第二章「蒼衣の魔導師サフィリア」

2-1:村の英雄

「そのが例の女の子かい?」

「はい! こんにちは!」


 群青あおいローブの少女――サフィリアはすでに村の注目人ちゆうもくびとだった。


 カラナの家から、村長ローレルの屋敷への道すがら、村人たちがこぞってサフィリアの元へ寄って来る。

 一応、事態が落ち着くまでこの少女のことはせておく。と言うのがローレルとあいだで得た答えだったが、情報と言うものはそう長く隠しておけるものではない。

 まして、村を存亡の危機から救った魔導師である。嫌でも噂は広まっていた。


 幸いなことに、村人たちはサフィリアを好意的に迎えている様である。

 行く先行く先で呼び止められ、何やら話しかけられているが、本人も人懐ひとなつこく答えている。

 金髪碧眼きんぱつへきがんと言う、この辺りでは滅多に見かけない容貌ようぼうも珍しいのだろう。まして十人いれば十人が可愛かわいいと感じる目鼻立めはなだちである。


 結局のところ、ローレルの屋敷に行き着く頃には、村の住人と一通り顔見知りになっていた。


「よく来たな」

 待ち望んでいたと言う表情を隠すこともなく、ローレルがサフィリアを屋敷にまねき入れる。


「初めまして! サフィリアです!」

「ほう?  記憶は戻っていないと聞いていたが……名前は思い出したのかな?」

「いえ!」

 ぶんぶんと首を横に振る。

「思い出せていません。名前はカラナさんにつけて貰いました!」

成程なるほど。ではサフィリア、わたしがこの村の村長ローレルだ。お見知りおき願おう」

「よろしくお願いします!」

 元気よく挨拶あいさつするサフィリアに笑顔を向け、ローレルはふたりを窓際の応接テーブルへといざなった。


 いつもの様に、ローレル自家製の紅茶がふるまわれる。

「ありがとうございます!」

「先に礼を言われてしまったな」

 対面してイスにかけ、ローレルが背筋をただし、深々と頭を下げる。

「まずは、村を『ゴーレム』から救ってもらったことを感謝する。村を代表して礼を申し上げる」

「いえいえ……! サフィリアは何も覚えていないし……」

「そうなのか?」


 『ゴーレム』を排除したサフィリアの戦いぶりを見ていた者もいた様で、村長宅への道すがらでも話題に上っていた。繰り返すように、本人はその戦いすら覚えていないので、そのことを感謝されても困ってしまっていた。

 気恥きはずかしさから、顔を赤らめつつ、誤魔化ごまかす様に差し出された紅茶を口にふくむ。

 子どもの舌には渋かったか、顔をばってん・・・・にするサフィリアを見て、ローレルは声を上げて笑った。


「さてサフィリア。お前が覚えていようといまいと、わたしとしては何か礼を尽くさねばならん。これは礼儀だ」

「はぁ……」

 サフィリアが釈然しやくぜんとしない様子でカラナの顔を見上げて来る。受けちゃっていいのかな? と言う無言の問いに、カラナはゆっくりとうなずいた。

「何か望みのしなはあるかな?」

「うーん……?」

 腕組みをして首をかしげるサフィリア。しばし考える様子を見せたが何も思いつかなかったらしい。


「特に何もないです。……あ! いや、欲しくないとかじゃなくて……」

 パタパタと両手を振って否定の仕草を見せる。

「……何が、価値があって、もらえて嬉しいものなのかもピンと来なくて……」

「なるほど。確かにな」

 納得する様子を見せたローレルだが、その答えは予想済みだった。間を置かずに提案を差し向ける。


「では、サフィリア。 礼になるかどうかは分からないが、この村に住んでみてはどうかな?」

「コラロ村にですか!?」

 さすがに予想外の提案だったのだろう。かなり驚いた表情を見せる。


 実は、サフィリアの今後について、事前にカラナとローレルの間で打ち合わせが行われていた。そこで得た結論が、この少女を村に迎え入れると言うものだった。

「嫌かな?」

「いえいえ……! 行く当てもないし、何をどうすればいいかずっと考えていたから……嬉しいですが、お邪魔じゃないですか?」

「邪魔なものか。諸手もろてを上げて歓迎しよう。当面の生活手段も援助するぞ!」


 もちろん、ローレルにも村長としての打算がある。

 このあいだの様な『ゴーレム』の襲撃が繰り返さないとは限らない。そのとき、サフィリアは貴重な戦力となる。

 逆に、これほど魔法にちようじた者が、他の村や街に流れることも、為政者いせいしやとしては避けたいところだ。村同士のパワーバランスと言うやつである。


「それなら、是非ぜひお願いします!」

 大人たちの思惑おもわくを知ってか知らずか、サフィリアはぺこりと頭を下げた。

「決まりだな!」

 満足げに頷くローレル。


「断っておくが、お前を村に縛り付けようとは思わない。失われた記憶を取り戻し、本来いるべき場所が見つかれば、その時はお前の自由にしてよい。

 我が方としても、お前の記憶さがしに協力しよう」

「記憶は捜そうと思います。

 自分が誰なのか、分からないままは気持ち悪いし……」

 言葉を区切り、ローレルの目をまっすぐに見据みすえて続ける。


「そこで、お願いなんですが、サフィリアを首都テユヴェローズへ連れて行ってくれませんか?」

 サフィリアの提案に、カラナとローレルは顔を見合わせた。

 ……なるほど、そう来たか。

「大きな街なら、サフィリアも何か思い出せるものがあるかも知れないし……」

「道理ではあるな」


 テーブルにひじを着き、口の前で両手を組んだローレルの視線が、ちらりとカラナの方に向けられる。


 家を出る前、確かに任務で首都テユヴェローズへ向かう話をした。

 早い話が、サフィリアはカラナと一緒に首都テユヴェローズへ行ってみたいのだ。

 記憶捜しと言うのも建前ではないだろうが、単純に興味があるのだろう。

 好奇心の強い娘であることは感じていた。


 それに、そこらの村娘よりは貴族か商家の箱入り娘である可能性の方が高い少女だ。村にとどまるより、首都におもむいた方が、彼女の素性すじようを調べやすい。これは事実である。


 逆にカラナが、ローレルに視線で連れて行っても良いかを問う。

 単純なお使いなら何の問題もないが、『ハイゴーレム』の移送任務である。

 普通に考えて、紅竜騎士団ドラゴンズナイツ以外の人間が同行する道理はない。首都に着いたとき、向こうにある紅竜騎士団本部ドラゴンズホームにも、どう言う理由で少女が同行したのか詰問きつもんされるだろう。

 連れて行ってやりたいのは山々だが……。


「サフィリア、これは仕事だから、紅竜騎士団ドラゴンズナイツ以外の人間を連れて行く訳にはいかないわ」

「そっか……」

 肝心かんじんのカラナにさとされて、残念そうに視線を落とす。


「いや待て」

 しかし、救いの手を入れたのはローレルだった。

「今回の一件を報告する上で、サフィリアの存在を素通りすることはできまい。

 紅竜騎士団本部ドラゴンズホームに報告を上げれば、会わせろと言う話になるに決まっている」

「では、連れて行っても良いと?」

 ふたりのやりとりを聞いて、サフィリアがぱっと表情を明るくさせ、頭を上げる。気持ちが表情かおに良く現れる少女である。


「ただし、今回はあくまでカラナの任務。物見遊山ものみゆざんはほどほどにな?」

「ありがとうございます!」

 ただひたすらに元気よく、サフィリアはテーブルにひたいを叩きつけんばかりの勢いで礼をした。

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