1-3:捜索

「侵入者の痕跡こんせきを見つけたって?」

「例の魔導師かどうかは分かりませんが、何者かが侵入した形跡あとがあります」


 手がかりは意外にも、その日の内に見つかった。

 部下の報告を受けたカラナは、村の近くにある丘、その中腹にある地下水道への入り口にやって来ていた。

 近くの川から村へ水を引くための人工の下水道で、入口は普段、鉄格子てつごうしに南京錠がかけられている。


 その南京錠は激しく変形し、地面に落ちていた。

 カラナは錠を取り上げる。強力な熱で変形させた様だ。


 いで空を見上げる。

 時刻は、もうすぐ日が沈むころ。

 カラナの頭上は星空となっており、森の向こうに日が沈みかけ、空がオレンジ色に輝いている。その逆方角の地平線に見えるきらびやかな輝きは、首都テユヴェローズの街明かりだ。


 いまから下水道に入り込み、捜索を行えば深夜にまでおよぶだろう。

 彼女を囲む部下たちの表情は疲れている。

 『ゴーレム』との戦闘からまだ一日、しかもずっと任務中だ。村に居るリリオもいまだ不眠不休でケガ人の治療中である。


「中にはあたしが入るわ。申し訳ないけど……ベロニカ、それとアマリス。

 ふたりは残って入口を見張って。他の者は村に戻って待機よ」

「かしこまりました、隊長!」


 部下に軽く敬礼けいれいを返し、カラナは下水道の入口をのぞき込んだ。

 石造りの階段が、真っ暗な地下へと続いている。

 ポケットから照明灯ライトを取り出し強めに振る。

 中の薬品が交わり、短い時間であるが光を発する代物しろものだ。

 魔法で"照明球フレア"を造っても良いが、敵が内部にひそんでいた場合、明るすぎて先に気付かれる恐れが高い。

 湿気でぬめった足元に気を配りながら、慎重に階段を降りて行く。


 二十メートルくらい進んだだろうか。階段が終わり、広い下水道に出た。

 足元にはまとまった量の水が流れる水路があり、その両端に人が移動する通路がある。天井は大人おとなひとりがゆっくりと立ち上がれる高さがあった。


 向かって左に照明を向ける。続いて右に。

 どちらもこの照明灯ライトの明るさでは照らしきれない長さの通路が続いている様だ。


「水の流れからすると水源は左の方ね」

 まずはそちらへ進む。これと言って特徴のない通路をひたすら歩く。時間にして数分ほどで、侵入防止用のさくに突き当たった。

 鋼鉄製の柵には、変化が見られない。

「……と言う事は、この先には言っていない」


 きびすを返し、歩いてきた通路を照らす。

 反対側は村の下水に通じるが、そこは村のど真ん中だ。

 まだ中に身を隠しているならば、逃げ場をふさいだことなる。


 元来た場所まで戻り、階段の上の入口に声をかける。

「ベロニカ、アマリス。誰も通らなかったわよね?」

「はい隊長。誰も通りませんでした」

 ベロニカの返答が暗闇から帰って来た。


「よーし。早々にケリがつきそうじゃない」

 笑みを浮かべてカラナは村の方へと前進する。反対側と違いこちらは右へ左へと通路がくねる。


「!」

 かなり進んだところで、カラナは行く先の暗闇に何かの気配を感じ取る。凝視ぎようしするとわずかな光が闇の中を行き来きしていた。

 声を抑えて”マギコード”を詠唱し、右手のひらに、照明球フレアを発生させる。

 照明灯ライトとは比較にならない明るさで下水道が照らし出される!

 水路の行く手、十メートルほど先に人影があった!

 驚いた様にこちらを振り向く、黒いローブの端正たんせいな顔立ちの女。

 『ハイゴーレム』だ!


「来るなッ!」

 『ハイゴーレム』の鋭い牽制けんせいが通路に響き、同時に彼女の放った"光弾キヤノン"が連続でこちらに撃ち込まれる!

「ちょっ……! こんな狭いところで!?」

 弾けば崩落を招く!


 手をふさぐ光球をかき消し、代わって"魔法障壁シールド"を描き上げる!

