の身体を支えるカラナの手に、温かい液体がまとわりついて行く。


 カラナの思考が走る!

 どうする!?

 リリオは今、この場にいない。

 連れて来ればよかったが、彼女も連日の任務で疲弊ひへいし、同行させることが出来できなかった。

 そして部隊に同行している衛生兵ヒーラーには、この重傷をいやすだけの技量ぎりようはない。

 もちろん、カラナもサフィリアも"回復魔法リカバリ"は扱えない―――!

 コラロ村へ引き返すか――?

 そこまで持たないだろう…!


「………………」

 散々考えたあげく、カラナに出来たことは――ただ声をかけてやることだけだった。

「大丈夫よ、傷は浅いわ……!」

 ベロニカの手を握り、何の根拠もない言葉を贈る。

「隊長……助け……て……くださ……」

 すべてを言い終えることもできず、ベロニカは目を薄く開いたまま―――

 ――動かなくなった。


「嘘……」

 サフィリアがひざをついて呆然ぼうぜんつぶやく。

「え……っ?

 嘘……嘘だよねっ!?」


 カラナが抱くベロニカの身体に、サフィリアがしがみつく!

「なんで!?  サフィリアは助かったじゃない!  何でベロニカさんはダメなの!?」

「サフィリア……。今ここに、このケガを治せるだけの魔導師はいないわ」

「何で!? リリオさんはサフィリアのケガを治したじゃない!

 他の人は何で出来ないの!?」

 サフィリアももちろん分かっているはずだ。リリオの操る"回復魔法リカバリ"がどれほど高度なものか。

 彼女が訴えているのは、リリオ以外に同レベルの衛生兵ヒーラーが配属されていないのか、と言う事である。


 残念ながら、コラロ村の様な小さな村落そんらくに、優秀な衛生兵ヒーラーを配属出来る程、共和国の人材は豊富ではない。

 同じ規模の部隊であれば、こうした戦闘による死傷は日常的に起きていた。

 リリオがコラロ村の配属されているのは、彼女の故郷と言う事もあるが、それ以上にコラロ村の部隊が、#ある人物__・__#にとって重要だからである。


「お願い! 誰かベロニカさんを助けて!」

 温かみを失って行くベロニカの身体に突っ伏してサフィリアが嗚咽おえつする。

 もうどうにもならない――――。

 サフィリアをさとし、ベロニカの腕を胸の前で整えさせる。


 カラナも、ベロニカのひたいに自分の額を当てて――

 ささやかな別れを告げた――。

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