 すんでのところで"光弾キヤノン"を受け止め消滅させるが、拡散された熱が水路の水分を一気に蒸発させ、視界を白い煙がおおってしまった。

 勢いよく駆ける足音が遠ざかって行く。


「まったくもう……!」

 次第に煙は晴れていったが、照明灯ライトは水の中に落としてどこかに流れてしまい、"照明球フレア"も"魔法障壁シールド"と引き換えに消してしまった。辺りは一面の闇である。

 もう一度、"照明球フレア"を造り直し通路の奥へ向ける。

 だが、すでに、視界の外へ逃げられてしまった後だった。


「いいえ、逃がさないわよ」

 この先は行きまりだ。いずれは必ず追い詰めることが出来できる。

 カラナも奥へと走った。

 曲がりくねる通路を数回も曲がると、やや開けた空間に出る。

 どうやら村の貯水槽ちよすいそうまで進んだらしい。中央に底の深い水たまりがあり、その周囲をぐるりと囲む通路の一角に、こちらに背を向けて立つ『ハイゴーレム』の姿が見える。


 "彼女"はどうやら、もうひとりのお尋ね者と対峙たいじしている様子だ。

 『ハイゴーレム』を挟んで奥に、例の黒ずくめの魔導師が立ちはだかっている。

「あらあら、これは一石二鳥いつせきにちようね!」

 『ハイゴーレム』の肩越しにカラナは、黒ずくめの魔導師に声をかけた。

「そこの魔導師さん? こいつをとっ捕まえるのを手伝ってもらえないかしら?

 ……ついでに、あんたの正体も知りたいんだけれど?」


「……たい」

 黒ずくめから反応があった。が、遠い事と顔をマスクで覆っているせいで、良く聞き取れない。

「ん……? 何て言った?」

「……痛い……」

 確かにそう聞こえた。ケガをしているのか?

 昨日の戦闘で負傷していても不思議はないが……。

 それよりも、この黒ずくめの声は……!?


 カラナの思考をさえぎる様に、唐突とうとつに『ハイゴーレム』が動く!

 杖を振りかざし、その先端に組み上げた"光弾キヤノン"を一直線に黒ずくめに飛ばす!

「バカね」

 腰に手を当てて、カラナは見守った。

 こんな単調な攻撃、あの黒ずくめの実力ならかわすのは造作ぞうさもない。

 ……ハズだったが、予想を裏切り、黒ずくめはまったく避ける動作もしない!

 直撃弾を浴びて爆風と共に吹き飛ばされてしまった!


「ぎゃあッ!」

 大きな悲鳴を上げ水路の水に叩きつけられる!

 手にしていた錫杖しやくじようが床に転がり、大きな反響音を木霊こだまさせた。

「ちょっと……!?」

 意識を失ったか、水面にぷかぷか浮かぶ黒ずくめに、『ハイゴーレム』が跳躍ちようやくし追撃を仕掛しかける!

「なんで!? 昨日きのうはあんなに圧倒してたのに……!」

 戸惑いながらも、カラナは照明の光球を頭上高く飛ばし両手を開けた。ここであの黒ずくめを失う訳には行かない。


 左手に組み上げた“光鞭プロミネンス”を『ハイゴーレム』の背中目掛めがけて放つ!

 鋭い孤を描いたむちのきっさきが狙いを捕え、爆発を起こす!

「きゃあああッ!」

 甲高い悲鳴を上げて、『ハイゴーレム』が水の中にしぶきを上げて墜落した。

 普通の『ゴーレム』ならばここで終わりだ。しかしこいつは『ハイゴーレム』。しかも回復魔法リカバリを操る。


 案の定、水からい上がった『ハイゴーレム』はヤケドした背中に淡い光を当てて回復をはかっている。

「させるかッ!」


 間合いを詰める!

 抵抗の仕草を見せた『ハイゴーレム』!

 しかし、片手が回復に塞がっている状態で、攻撃を防ぐ手段は持ち合わせていなかった様だ。

 ひざ蹴りがまともに"彼女"のみぞおちに決まる!

「かは……ッ!」

 か細い息を吐いて、『ハイゴーレム』はカラナの両腕の中に崩れ落ちた。


 意識を失った、と言うか機能停止した"彼女"を床に寝かせる。

 "彼女"には使い道がある。ここで破壊してしまう訳には行かない。

「さて……と。お次は……」

 空中に放っておいた"照明球フレア"を手元に手繰たぐり寄せ、水面を照らす。


 相変わらず、ぷかぷかただよっている黒ずくめの元へと向かう。

 水路の端から腕を伸ばし、ボロボロのローブのすそを引っ張って引き上げる。

「! 軽い……」

 手ごたえ通り、引き上げたその姿は良く見てみればかなり小柄である。

 カラナ自身、背は高い方であるが、目測で彼女よりも頭ひとつふたつは小さい。

 色々な懸念けねんが頭をよぎりながらも、カラナは黒ずくめのフードと顔に巻かれたマスクをぎ取った。


「……やっぱり……!」

 隠れていた顔があらわになる。

 それは――まだ幼い少女の顔だった。

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